『変な夢~THOUSAND DREAMS~』






前編


胸騒ぎがした。

雑踏の中を、さゆみは息を切らせ必死に走る。
夕闇迫る中、照明が消えたままのリゾナント。

何が…?一体、何が…?

慎重に、恐る恐る、扉を開く。
沈みかけの夕陽の光と、唯一つけっ放しのテレビの明かりが、室内をぼんやり照らす。
その目に映ったのは、傷ついて倒れている仲間たち。

ショックの余り、膝から崩れ落ちるさゆみ。
凍りついた空気の中、テレビはのんきに喧騒を映し出していた。

“こゆビーム!”

そんな喧騒も、放心状態のさゆみの耳には届かない。
その時、一番手前に倒れていた聖が、わずかに身動きをした。慌てて四つん這いで駆け寄り、聖を抱き上げる。

「フクちゃん!?」

薄目を開いた聖はさゆみを認め、柔らかく微笑んだ。

「ゴメン…なさい…ダメ…でし…た…」
「何言ってるの!?しっかりして!」

しかし、再び目を閉じた聖はそのまま動かなくなってしまう。抱きしめたまま、涙を流すさゆみ。
ひとしきり泣いた後、テレビがつけっ放しである事に気がつき、テレビに目を向けた瞬間――

バリン!!

画面が突如として破裂した―――


―――ハッ!!??

ベッドの上で目を覚ますさゆみ。

「夢か…よかった…」

凍りつきそうな悪夢から目覚め、ホッと胸を撫で下ろす。
窓からは、陽光が差し込む。
でも、なんでこんな時間に寝てたんだっけ…?
ややスッキリせず、両手を見つめしばし思案顔。

思案しながら階下へ降り、リゾナント店内へ。

「あ、道重さん!もう体調大丈夫なんですか?」
「え?」
「そうですよ、気分が優れないって。あれ、なんかまだ顔色悪いですよ?」

店内で思い思いに過ごしている、仲間たち。
いつもの光景なのだが、それがとっても嬉しい。

「あ、うん大丈夫、ちょっと嫌な夢見ちゃって」
「え?どんな夢ですか?」
「んーっとねー、さゆみ以外みんなやられちゃってる夢」

一瞬、空気が止まる。

「そりゃないっすよー」
「それは聞き捨てなりませんねぇー」

そして、口々に仲間たちがさゆみの方へやってくる。

その時、窓際の席に客が1人いる事に気がついた。
外を向いていて顔は見えないが、特徴的な髪型をした女性。

「ちょ、ちょっと、みんな通して!」

仲間たちの輪の中から、女性客のもとへ歩むさゆみ。その時、女性客が振り向いた。

「!?」

さゆみは驚いた。
その女性とは、アイドルとして活躍し、テレビにも多数出演する嗣永桃子。

ニコッ

桃子が微笑んだ。
その瞬間、さゆみの背後でしていた喧騒が止んだ。
振り向くさゆみ。まるで時間が止まったかのように、そのままの体勢で動かなくなった仲間たち。

「貴方…!みんなに何をしたの!?」
「フフッw」

ただ笑うだけの桃子。そして、口を開いた。

「あっさり片付けちゃったら面白くないから、遊んで あ・げ・る♪」
「はあ!?」

その言葉の意味がわからず困惑するさゆみの前で、桃子は指をパチンと鳴らした。

「ああッ!!!?」

その瞬間、さゆみの足元が突如として崩れ、地中へと吸い込まれていった―――

―――ザブン!

ハッ!!??

そこはバスルーム。
湯船に浸かりながら、いつの間にか寝ていたのか。

「え?今のも…夢…?」

釈然としない気持ちで、乳白色に濁った湯を見つめる。

ブクブクブク

その時、水面がにわかに泡立つ。
湯の中から、長い髪の頭が浮かび上がってくる。

ザバァーーーー

まるで貞子のような姿の女が水中から姿を表す。

「イヤあああああぁぁぁぁ!!!!」

驚き叫ぶさゆみを、女は水中へと押し込む―――

―――ハッ!!??

