『リゾナンターΧ(カイ)・刃千吏副長官銭琳編』






2013/04/23(火)





アジアの大国・中国が誇る国家機関「刃千吏」。
彼らの手がける仕事は国のトップシークレットに関わるものから、些細なものまで多様に渡る。
それ故、敵も多い。
最近では、上海に進出してきたという日本を拠点とする犯罪者組織との敵対が表面化し、彼らが差し向けるクローン兵器との争いは熾烈を極めていた。

とある任務のため、中国辺境部の飯店に滞在していた「刃千吏」の副官・リンリンこと銭琳は、真夜中の招かざる訪問を受けていた。
部屋のソファーに腰掛ける、二人の少女。テーブル越しにリンリンを見る目は、ただの訪問者としては似つかわしくないものがあった。

「まあ固いことは抜きにしましょうか、副長官。あんたが首を縦に振るだけでええねん。別に、うちらあんたんとこのシマ盗ろうなんて思ってへんし」

訪問者である二人組のうちの髪の短い、シャープな顔立ちのほうが言う。
この女の言葉のイントネーションは、聞き覚えがある。リンリンは、かつて共に戦った仲間の一人のことを思い出す。
だが、親交を深めるにつれ屈託の無い笑顔を見せるようになった彼女とは違い、目の前の女の瞳には闇の色しか見えない。

「上海を、あなたタチの好きナようにサセろと?」
「ありていに言えばそうなります」
「断る、と言っタら」
「お仲間さんみたいになりますよ?」

髪の長い、柔和な顔立ちのほうがにっこり笑いながら後方を指さす。
まるで壁掛けのタペストリーのように、体を壁部に癒着させぶら下がっている護衛官たち。
床に流れ落ちてる血の量から、すでに命を落としているのは明白だった。

「ずいブン早い対応ダ」
「話は早いほうがええやろ。うちらかて観光ではるばる大阪から来たんと違いますから。「是(はい)」か「不是(いいえ)」か。
あんたに与えられた選択肢は、これだけや」
「・・・発音ガ下手だ。一から勉強しなおシテ来い」
「あんたの日本語も大概やけどなあ」

横で茶化すおっとり顔に、きつい顔のほうがそんなこと言うてる場合と違うやろ、と突っ込む。
リンリンの好きなお笑い番組と一緒だ。今はそんなことを考えている暇もなさそうだが。

「その言葉は、否定の言葉と受け取ってええんかな」
「不用説(言うまでもない)」

リンリンの返事が、戦闘開始の合図となった。
二人が座っていたソファーが、炎に包まれる。リンリンの能力「発火」。その炎に襲われた対象物は、灰と化す。
しかしむざむざ焼き殺されるような相手でないことは、リンリン自身が承知していた。

「これが噂の『発火能力』か。ここまでごっついの、初めて見るわ」
「ええ塩タンが焼けそうやな」
「アホ!ぼけっとしてたらうちらのほうが焼肉になるで」

言葉では畏怖したふりをしながらも、リンリンを挟む陣形を崩さない二人。
相当戦い慣れている。少しずつ、後ずさりながらも背後の壁に立てかけてあった戟刀を手に取る。
「刃千吏」の総帥となる運命を背負った銭家の人間は、幼い頃からスパルタとも言うべき厳しい修練を施される。
それは武術においても同様で、中国を含む東洋、西洋ありとあらゆる武具に熟練することを強いられていた。

客室に置物同然に飾られた戟刀だが、こと一対二の対戦となると心強い武器となる。
威嚇するように長い戟刀を振り回し、締めの構えとして手のひらと戟刀を相手に向けるリンリン。
戟刀の穂先からは、リンリンが操る炎が迸っている。

「さあ。どこからデモかかっテ来い。お前ら、科学技術局局長ダッたアイツが作っタ連中ダロ。確か、エーケー…」
「違う違う。うちらは改良型のエヌ…何やったっけ?」
「そんなん、今はどうでもええわ」

例の組織の手のものなら、それが例え本物だろうがそのクローンだろうと何らかの能力を保有しているのは間違いない。
しかしそんなものは、リンリンに言わせれば「使う前に倒せばいい」だけの話。

だが、相手の二人はそんなリンリンを見て嘲りの表情を見せる。
まるで、今の状況が彼女たちにとって好都合かのように。

「その槍、しっかり握っときや」
「唖!?」

シャープな顔立ちの女が、翳した手を手繰り寄せるような仕草を見せた。
と同時に、リンリンが手にしていた戟刀に強烈な力が掛かる。
諦めるしかない。リンリンは咄嗟に武器の放棄を決意する。力に抗っている間に、後方の女に不意打ちをされるかもしれない。
致命的な隙を作るより、相手に武器を与えてしまったほうが遥かにいい。

リンリンの手からあっさりと離れた戟刀は、通常ではありえない勢いで女の横の壁に突き刺さった。その動きを見て、リンリンは相手の能力を理解する。

「お前…『磁力操作』の能力者か?」
「へえ。賢いな。たったこんだけでうちの力、見破るなんて」
「しゃくれた顎がそれっぽいもんなあ」
「何で顎で能力がわかるねん!てかそんなにしゃくれてへんわ!!」

またしても妙なやりとりをする襲撃者たち。
あっちの人間は日常会話が漫才やねんで。リンリンと数年間をともにした仲間、光井愛佳から教えられたことだ。しかし。

「もうお前ラの漫才に付き合ってル時間はナイ」

掌から激しく燃え上がる、炎。

「そんな連れないこと言わんといて。これからもっと楽しんでもらわんとな」

柔和な顔立ちの女が、体勢を低くして床に手を当てる。
こちらのほうがどんな能力を持っているか。今は分からないが、二人組で行動しているところを見ると相方のサポート的な能力だろうことは推測できた。

ただ幸いなことに、この部屋には金属でできているものは存在しない。ベッドも木製、テレビなどの電子機器もおいてない。
強いて言えば天井についている裸電球のソケットは金属でできているが、そんなものを落としたところでたかが知れている。

