『異能力 -Battlefield at the back of the chest-』



譜久村聖と出会ったのは、亀井絵里が眠ってからだった。
とある経緯で譜久村と亀井が接触し、亀井が負傷の末に眠りにつき、それによって
もうかれこれ1年が経ち、道重さゆみは『リゾナンター』のリーダーになっていた。

譜久村は多く語らなかったが、自分の事や、亀井が助けてくれたことを
微かな声で説明してくれたのは覚えている。
謝罪の言葉もあった。
だがそれに対して道重は、責めることは出来なかった。
責めたところで現実は変わらない。
どこかで変えようと思っても、もう出てしまった結果は変えられない。

変えられない、代えられない。

亀井が居ないという現実、在るのに、有ると思えない。
空虚。なんて切なく、悲しく、寂しい。
ジュンジュンやリンリンが故郷へ帰ってしまった時も悲しかったが
それ以上になにか、心の底が欠けたようで。

譜久村は道重のことを尊敬してくれている。
尊敬の眼差しを受けていると、心の何処かで微かな違和感を覚えた。
落ちてしまった欠片が、小さく、割れる。

 「やー久し振りだねえ、焼肉なんてさ」
 「愛ちゃんのご飯も良いけど、やっぱりたまにはこういう油っぽさも大事だと思うの」
 「ま、日々の頑張りによるごほーびですよ?」


その出来事がある前、亀井がまだ元気だった頃に二人で焼肉屋へ向かった記憶。
その店は食べたい肉を自分でとってくるビュッフェ方式であり、九十分以内なら
とる肉の量に制限が無い。
それを良い事に、二人は大量の肉を盛っていた。
種類はそれなりに考えたが、一度皿に持ってしまえば、それを残すことは
マナー違反となって追加料金を取られる。シビアな世界だ。

葱タン塩を食べている彼女が言葉を呟く。
彼女は食事制限もそれなりにある為、こうしたものは控えるようにと
念を押されている、だから数ヶ月に一度、というペースを約束していた。
もちろんその反動は大きい。

道重も網の上で何度もひっくり返してから、タンにネギを載せてレモンを
かけて、ご飯と一緒に食べる。
カルビをサンチュに巻いてみたりもしながら、一口ごとにしっかりと噛んで。

二人は食べ続け、最終的には全部平らげてしまった。
顔をつき合せて焼き肉を食べるという色気も何もない状況ではあるが
好きな人と食事をして、会話をして、というのはとても楽しい。

 「ん、このアイス美味しー」
 「デザート食べるとなんか、シメって感じがするよね」

嬉しいのも、落ち込むのも、悩むのも、それによって自分の心が
揺れ動くたびに、その思いが大切になっていく。
この思いがいつか終わる時が来たとしても、それでも道重は断言できた。

 なんて、幸せなんだろう。


食欲が満たされているからなのか、それとも亀井との会話と久し振りの
外食に心が躍っているからなのかは定かではない。
だが、楽しい。全てにおいてこの瞬間は、幸せだったのだ。

 「うへへ、さゆ、また食べに来ようね。今度はお酒も飲めたらいいな」
 「うん、楽しみにしてる」

今の自分は、どこにでもありふれた幸せを思っている。
それは普通の女の子と対して変わらない。
"今"が大切だと痛感する。

 ――― その幸せの先にあるモノを、道重は遠くない未来に知った。

それは知りたかった事実であり、知らなければいけない事実であり
知らなければ良かった事実であり、そして知りたくない事実だった。

―― ―― ―

夢を、見ていた。
亀井絵里と焼き肉を食べる夢。

食べる夢というのは良いのか悪いのか分からないが、以前に
歯が抜ける夢を見た時は、起きた直後、恐ろしくて仕方が無かった。
縁起が良いと言われたが、二度と見たくない。


しかし『夢を見ていた』と今認識している自分は、目を醒ましているのかもしれない。
起きているにしてはやけに意識がぼんやりしているし
寝ているわりにはずいぶんと客観的に物事を考えている。

 (…そうだ。私は…)

瞼がやけに重い。
目を開けるという単純なことが、すぐに出来ないなんて。
やはり自分は夢を見ているのだろう。
寝ているから、目を開けられないのだ。起きたい、と思っているのに。

 「う……」

呻き声が聞こえた。やけに掠れた、小さな声。
自分の声だという自覚はあるが、これは夢の中で発したのか、寝言か。

 (私、は…)

本当に目を覚ました、気がする。やはり今までのことは全て夢だったらしい。
夜なのか、視界は薄暗い。その暗い視界の中で、誰かが寝ている自分を
見下ろしているのが見えた。

 「やあ、おはようさゆ、といってももう夜なんだけどね」

すぐ近くから聞こえる女性の声、まだ目が暗闇に慣れないのか
しっかりとは見えないが、聞き覚えがあった。まるで笑っているようなその声を。




投稿日:2013/06/10(月) 05:49:13.13 0




 大多数の認識とは違って、世界は歪んでなどいない。
 ただ、人間の意思とはまったく関係なく荒れ狂う熱力学第二法則と
 混沌係数増加の法則があるだけである。
 我らは局所的に係数を減らす。それだけを愛と錯覚できるからだ。

―― ―― ―

科学者は人間ではない。
そう言ったのは誰だったかは忘れてしまったが、似た様な考えは彼女にもある。
理論とは、画家が使う絵の具の様なものだ。
いかに日々の研究を積み重ね、光沢の絵の具を作り出そうとも
どのような絵を描くかは其れを手にした者の自由だ。

そうして描かれた絵によって誰かの人生が変わったからと言って
責任の一端でも作った職人に求める事は出来ない。
ところが、そんな当たり前の理屈が人々には理解されないでいる。