気がつくと、そこはタクシーの車内。
何がなんだかわからなくなってきたさゆみ。状況を把握しようと、周囲を見回す。
ふと、バックミラーに目が止まった。そして、運転手と目が合った。
その運転手は―― 桃子だった。

さゆみの方へ振り返る桃子。

「貴方、何なの!?私を一体――」

さゆみが言い終わらないうちに前を向き直った桃子は、途端に急激な蛇行運転を始める。
後部座席で、左右へ激しく振り乱されるさゆみ。

「やめてっ…!やめてっっ…!」

その時、こちらへ向かってくる大型トラックが目の前に!

“ぶつかる!”

目を覆うさゆみ―――


―――さゆ?さゆ?

ハッ!!??

名前を呼ばれ、揺り起こされるさゆみ。
その声の主は、絵里。

「あ…?え、絵里…?」
「もう、なに寝ぼけてんの?もうすぐ開店だよ?」

小洒落た内装の店内。ショーケースに並ぶたくさんのケーキ。
そうだ、2人の夢だったケーキ屋さんを開いたんだ。
窓に向かい、ブラインドを上げながら絵里が聞いてくる。

「さゆ何かうなされてたよ?どうしたの?」
「ん~、何かすっごい変な夢見てさ~」
「変な夢?どんな?」
「あの女が…あれ?誰だっけ…?」
「さゆ」
「え?」
「こんな顔でしょ?」

振り向いた絵里の顔は―― 桃子だった。

一気に血の気が引くさゆみ。
刹那、桃子はさゆみの胸ぐらを掴み上げた。微笑んだまま。

「結構遊んだから、そろそろ終わりにしちゃおっかな~」
「さゆみを…私を一体…どうするつもり…!?」
「どうせもう何もできなくなるから教えてあげよっか」
「!?」
「ももちね、夢を食べるの。夢を食べてエネルギーにするの。ボリュームがある夢ほど、Buono!なの。芸能界って、ボリューミーな夢が渦巻いてたんだけど、最近はボリュームに乏しくてさ。味も似たようなもんばっかだし」
「…!」
「そんな時たまたま貴方を見かけてさ、稀に見るボリュームと新鮮な味に、どうしても夢を食べたくなっちゃったわけ」
「私は…あんたになんか…負けない…!」
「無・駄・よ♪ももちは、夢の中を、ももちの思い通りに出来るの。誰でもね。夢の中で、ももちに勝てるわけがないから」
「私には…やらなきゃいけない事がある…!」
「おお~、この期に及んでもまだ夢が膨らんでるね~、イイよイイよ~w」
「もし私が倒れても…夢を受け継いでくれるみんながいる…!」
「う~ん、それを聞いて安心しちゃった。またこんな夢が食べられるんだね♪」
「!!」
「夢が萎まないうちに、いただきま~っす♪」

  どしゅん

さゆみの身体を、衝撃波が貫いた。
口から血を吐き、倒れるさゆみ。

さゆみ、もうダメみたい…。こんな最期やだな……やだよ…!!

大量の血を流しながら倒れているさゆみ。
その姿と意識が、次第にブラックアウトしてゆく。
薄れゆく意識の中、さゆみは宙に手を伸ばそうとする。

「みんな…お願い……」

そして、さゆみの意識は完全に途絶えた。





投稿日:2013/08/11(日) 22:23:21.97 0


後編


「…今、道重さんの意識が途絶えました。何も感じない…」

リゾナント店内のソファーに横たわるさゆみ。
その額に手を当てる聖。
その周りを囲む仲間たち。
聖は自らの残留思念感知と、愛から複写した精神感応の力で、さゆみの意識を読み取っていた。