ならば、こちらの女を潰すほうが先決か。
リンリンは大きく体を翻し、しゃがんでいる女に回し蹴りを食らわせようとする。

足を思い切り振り抜いたリンリン、しかしそれは女の左手によって防がれる。
さらに。

「触ったぁ」

うれしそうな、女の顔。
とともに、急にリンリンの体を得体のしれない力が押さえつける。

「こ、こレは!!」
「うちの能力なあ、『磁化』言うんよ。触ったもん、何でも磁石になる」

言うとおり、足が床から離れない。
ついには、体全体が床に吸い付いてしまった。

「もう終いか。何やあっけないなあ」
「それだけうちらの力が強力ちゅうことやろ。あんたらが葬ってきたクローンたちとは、モノが違うねん」

地に這いつくばったリンリンを見て、勝ち誇る二人。
シャープな顔立ちの女が、床に転がっていた戟刀を手に取り、リンリンに向けた。

「うちが手を離せば強烈な磁力で、これはあんたの体を串刺しにする」
「『刃千吏』の副官で元リゾナンター。殺ったとなったら、うちらの階級も上がるやろなあ。本店さんは色々あって上のほうもガタガタみたいやし」

強烈な磁力に抗う事もなく、身を任せているリンリン。
そして、ゆっくりと口を開いた。

「お前らノ名前は・・・?」

それが最後の遺言か、とばかりに顔を見合わせる二人。

「名乗るほどでもないけどな。ま、18番と19番て覚えてもらったらええわ。てか何でそんなこと聞くねん」
「閻魔さんの土産話にでもするんやろ」
「…墓標ニ刻ムためノ、名前ダ!!」

リンリンの体から、炎が噴き出す。
先ほどの炎とは明らかに違う、緑色の炎。

「な!!」
「ほ、炎が緑やて!?」

予想外の出来事に焦る女が、戟刀をリンリンに投げつける。
しかし炎に触れた穂先はまるで火に炙った飴細工のようにくにゃりと曲がり、リンリンの手によって払い落とされた。

「この炎ノ色ハ…銭家が代々受けツいダ魂の色。たダの炎と思ったラ、痛イ目見ることになル」

ゆっくりと立ち上がるリンリン。
そのことで、二人はある変化に気づく。磁力が、消えていることに。

「高熱ノ中デは、磁力は働かナい。お前ら、学校デ習わなかっタのか」

鮮やかな緑の炎を手のひらで転がしながら、ゆっくりと二人に近づくリンリン。
仲間内で見せる明るい笑顔とはまったく別の、「刃千吏」の護衛官を束ねる非情な一面。

「…頃合やな」
「よっしゃ、任しとき」

ほんの僅かな目配せの後。
シャープな顔立ちの女が、懐から何かを取り出して床に投げつけた。
瞬く間に、部屋中が煙に包まれる。


「煙幕カ!小賢シい!!」

煙に紛れてこの場から逃げ出そうとする襲撃者。
だがそんなものを、リンリンが見逃すはずもない。両手の緑炎は狂ったように渦を巻きながら、煙の向こうの人影を飲み込む。
煙が晴れた後には、黒焦げになった死体が二つ、転がっているのみだった。

丸焦げになった死体の側にしゃがんだリンリンは、悔しげに舌打ちした。

「何ダ、クローンか」

同時に、急速に二つの大きな気が遠ざかっていくのを感じる。
どうやら、煙幕に紛れて自分達のクローンを身代わりにしてこの場から逃げおおせたようだった。

「銭副官!ご無事で!!」

異変に気づいたのか、隣の飯店で待機していた別動隊の護衛官たちが、客室に駆けつける。
床に転がっている黒焦げを目にし、敵の襲来があったことに気づく。

「お前ら、遅かっタな」
「それより副官、大変なことが…」

護衛官の一人が、リンリンに耳打ちする。
その内容とは…


「ナニ!『あれ』を盗マれタ!?」
「はい。すっかり油断してました。まさか盗まれるとは…」

本命はそっちか。
組織のナンバー持ちを囮に使うとは。本拠地で荒稼ぎしていると噂されるだけのことはある。
しかし。リンリンはしてやられた気持ちに襲われる。
リンリンの裏をかいた襲撃者たちのことではない。盗まれた「あれ」のことだ。

珍しく任務に志願してきたと思ったら、このチャンスを待っていたのか。
旧知の仲とは言え、少々甘やかしすぎたのかもしれない。
リンリンは大きく、肩で息をつく。

「見え透いた手を…「あいつ」は、わざト盗マれタんだ」

この忙しいのに厄介なことを。
リンリンはすぐに、東京行きのチケットを部下に手配させるのだった。


                    --続く--





投稿日:2013/04/23(火) 21:13:58.89 0


2013/05/09(木)




東京湾に面する、とある埠頭。
倉庫群の聳える道路を、1台のトラックが闇を照らしながら走っていた。

「いい取引だったな」
「ああ、ボスもお喜びになる」

運転手の男と、助手席の男。
ともに不健康で、光とは縁のなさそうな表情をしていた。

国内の主要都市に拠点を持つ有名な組織の構成員が、男たちの弱小組織に接触したのは昨日の午後。
「中国でとある獣を捕獲した。大変希少価値の高い獣だが、ぜひあなたたちにお譲りしたい」という触れ込みで、話を詳しく聞くと絶滅寸前の動物だという。
相手が提示した金額は決して安いものではなかったが、絶滅危惧種とあらば捌きようによっては巨額の利益を手に入れることができる。
彼らのボスは二つ返事で了承し、そして先ほど倉庫内で契約は結ばれた。

取引現場の倉庫で彼らが見たものは、絶滅危惧種とは言え、見慣れた動物。
しかし、表のルートでさえ「レンタル料」として数千万の金額が動くこの生き物。闇のルートに流せばその数倍の価値はある。
対象自体は期待外れであったものの、男たちは満足して動物を檻ごとトラックに載せて倉庫街を出発した。