科学技術を毛嫌いして自然回帰を訴える連中の中には、人類の歴史を引き合いに出し
有史以来多くの時代でその時々に生まれる最新の科学技術が戦争の為に
利用された事実を根拠として、科学技術を邪悪な物と主張する愚か者さえ存在する。

科学の理論。
自然界の法則はいかなる存在理由も無く、ただそこに「在る」物だ。
仮にその理論を最初に見つけた科学者が兵器としての利用を目指して研究を
積み重ねていたのだとしても、彼等が見出したその数式のどこかに
「この理論は人殺に行使する」と書かれていた訳ではない。

新たな技術を平和目的ではなく兵器として利用する事を選択したのは
最終的には世界であり、其処に生きる人間自身。
理論や、其れを生み出した科学者に責任を求めること自体が筋違いにも良い所だ。

「夢」や「ロマン」と言った俗物根性が抜けきらない人間ではあるものの
例えば自身の基礎理論が誰かの手で応用に応用を重ねて巡り続けた結果
新型の爆弾を生み出すきっかけになったとしても。
その爆弾で死んだ人々の墓に参ろうなどとは思わない。

齢二十歳を過ぎた女性に言わせれば
功罪の「罪」どころか「功」まで完全に突き抜けてしまうだろう。
彼女の研究を元にして生み出された画期的な脳外科治療術によって命を救われた
患者団体の表敬訪問を、あろう事か「スウィーツの時間なので」と一蹴した事がある。

 少なくとも彼女にとって、そういう代物なのだ、科学とは。

例え他人に無責任に罵られようと、自分の発見した理論の行く末。
その理論によって生み出される数多の罪など知った事ではなかった。
逸脱した人間。
世間の評価や大衆の声などには毛ほどの価値も見出しては居ない。

だが、人類の最先端に立つ科学者とはそうあるべきだと思う。
誰も知らない、全く未知の理論を発見すれば、それは良い結果だけを生まない。
相対する悪い結果は必ず現れる。

人類はそうやって発展してきた。
そしてこれからも、立ち止まっている時間など何処にも無い。
時間など止めて見せよう。幾らでも。

 だが、それを敢えて自身で拒んだ。
 絵の具職人の本分を踏み越えて、自らの力で美しい絵を描く事を望んだ。

世界の常識を塗り替え、全てを変える画期的な理論の創始者に成りたいと。
思えばそれは、科学者としての本能ではなかった。

 ――― 彼女の科学者になっての最大の不幸は、ただの人間だという事だった。

―― ―― ―

 「無理して喋んなくていいよ。貴方の"半分"が奪われてる状態なんだから。
 君達の共存は解離性なんてもので説明できる代物じゃない。
 なるほど、学者が異能者を"生き物"と捉えるなら、科学者は"現象"とも捉えれる。
 【言霊】による具現化がそれを証明してるんだ、不可能なわけがない。
 特にこの子達は共鳴者なのだから」

白衣の女性が何かを話していたが、道重は全てを思い返していた。
地面に叩きつけられる身体。
その前の刹那、飯窪が【粘液放出】で道重をカバーし、石田亜佑美が
【加速】で水の速度を弱めたのを視界に収めている。
だがそれでも二人は倒れ、道重も全身の痛みに苛まれた。

飯窪と石田に近寄ってきたi914が頭を掴んで何かをしていたが
そこで自分も力尽きた事で何が起こっていたかは分からない。
一つだけあるとすれば、止められなかった、という事実だけ。

幼い子供達を巻き込んでしまった罪悪感もある。
道重に協力してくれた少女達、何も関係のない8人を。
i914に一方的に攻撃された譜久村。
亀井が自分の命を賭けてまで救った彼女。
独りになった自分に尽くそうとしてくれた彼女を、守れなかった、事実。

 「人工的なんてものじゃない、人為的な一種の呪詛だよ。
 制約という言霊の下で抑えられてなければ、それは神域に値する。
 全く、君達は私の考えをことごとく突き破ってくれるねさゆ……さゆ?」

道重は全身打撲だけで済んでいた上に、【治癒能力】による
自然治癒によって既に完治しかけている。
彼女は静かに泣いていた。
紺野あさ美は慰める事はしない、彼女は掌で視界を隠して泣いている。

悲しんで生き続けていた道重。今はただ、泣かすだけ泣かすのが良い。
そう遠くない未来、道重には悲しい未来が待っている。繰り返される。
それが"共鳴"の制約だ。

 悲しみは強さを呼び、強さは繋がりを呼ぶ。

感情論の中で悲しみは喜びよりも継続性が高い。
世界において希望よりも絶望が多いように。
それがリゾナンターと呼ばれる所以、"共鳴者"はだからこそ強い。

 自身の命を削る強さ。

紺野が果たしたい願いは既に、世界へ還元されていた。
劣化コピーとしての自分には、とうてい到達することは出来ない領域だ。
だが。

 「…さゆ、亀井絵里を起こすことは可能だよ。そしてあなたの行動で
 この子達を救うこともできるわ」

道重は腕を上げて、紺野の顔をみつめた。

 「今からある人に連絡させる、その答えでやるべきことが決まるはずよ。
 起きなさい、そして、この子達を助けるために走りなさい、リーダー」

それはいつか、あの子に言ったことのある言葉だな、と思った。
道重の輝きが強まったのを見逃さない。
紺野は静かに口角を歪めて、笑った。

―― ―― ―

無慈悲な傷跡が君と私の街角に横たわっている。
だからといって、君の哀しみが癒されるわけでもない。
君の哀しみは、どこまでも君自身にしか属さない、属せない。
だからこそ私は哀しく、愛しいのだ。




投稿日:2013/06/13(木) 00:37:37.07 0

















最終更新:2013年06月16日 10:02