「嗣永桃子…。ももち、か…」
「相手は分かったけど、どうやって会うの?」
「ももちのスケジュールを調べればいいんだろうね」
「そっか!テレビとかラジオとかの生放送や、イベントとか!」
「検索してみるんじゃ」
「あ、明日生のテレビ出るよ!」
「この時間…ハル行けないよ…」
「まさも」
「じゃあ…私達7人で…」
「やだ!」
「え?」
「ちょっと、まーちゃん…」
「まさもどぅーも、みんなで一緒にみにしげさんを取り返しに行くの!」
「そっか、それもそうだね」
「あさっても、生ラジオあるよ」
「さすが売れっ子」
「この時間は…みんな大丈夫?」

うなずく一同。

「じゃあ、あさってだね」
「道重さんの夢も、私達の夢もかかっている、大事な日ですね」

――2日後。

ラジオ局の正面玄関に張り込む、里保とさくら。
通用口に張り込む、春菜と香音。
タクシーを待たせ、車内で待機する聖と亜佑美。
自転車に跨がり待機する、衣梨奈・優樹・遥。
各自、携帯等でラジオを聴き、生放送終了を待つ。

“それでは、本日のゲストは嗣永桃子ちゃんでした~!また来週~!”

番組が終わる。それぞれの緊張が高まってくる。
十数分後。桃子は通用口に姿を現した。

「譜久村さん、出ました!車です、シルバーのワゴンです、大通りに出ます、ナンバーは…」
「えりちゃん、出てきた!シルバーのワゴンに…」

追跡組が動き出す。

「運転手さん、あの車を追って下さい!」
「あ、それドラマや映画のセリフみたいですねぇ」
「うん、一度言ってみたかったのw」

速度で劣る自転車組も、遥の千里眼を駆使し、近道や先回りで桃子の乗るワゴン車を追いかけ続けた。
十数分走行したのち、ワゴン車はとあるコンビニの前で停まった。桃子1人が降り、コンビニ店内へ。ワゴン車は走り去っていった。
その様子を見届けた追跡組。張り込んでいた4人も、別のタクシーで追い付いた。

「お待たせ!」
「あ、ちょうど出てきた!」

歩き出す桃子の後ろを、目立たぬようそれぞれ距離をとって後をつける9人。
やがて桃子は、近くの公園へと入っていった。日暮れを迎え、人気はない。
その中心付近まで歩みを進めた時、おもむろに桃子が振り向いた。

「あのさ、バレてないとでも思ってる?局出た時から分かってたから。気配感じさせすぎ」

たじろぐ9人。桃子は話を続ける。

「そうじゃないかとは思ってたけど、やっぱりこないだ夢をいただいた人のお仲間さんね。言ってた通り、みんないい夢持ってるね~w これだけ食べられたら、お腹いっぱいで2、3年は夢食べなくてもいいかも~ウフw」
「事情は分かってるようですわね…だったら話が早い、道重さんの夢を返していただきますわ!!」

聖は桃子へ飛び掛かり、拳を繰り出す。しかし、桃子はなんなくそれを受け止めた。

「何これ?蚊でも刺したかと思っちゃったw」

受け止めた掌から衝撃波を発し、聖は突き飛ばされた。
そして、指先から光線を発し、それは9人それぞれの首筋に命中した。

「それを受けたら、たちまち夢の世界にレッツゴーよ。夢の中ではももちの力は何倍にもなるから。ゆっくり楽しんであ・げ・る♪ う~ん、誰から食べちゃおっかな~」

次々に倒れ込む一同。

「…道重、さん……」

聖は切なそうに呟き、そして力尽きた。

「夢で逢いましょうw よし、じゃあ貴方から!」


―――ハッ!?