車が倉庫街を抜け、湾岸道路に差し掛かったあたり。
最初に荷台のほうから何かがばりばりと音を立て壊れるのを聞いたのは、助手席の男だった。

「おい、今何か音が」
「あ?お前のいつもの臭い屁のことか?」
「違うよ馬鹿野郎!後ろから何か変な音が聞こえたんだよ!」
「もしかして。お前、あの『動物』が檻ブッ壊して逃げ出したとか思ってんのか?」
「そうじゃねえよ!」
「顔、ひきつってるぜ?安心しろよ、あの檻はたとえ大型のクマでも…」

そこで再び、大きな音。
おまけに獣の声のようなものまで聞こえてくる。

さすがにおかしいと思ったのか、車を止める男。
互いに万が一のことを考え持参した麻酔銃を手にし、車を降りて荷台の中を確かめようと後部の扉を開けようとしたその時だった。

真っ暗な闇の中に、光る二つの点。
獣の唸る、低い声。生ぬるい空気。獣が檻から逃げ出しているのは明白だった。

「くそっ!逃げ出しやがった!!」
「撃て!!」

慌てて銃を構え、狙いをつける男たち。
破裂音が数度、鳴り響く。
普通ならこれで、眠りにつくはず。
だが、そんな軟な弾で貫けるような獣の体ではなかった。

赤い眼光の獣が勢いよく荷台を飛び出し、男たちをなぎ倒す。
まるで車にでも跳ね飛ばされたかのような衝撃に、男たちは気を失い地に伏した。
そして獣は、道路脇の闇へと走り去っていった。




仕事机に置いてあった携帯が震え、かたかたと音を立てる。
パソコンでの作業に集中していた光井愛佳は、携帯の画面を見る。
非通知。
こんな時間にこの携帯に非通知でかけてくる相手。
依頼者、か。

「もしもし。小さなことから大きなことまで。安心丁寧がモットーの何でも屋愛佳ですけど」
「早速デ悪いンだガ、依頼しタイことがアル」

いきなり本題か。何やねん、こいつ。
それに妙なカタコト。相手の素性を危ぶみつつも、愛佳は話を聞いてみることにした。

「いったいどんな内容ですの?」
「我々ガ所有していタ『猛獣』が逃ゲ出しタ。事を大キクすることナく、そいツを生ケ捕りにしテほしイ」
「猛獣?あのガオーッちゅう奴ですか。そんなん警察とか日本野鳥の会に頼んだらええんと違います?」
「頼ム。公ニしタくなイんダ。光井サンにしカ頼めナイ」


まるで自分のことを知っているかのような物言い。
それはいいとしても、愛佳としては確認しなければならないことがある。

「猛獣捕獲なんて、危険な作業や。報酬は、それなりにいただけるんでしょうな」
「ソりゃもう。バッチリンリ…いヤ、安心してホしい」

明らかに怪しい。
今、どこかで聞いたようなフレーズを言いかけたんと違うんか、こいつ。
しかし、いかなる事情があっても、相手の素性については詳しく聞かないのがこの業界のルールでもある。
愛佳は仔細了承し、一通りの手掛かりを聞いた後に電話を切る。

猛獣捕獲か。あいつらでもできるやろ。

愛佳は思いついた数人に依頼をかけるべく、再び携帯を手にした。




同時刻。
東京某所の高級ホテルの客室。
「刃千吏」の副官であるリンリンこと銭琳は、携帯の通話ボタンを切ると大きくため息をついた。

「フウ…素性ヲ隠すノも一苦労ダな」

光井サーンお久しブリでース、と電話での再会を喜べないのは寂しいが仕方ない。
そもそもが今回の来日はイレギュラーで、かつお忍びでの強行軍。組織の副官という立場が、リンリンを気安くあの喫茶店へと立ち寄れないものにしていた。

「仕方ありません。まさか○○が自ら脱走…いや盗まれたとあってはそうそう公言できることじゃありませんからね」
「まっタク世話のヤける。『アイツ』にハ後デきつイお灸をスエないトな」

リンリンは、今回の出来事の全てを把握していた。
中国で例の組織が自分たちを襲った本当の目的は、「アイツ」だったこと。
さらに、前から日本に行きたかった「アイツ」はわざと盗まれその身を委ねたこと。
そしておそらく今は組織の手を逃れ、例のモノを求めてひた走っているであろうということ。

ただ、自分たちが捕獲に向かうわけにはいかない。
「刃千吏」の副官ともあろう人間が、わざわざ表に出ることの危険性。
さらに部下を使ったとしても、部下を動かしたという事実からこのことが露見する可能性は決して小さくない。
その結果の、苦肉の策。
とは言え、「アイツ」がどこに向かっているのかは把握している。それは、愛佳に教えた。
場所さえわかれば、そう難しい問題ではない。

しかし。
リンリンが想定しているより、事態は複雑に、そして面倒臭く展開していくのであった。


1時間後。
愛佳のマンションに、4人の少女が集う。

「よう来てくれたな、って」

揃った顔ぶれを見て、思わず突っ込みを入れてしまいそうになる。

攻撃力になるのが、鞘師しかおらへんやん!

愛佳がそう言いそうになってしまうのも無理はない。
水使いの里保はともかくとして、残りの3人は。
千里眼の持ち主、遥。高速移動の亜佑美。そして、ぽんこつ瞬間移動の優樹。
だが、この戦力で戦略を立てるより他にない。

「依頼については、電話で話した通りや。ある場所に出没する獣を、生け捕りにしてほしい」
「みついさーん。けものって、何ですか?」
「動物のことだよ、まーちゃん」

元気よく挙手し質問する優樹に、お姉さん役の亜佑美がやさしく教えてあげる。
動物、という言葉に優樹のテンションが早くも上がってくる。

「動物ってどんな動物だろ?なんか楽しみ~」
「何言ってんだよ。猛獣だぞ?近づいたらまーちゃんなんて頭かじられるっての」
「だいじょうぶだって。まさの近所に出てきたくまさんだって優しかったし」

優樹を脅かそうとする遥に、なぜか自信たっぷりな優樹。
そんな二人を尻目に、里保が具体的なことを聞いてくる。


「光井さん。その獣のことなんですけど。やっぱり傷つけずに捕獲しなきゃいけないんですか?」
「まあ先方さんの希望やしな。極力無傷で頼むわ」

猛獣を傷つけることなく制圧する。
確かに水軍流には相手に傷を負わせずに組み伏せる体術も存在する。
が、それはあくまでも対人戦の話。

あれを試すいい機会なのかも…

ベリキューとの戦いから、1か月が経過しようとしていた。
自分たちの力不足を痛感した若きリゾナンターたちは、自らの能力の向上を新たな目標に据える。
それは、新メンバー随一の能力者である里保とて同じこと。

愛佳から獣の出没が予想される場所を教えてもらい、四人は目的の場所に向かうべく部屋を出ていく。
その背中に、愛佳は後輩たちの成長を確かに感じていた。

あれから1か月。
リゾナンターたちがあの日の教訓を胸に、各々の能力を磨いていることはさゆみやれいなから聞いていた。
確かに今回のような依頼は、対能力者戦と比べれば造作もない事柄なのかもしれない。
だが、逆にそういった一見単純に思える仕事の中にこそ、ステップアップのチャンスは隠されている。

ダークネスとの決戦が、近づいている。
それは、あの小憎たらしい白衣の博士や、リゾナンターを蹂躙した「銀翼の天使」たちとの対決を意味していた。

勝てるんやろうか…いや、勝たなあかんのや。

愛佳は改めて自らの予知能力が失われたことを、複雑な思いで実感していた。
能力があれば、決戦後の未来が見えていたかもしれない。
けれど、未来が見えないからこそできること、感じることができることもある。
彼女は文字通り、新しいリゾナンターに未来を託していた。



「あっ。あいつら、マンションから出てきたよ!」

愛佳のマンションとは道路を隔てて反対側に位置する、古びた2階建てのアパート。
道路に面した、六畳一間の狭い部屋のベランダで。
髪をショートにした青色のTシャツを着た少女が、双眼鏡で四人の少女たちを捉えていた。

「あそこに呼ばれて、出てきた。仕事のニオイがするね」

ピンクのTシャツを着た暑苦しい少女が、ショートカットの少女から双眼鏡を奪い、言う。
さらに双眼鏡は別の手によってひったくられる。

「へへっ、いいじゃん。あいつらから仕事、ぶん盗っちゃおうよ」

にやりと微笑む、緑Tシャツの少女。
少女は柔和な顔立ちをしていたが、瞳の中には「黒さ」が透けて見えている。

「どうする?動く?」

部屋の中央にいる年長らしき人物に、紫色のTシャツを着た少女が訊ねる。
緊張からか、それとも部屋が蒸し暑いからか。少女の全身から異常な量の汗がしたたり落ちていた。


「もちろん。それがあたしたちが生き残る、唯一の手段だから」

集団のリーダーと思しき赤いTシャツを着た少女が、その場にいた全員を見回す。
共に戦い、修羅場を潜り、苦汁を舐めさせられてきた仲間たちだった。

「…私が出よう」

黄色いTシャツを着た少女が立ち上がった。何かの武道をしているのだろう、すらりとした体は適度な筋肉に包まれている。

部屋の扉が、開けられた。
外から聞こえてくる、「ワンワン」「ワン」「ワオーン」「クーン」「バウワウ」「ウー」「キャン」「オン」という犬たちの声。
飼い犬にえさをやりに外に出ていた、オレンジ色のTシャツを着た少女が戻ってきたのだ。

「じゃああたしも。あの子たちの『能力』を使えば先回りすることもできるし」
「他は?」
「向こうが四人だから、こっちも四人で行こうよ。あたしとあやのんが出る」

機関車トーマスみたいな顔をしたピンク色のTシャツが、後ろにいた紫色のTシャツを指して言う。

「これはただの仕事の横取りじゃない。上の人間に、あたしたちを捨てたやつらにあたしたちを認めさせるチャンスだよ。
そのためにも、失敗は許されない。頼んだよ」

赤Tシャツの言葉に、無言でうなずく四人だった。




投稿日:2013/05/09(木) 12:04:06.36 0


2013/05/11(土)


すっかり寝静まった、商店街の一角。
里保たちは、とある大型スーパー裏手の搬入口に来ていた。

「ほんとにこんな場所に獣が出没するんですかね?」

亜佑美の疑問ももっともだ。
愛佳の話によると獣はかなり大型のものだという。そんな大きな獣が、深夜とは言え商店街の中にあるスーパーの敷地に出没するだろうか。
しかし、依頼主がそう断言しているのだ。手がかりを持たないこちら側としては、それを信じるしかない。

「とにかく、姿を見たらまーちゃん以外の全員で襲いかかって制圧する。時間をかけると、獣を傷つけちゃうかもしれないから」
「了解っ。ま、ハルの千里眼にかかったら猛獣なんて大したことないっすよ」
「…まーちゃん、眠いです」
「は?お前さっきまでクソガキみたいにワクワクしてたじゃんかよ!」

慌てて優樹を揺さぶり起こす遥。
何だか心配になってきた。里保はこれからの展開に一抹の不安を覚えるのだった。

突然、静かだった搬入口から、がらがらと音がする。
搬入口のシャッターが開かれ、中から従業員らしき中年の男が現れた。両手には、何か黄色いものが入ったビニール袋。

「こんな時間に、ゴミ捨て?」

里保はそう思いかけるが、すぐにその不自然さに気づく。
大抵のスーパーなら、建物内に専用のごみ捨て場があるはず。では、一体。

答えは意外。
すぐに、近くの茂みから黒い、もっさりとした影が出てきた。
遠めからはよくわからないが、明らかに人とは違う生き物。

「あれか!」
「あの従業員のおじさんがあぶない!!」

しかしその不安は見事に外れる。
獣は従業員に襲いかかるどころか、のそりのそりと近づくだけ。
また、従業員も特に恐れる様子はなく、手にしたビニール袋を獣の前に差し出した。