気がついた聖は、映画館に1人で座っていた。照明が暗くなり、上映が始まる。
スクリーンに現れたのは―― 桃子だった。
両手に拳銃を構えたカウガール姿の桃子。その銃が実際に火を噴き、聖に襲い掛かる。
堪らず客席を飛び出す聖―――

―――飛び出した先は、何故か崖っぷち。
眼下に広がる海から目を背けようと振り返ると、背後に桃子が立っていた。

「やっぱり貴方達、能力者なのね」
「だったら…何なんですか!?」
「世界の平和を夢に頑張ってるのね、立派立派w でも、自分の快楽の為に使った方が人生楽しいよ~」
「そんな事ないッ!!」
「ま、もう無駄だけどねっw」

桃子の腕がルフィのように伸び、崖から突き落とされる聖。
海へと、真っ逆さま―― その時、手足に鎖が絡み付き、落下が止まった―――

―――いつの間にかそこは、学校のグラウンド。
そこのサッカーのゴールポストに、聖は鎖で拘束されていた。
すると突然、グラウンドにブルドーザーが乱入してきた。方向転換し、ゴールポストに一直線に向かってくる。
それを運転しているのは、やはり桃子。聖に迫りくるブルドーザー。

「貴方も恐怖に震えながら、夢を食べられるのよッ!」

恐怖の余り、目を閉じる聖――

「――なんちゃって」

怯えた表情を一瞬で消し去った聖は、なんと気合いで鎖を引きちぎった!
更に目の前に迫ったブルドーザーを、拳で撃破!!
ブルドーザーは消滅し、地面に尻もちをついた桃子だけが残った。
焦りの表情を見せる桃子に、聖は言い放った。

「恐怖に震えるのは、嗣永さん貴方のほうよ!」
「…ど、どうして?ももが支配できる夢のはずなのに…」
「これが聖の実力ですわ! …なんてね♪」

聖は微笑みながら、桃子に掌を向ける。
予想だにしない事態に、腰が抜けて動けない桃子。
容赦なく聖は、愛から複写した“光”を放った―――


―――ハッ!?

気がついた桃子は、元の公園にいた。外傷の様子もない。
焦って周りを見回すと、眠らせたはずの9人が自分を見つめていた。

「ど、どうなってるの!?なんで…なんでももが…」
「聖が最初にパンチしたでしょ。わざと軽いやつにしたんだから。それにあれは攻撃じゃなくて、あの時に貴方の力を複写させて頂きましたの。そしてその瞬間、貴方に夢を見させたの」
「可愛い寝顔でしたよw」
「そんな…そんな事が…」
「その間に、道重さんの夢も取り返させて頂きましたわ。ね、はるなん?」
「…それがその~、ちょっと手違いがあったといいますか…」
「手違い?」

「よくも、さゆみに恐怖を与えてくれましたわね…」

エ?ミチシゲサン?
コレハヒョットシテ…
アノ、サエミサン…
ナンダロウネ
ワタシハジメテミマシタ…

「ちょっと、ヒソヒソうるさいんですけれど。黙っていて下さらない?」
「は、はいッ!」
「あ、それと、しばらく目をつむっていることをお薦めします」
「は、はい…」
「では、さゆみをいじめてくれたお礼をたっぷりさせてもらいましょうか」
「なっ…何なのこの人!?」
「あっ、ご挨拶が遅れました。私、さゆみの姉のさえみと申します」

そう言った瞬間『さえみ』の目が光った。

「…ぎゃあああああああ!!!足が…足がぁあああああああ!!!」

足元から崩壊してゆく桃子の身体。
力を発動させながら『さえみ』は言葉を続ける。

「人は皆、いつかは死ぬものです。そしてまた生まれる。破壊と創造は…」
「・・・」
「何だ、もう崩壊しつくしてしまったのですか。あの黒衣の方よりも脆かったですね。さて、少し疲れました。眠るとしますか」

「…終わった?」
「…みたいだね」
「それにしても、ももち明日からの仕事どうするんだろう…」
「私達はここまでするつもりじゃなかったんだけど…」
「…知ーらないっと!」





投稿日:2013/08/13(火) 21:05:04.43 0














最終更新:2013年08月17日 11:28