「何あれ?どうなっちゃってんの?」
「とにかく、捕獲しないと!まーちゃんお願い!!」

亜佑美が優樹に指示を出す。
優樹の背後に現れる、二つの大きな白い手袋をした手。
十本の指を大きく広げ、そして里保、亜佑美、遥の三人を包み込む。
次の瞬間、三人の体は獣の前に瞬間移動した。

「おいお前、何の獣か知らないけど大人しく…って、あれ?」

勢い勇んだ遥が拍子抜けするのも無理は無い。
目の前にいる動物、白と黒のコントラストが抜けた印象を与える、遥もよく知っている動物だったからだ。

「え?何、もしかしてこれ…」
「パンダ?!」

まさか捕まえて来いと言われた動物がパンダだったとは。
しかしパンダとは言え、獣は獣。近縁種のクマと同じく、力も相当強いという情報を里保は持っていた。すぐに捕まえなければ。
その意志が、亜佑美と遥にも伝わる。


三方に散り、パンダを取り囲む里保たち。
パンダも自らの身が危険に晒されてると知るや、野生の獣らしく唸り声を上げて威嚇をはじめた。

「私が囮になります!鞘師さんとくどぅーはその間に!!」

亜佑美が、パンダの前に立ち塞がる。
右へ、左へ。ステップを踏みながらの高速移動。亜佑美の動きに気を取られている隙に、残りの二人が攻勢に出る。

「鞘師さん、そいつの前足を狙って!!」

遥が千里眼でパンダをスキャニング。
前足付近に弱点があると判断し、大声で叫んだ。
パンダの死角から、里保が愛刀「驟雨環奔」を抜きながら迫り来る。勢いに任せ、隙のある前足を刀の側面で平打ち。
たまらず後ろ足で立ち上がるパンダ、しかしこれは攻撃態勢でもある危険な体勢。

「これを出す時が来たか…」

里保は、刀を握っている手とは反対の手で、懐のペットボトルを指を使い開栓した。
あふれ出した水はやがて、刀に似た細長い形となって里保の手に握られる。

キュートのリーダーである舞美との戦いで、里保は学んだ。
水を操るものは、攻撃のバリエーションをいくつも持つべきだということを。
そして思考の末に導き出されたのが、「水の刀」。二刀流での戦いは、故郷で嫌と言うほど祖父から叩き込まれた。扱いに困るようなことはない。

右に「驟雨環奔」、左に水の刀を携えた里保が、パンダ目がけ大きく跳躍。
強烈な前足での一撃を食らわそうとするパンダだが、振り翳した刀によって行く手を阻まれる。そしてさらに里保は水の刀を
パンダのがら空きになった胴に叩き込む。

「ガウッ…」

怯みかけるパンダ。しかしダメージは強靭な肉体によりあまり伝わっていない。
逆に、水の刀は弾き返され、元の飛沫に戻ってしまう。

「鞘師さん!!」

今度は里保がピンチに陥る番だ。
右の刀はパンダが前足で止めている。この状態で逆の前足の攻撃が来たら。
亜佑美と遥が同時に動きかけたその時だった。

「ガッ、ガアアアアアッ!!!」

弾き返されたと思われた水が、再び形を成し、パンダの体に絡みつく。
刀を崩したのはわざとで、次の捕縛に向けたカムフラージュだったのだ。

「すごい鞘師さん、いつの間にこんなことを!」
「さっすが次世代エース、かっこいい!!」

パンダの動きは水の鎖によって完全に封じられた。
一仕事終えた里保を労おうと、亜佑美と遥が里保に駆け寄ろうとしたその瞬間。

「ウガアアッ!!!!!!」

その場に居る全員が、目を疑った。
雁字搦めに体を拘束していたはずの水の鎖が、パンダの剛力によってばらばらに引き千切られたのだ。その圧倒的なパワーに、
改めて一筋縄ではいかない相手だと認識する。


自由の身となったパンダが、三人を睨む。
じり、じりと間合いを詰めてゆくその姿はまるで人間のよう。そして、パンダの視線が里保の前で止まる。
まずは一番実力を持っているものを倒す、動物には凡そ見合わないセオリーで里保にその巨体を被せようとしていた。

が、突如現れた四人の影。
パンダを取り囲むように姿を現した、紫、黄色、オレンジ、ピンクのTシャツを着た少女たち。

「悪いけど、こいつはあたしらが戴くよ!」

高らかに、そして暑苦しく宣言するピンクT。
さらに、

「おいで!テレポートお願い!!」

とオレンジ色のTシャツを着た少女が叫ぶ。
はるか向こうから走ってくるのは、八匹の犬。あっという間にパンダを取り囲んだ犬たちが、キャンキャン鳴きながら何やら不思議な力を発揮しはじめる。
最後に八匹が声を揃えて「ワン!」とひと鳴きすると、パンダの巨体が空間から掻き消えた。

「えっ!?」
「消えた!!」
「あれ?まだこの子達力使ってないのに!!」
「あず、どういうことそれ!」

互いに混乱する両陣営。
すると、ある光景を見つけた黄色のTシャツが、

「あっちだ。向こうのほうに逃げた」

と指を指す。
そこには、パンダの背に乗りはるか遠くへと走り去っていく優樹の姿が。

「まーちゃんの瞬間移動!」
「何だよあいつ、おいしいとこだけ持ってきやがって!」

喜ぶ亜佑美と、なぜか悔しがる遥。

「あたしが先回りする!みんなはこいつらを!」
「わかった!!」

オレンジ色Tは再び犬を呼び寄せ、自らの姿をかき消させる。
彼女の使役する犬は、八匹揃い力を合わせることで瞬間移動能力を発動する事ができるのだ。

「まーちゃんが危ない!うちらも追うよ!!」
「おっと。そうはさせないよ」

里保、亜佑美、遥の前に立ち塞がる三人の少女。
とてもではないが、話し合いが通用しそうな感じではない。

「あのパンダはあたしたちがもらう」
「それからあんたたちには、依頼主について教えてもらうよ」
「力づくでもな」

三対三。
少女たちの真夜中のバトルが今、始まろうとしていた。




一方。
優樹を背に乗せてひた走るパンダ。
優樹自身は先のことはまったく考えずにパンダを瞬間移動させたのだが、先のことなどお構いなしにパンダ・ドライビングに夢中な様子。

「それーっ、走れ走れー」

この状況下においてさえ楽しめる人物、それが佐藤優樹だった。
真夜中の街を走る、ふかふかのパンダ。その白と黒の毛を触っているうちに、どこからともなく声がするのを優樹は感じていた。

(おまえら、私をどうするつもりだった)

「まさたちはね、パンダさんの飼い主に頼まれてパンダさんを迎えに来たんだよ」

(・・・そうか。ん?私の言葉がわかるのか?)

「すごいでしょー。いひひ」

(なるほどな。まあ、「あれ」さえ手に入れれば戻るつもりだった。いいだろう。一緒に帰るとするか)

「マジで?やったぁ!!」

なぜかパンダと意思疎通ができてしまった優樹。
交渉成立で一件落着、と思いきやパンダたちの行く先にはオレンジTシャツの少女が先回りしていた。

「ごくろうさま。そのパンダ、ここで貰うわよ」

少女を前にし、その場に立ち止まるパンダ。
優樹は少女が先ほど乱入してきた四人組の一人だということに気付く。

「うわっ。さっきの、苦労が顔に滲み出てる人たちの一人!!」
「誰が苦労人顔よ!あたしをバカにしたこと、後悔させてあげる」

少女がおもむろに眉間に指を当てる。
精神操作。それが彼女の能力だった。

「目的のためなら非情になれる。それが小悪魔1年生の心意気よ!」
「えー、だったらまさは小天使1年生だもん!」

ただ、精神操作を受けたはずの優樹の様子に変化はない。
それもそのはず。オレンジTの狙いは、

「ガアアアアッ!!!!」

パンダのほう。
この凶暴な動物さえ操れれば、目の前にいる弱そうな少女など物の数ではない。
錯乱したパンダを前に、にやりとほくそ笑むオレンジT。しかし。

(お前ごときの精神操作で、私が操れるとでも思ったか!!)

怒れるパンダの一撃が、少女を襲う。
どうしてあたしの精神操作が効かないの・・・?
精神操作に耐えうるのは、能力者のみ。
自らの能力が通用しなかった理由を知ることなく、少女の意識は吹き飛ばされた体と共に遠くへ消えていった。




投稿日:2013/05/11(土) 07:02:04.71 0


2013/05/12(日)



その頃、すでに里保たちとTシャツ姿の敵との戦いが既に始まっていた。
里保とピンク、亜佑美と紫、遥と黄色が激しい火花を散らす。

「うおおおおおおっ!!!」

ピンク色の暑苦しい少女が雄たけびを上げる。
すると、里保の肌に焼け付くような刺激が走った。

「これは」
「あたしは熱く!苦しいほどに全力投球!!」

ピンクが得意とするのは、熱操作。上位互換である発火能力と比べると威力はやや落ちるが、それでも能力によって熱された空気は対象を火傷に追い込み、息を吸えば呼吸困難に陥れる。

ただそれは。
水を操る里保には通じなかった。
熱の影響をまるで受けていない里保の大きな踏み込みが、少女の鳩尾に一撃を与える。
刀の柄で強く突かれた少女は、そのまま気を失った。

「ふう。あの舞美って人との戦いが、ここまで役立つなんて」

里保はあらためてあの戦いで得ることができたものの多さを感じる。
先ほどの熱攻撃を遮断したのは、里保自身が身にまとっていた水のヴェール。
さすがに舞美ほどの防御力はないものの、周囲の熱をシャットアウトするには十分の代物だった。

他の二人はうまくやってるかな。
自らの戦いが終わり余裕の出た里保が、周囲を見やる。
しかしそこには相手の能力に苦戦する亜佑美と遥の姿があった。


「どうしたの?少しずつ、動きが鈍くなってるみたいだけど」
「う、うるさいっ!!」

自らの高速移動を駆使し、序盤はむしろ紫Tシャツの少女を追い込んでいた亜佑美だったが、戦いが進むにつれて妙な感覚に苛まれ始めていることに気付き始めていた。

体の動きが、重くなっている?

瞬速の動きからの蹴りを、拳を相手にヒットさせるごとに削られてゆく、自らの体力。
相手の様子には変化がない。強いて言えば、夥しい量の汗をかいているくらいだ。
奪われるスタミナ、しかし亜佑美は攻撃の手を休めない。

力を振り絞り紫にさらなる一撃を仕掛けようした時。
思わぬ方向からの攻撃を受けることになる。

浴びせかけられた、大量の水飛沫。
里保からのものだった。

「亜佑美ちゃん!闇雲に戦ってたら、いつかバテちゃうよ!!」

年下の先輩からのアドバイスと、冷たい水の感触が、亜佑美に冷静さを取り戻させていた。
まずは拙速な攻撃をせず、相手の出方を見ることが大事。
攻撃をやめ、構えの姿勢だけ崩さずに相手を見ていると、紫が明らかに苛立っているのが見て取れた。

「かかってこないなら、こっちから攻撃するまで!!」

言いながら、右手を振りかざし何かを飛ばしてくる。
飛来してくるそれに対し不穏なものを感じた亜佑美は、高速の動きで回避する。
亜佑美の立っていた地面に降りかかる、液体。そこであることに気付く。


今飛ばしたのは、汗?
そう言えば、彼女は全身汗まみれになっているし。もしかして、汗が武器?
さっきも攻撃、つまり相手の体に触れるたびに体力が削られた。もしかしたらあの子の汗にそういう効果があるのかもしれない。
ということは、相手に直接触れずに攻撃することができれば!!

紫の少女が、間髪入れずに汗を飛ばしてくる。
それをよけつつあるものを探していた亜佑美だが、ついにお誂えのものを発見する。
どさくさまぎれに飛び込んだ資材置き場から、彼女が手にしたのは、身の丈ほどはあろうかという鉄パイプ。

「さあ、これから反撃だよっ!!」

持ち前の高速移動で瞬時に紫Tの懐に飛び込んだ亜佑美が、その肩に強烈な一撃。
苦し紛れに相手が飛ばす汗を、今度はパイプを回転させ全て弾く。

「くそ、こうなったらこうしてやる!!」

猛突進で、亜佑美の体に組み付こうとする紫T。しかし高速移動を身上とする亜佑美の体を捉えられるはずもなく。
鉄パイプに足を攫われたところを、背中への強烈な打撃。ぐえっ、という声とともに少女はぐったりしてしまった。

その一方で、遥は黄色Tシャツ相手に完全に劣勢となっていた。
亜佑美ほどではないにしろ、俊敏さを利用して、千里眼によって浮き彫りにされた弱点を突く。それが遥の戦い方。
しかしそれが、黄Tにはまったく通用しない。

「ヤアッ!!」

少女が繰り出す正拳が、遥を追い詰める。
空手によって極限まで鍛え上げられた肉体に、弱点と言う弱点はないに等しい。
しかも辛うじて見つけた弱点も、遥の攻撃力では相手の強靭な肉体にダメージを与えられない。
遥にとって、この少女との相性は最悪と言ってもよかった。


右に避けられれば右に回り込み、そこからの回し蹴りをかわされれば隙を見せることなく後ろ蹴りを繰り出す。
流れるような攻撃の連続に、遥の体力は徐々に消耗していた。

そしてついに黄色Tシャツの少女のローキックが、遥の腿を捉える。ハンマーを打ち付けたかのような衝撃に、思わず膝をつく。
痛みに身を屈めた遥は、まさに次の蹴りの格好の的。顔面目がけ、フルスイングの蹴りが飛んでくる。

「ガウッ!!」

そこに飛び込んできたのが、優樹を背に乗せたパンダ。
巨体を駆使したタックルに、黄色Tは受け身も取れずに突き飛ばされた。

「どぅー、助けに来たよぉ!」
「べっ、別にまーちゃんに助けに来てもらわなくても!!」

口ではそう言いつつも、正直危なかったというのが遥の本音だった。
しかし、意地でもそれを口にするわけにはいかない。

「まーちゃん、くどぅー!!」

突然現れた優樹とパンダに驚きつつも、近くに駆け寄る里保と亜佑美。
しかし戦いはまだ、終わってはいなかった。

「くそっ、これくらいのことで!!」

言うなれば、乗用車に追突されたくらいの衝撃を受けたにも関わらず、黄Tに身を包んだ武道家は立ち上がった。
日々の鍛錬で鍛え上げられた肉体が、ダメージを最小限に留めたのだ。

「かの大山倍達は猛牛を素手で打ち殺したという。ならばパンダごときに、私の武術が遅れをとるはずがない!!」

少女が自らの気合を放出するかのように叫ぶ。
パンダもまた相手を剛の者と認めたのか、ゆっくりと近づき、そして二足立ちとなった。
パンダと空手家、決して交わる事のなかった二つの星が今、激突する。


鬼気迫る表情で先に攻撃を仕掛けたのは、少女。
いきなりの前蹴り、をフェイントにした後方回し蹴り。まともにくらったパンダに、はじめて苦しげな表情が浮かぶ。
しかしパンダもやられたままではない。身に食い込んだ少女の脚を掴むと、恐ろしい勢いで地面に叩き付ける。
この攻撃はさすがに堪えたらしく、インパクトの瞬間に少女が吐血した。

よろよろと立ち上がる、少女。
今のやり取りで相手との実力差を知ったのだろう。前傾姿勢を取り、勝機を捨て身の一発に賭けた。
対するパンダは、身構える事もなくその場に立っている。

里保も、亜佑美も、遥も。そして優樹さえも。
張り詰めた空気に息を呑む事しかできないでいた。

止まっていたかのような時が、動き出す。
少女は大きく間合いをとると、パンダに背を向けつつ左足を振り上げ、 勢いで宙へ逆さまになりながら右足での回転蹴りを繰り出した。
振り子の勢いと回転の力が加わり、まともに喰らえば人間なら腕などいとも容易くへし折れるほどの威力。

しかし。
パンダは自らの両腕を交差させ、少女の蹴りを受け止めた。
行き場をなくし体勢を崩す少女に、パンダの無慈悲な一撃。丸太のように太い腕の攻撃を受けた少女は無念の表情を浮かべ、ついに落ちた。

「やった!パンダさんが勝ったよ!!」

大喜びでパンダに駆け寄り、抱きつく優樹。
優樹に続けとばかりに身を乗り出した遥を、亜佑美が止める。

「くどぅー、私たちの目的」
「いっけね、忘れてた」

そう。
彼女たちに与えられた任務は「パンダの捕獲」。邪魔が入り妙なことになってしまったが、その本筋は外してはならない。
里保は既に、どう状況が変化してもいいように自らの刀の鍔に指をかけていた。


再び三人がパンダを取り囲もうとしたその時だった。
優樹がパンダの前に立ち、両手を広げる。

「ダメ!!」
「まーちゃん?」
「お前さあ、ハルたちがどういう任務でここに来てるか覚えてる?」

先ほどまで自分も任務を忘れかけていたのを棚に上げ、優樹を窘める遥。
それでも、頑なに優樹はその場所を動かない。

「…オ前は優しイ子ダな」

そう言いながら、優樹の頭を撫でるものがあった。
振り向くと、そこには一人の大柄な女性が立っていた。

「パンダさん?」
「よくわかっタな。獣化しタ私ノ言葉がわカるだけノことはあル」

目を丸くして、パンダ、いや女性のことを見ている優樹。
パンダは、かつてリゾナンターであったジュンジュンが獣化した姿だったのだ。

ただ、それ以上に驚愕しているのが里保たち三人。
パンダだと思っていたのが、段々と姿が変化して人間になったのだ。驚くなというほうが無理に違いない。

ジュンジュンは、四人の少女たちの顔を見回し、そして言う。

「お前ラ。リゾナンター、だロ」
「!!」

第三者からリゾナンターという単語が飛び出した場合。
想定されるのは、警察関係者。そして、ダークネス。


「何者なんですか、あなたは」
「…昔のリゾナンターノ、友達ダ。オ前らがリゾナンターなのハ、匂いでワかる。特ニお前は、道重サンの匂イが強い」

里保の警戒心などどこ吹く風、ジュンジュンはさらりとそんなことを言ってのけた。
りほりほ膝擦りむいてるじゃない、さゆみが治療してあげる。フッフフフ。だめだめ、隅々まで触らないと怪我の治りが遅れるの。スー
里保は何となく、げんなりとした顔をした。

「心配すルな。自分デ『飼い主』ノもとへ帰ル。『飼い主』かラお前らノボスに連絡がイくだろうし問題ナイ。あと、お目当テのもノも貰っタし」

そう言って、足元に落ちているぱんぱんに膨れたビニール袋を指すジュンジュン。中には。
これでもかと言うくらいに大量に詰め込まれたバナナが。

両手にバナナの入った袋を抱え、去っていくジュンジュン。
しかしあることに気づいたのか、袋を置いてこちらに戻ってきた。

「私ガジュンジュンだっタことハ、内緒ナ。ソノ代わり、いいコとを教えテやる」

そう言って、優樹を除く三人に次々と耳打ちするジュンジュン。
表情を引き締める者、困惑する者、落胆する者。三者三様の表情がそこにあった。
ねーまーちゃんは?まーちゃんは?と期待の目で見つめてくる優樹には、「お前ハそのままデいい」という微妙なコメントが。

そして今度こそ、ジュンジュンは颯爽と立ち去って行った。
その雄大な背中を眺めつつ、遥が言う。

「あの人…」
「どうしたの、くどぅー」
「全裸だったんだけど、大丈夫っすかね」

大事なことに気付くも、すでにジュンジュンは遥か遠く。
異国からやって来たストリーキンガーを、四人はただ見守るしか術はなかった。




数日後。
飛行機は雲を突き抜け、目にしみるような青い空を飛ぶ。
ジュンジュンとリンリンはとある伝手でチャーターされた特別機に乗って中国への帰路についていた。

「まっタく。タかがバナナのタめに日本マデ来るナんて」
「何言っテる。バナナ、大事。バナナ食べラれなイと死んジャう」

空の旅を楽しむ、ファーストクラス。
用意されたバナナのデザートを摘みつつ深刻な表情で訴える、ジュンジュン。

「バナナなんて、中国にいっぱいある」
「だめだめ。日本のバナナ、おいしい。特にあそこのスーパーの廃棄処分寸前のバナナは最高だ」
「…わかった。『刃千吏』の日本支部に頼んで、空輸するから。とにかくこういうことはこれっきりにしてほしいね」

組織の副官としては、「御神体」の勝手な行動は認めるわけにはいかない。
とは言え、御神体あっての「刃千吏」というのもまた事実。
窓の外の雲を眺めながら、これからも訪れるであろうトラブルにリンリンは肩を落とす。

「にシテも」
「なんダ?」
「私たチの後輩は、順調に育っテいル」

ジュンジュンの表情が、緩む。
偶然かはたまた必然か。はじまりのリゾナンターと、今をひた走る新しいリゾナンターの邂逅。
軽く手合わせしただけのようなものだが、それでもジュンジュンは若手の将来性を感じていた。

「そウか。ジュンジュンはアノ子たちニ直接会っタンだナ」
「特に目ノ小さイちびっこ。アれは将来強クなる。もう一人の貧乏くさイ子も楽シミだ」
「私タチがいナクてモ、もう大丈夫カ」


リンリンが小さくため息をつく。
日本を発つことを決めた時。もちろん、後ろ髪が引かれなかったわけではない。喫茶店に残りメンバーを支えてゆくという選択肢もあったはず。
しかし結果として、彼女は本国での任務を選んだ。

「悲しイことヲ言うナ。ジュンジュンたちハ、たとエ遠く離れてタって、リゾナンターだ」
「そうだナ。あノ日、愛ちゃんモそう言っテた」

日本最後の日。
空港で見送りに来てくれたのは、その日たまたま体が空いていた愛だけだった。
他のメンバーは突発的に発生した事件のせいで、空港に来ることができなかったのだ。
しかし、二人のメンバーに寄せる思いは、愛も含めて一緒だった。「あーしたちは、いつまでもリゾナンターやよ」。
この言葉は、今もリンリンとジュンジュンの心に深く刻み込まれている。

「アノ不思議な子はパンダにナったジュンジュンノ言葉、理解デキた。心が繋ガッていレば、いつでモ分かり合エる。そのコトを改メて教えテもらっタヨ」

ジュンジュンの言葉を、黙って聞いているリンリン。
リンリンは、経緯はどうあれ、日本にやってきたことは決して無駄ではないのかもしれない。そう思った。


                    --完--




投稿日:2013/05/12(日) 09:45:25.52 0









最終更新:2013年05月13日 06:50