『Vanish!(7)微々たる計画の狂い』

●月■日(日) PM 4:40

 ごめん、愛ちゃん…れいなも本当はこんなことしている場合じゃないことくらいわかっていると
 でも・・・ミヤをしっかりと話をしないといけないけん、ごめん
 リゾナントから出るとき愛ちゃんが何か言ったような気がしたけど、ごめん訊かなかったことにすると

 なんでこんなことが起きているのかれーなには全く見当もつかんけど
 でも、しなくてはならないこともあるから、少しだけ時間をください
 …ミヤをあの時のように、また悲しませるわけにはいかんけん

 さっきも待ち合わせのお店に向かっている途中で愛佳とすれ違った
 いつもなら笑顔で「田中さ~ん」って話しかけて来るのに、気がつかなかった
 というか視線はあったけど、ちょっと嫌な顔をしてそそくさと道のわきの方へと露骨に避けた
 ・・・愛佳までもれーなのことを忘れておるかいな?
 小春とリンリンまでもしかしたられーなのことを忘れていたとしたら…怖い

 なんでだろう?いつのまにれいなはこんなにみんなのことを大好きになったんだろう?
 はじめはあんなに信じられなかったのに、今じゃむしろ信じない方がおかしいくらい近くに感じる
 みんながれーなを信じてくれるようにれーなもみんなを信じるようになったから?

 でも…あのときみたいなことはもう二度と起こしてはいけないけん、後悔しないようにれいなは行くと
 用事はすぐに切り上げて、すぐに戻って、異常の原因をみんなと一緒に探しに行くと
 まずはミヤに本当の理由を気付かれないように帰るようにしないといけないっちゃ…
 どうしようかいな?

●月■日(日) PM 4:40

「あのさ、愛ちゃん・・・関係ないかもしれないんだけどさ・・・」
「なに?ガキさん、気になることがあるならいってみて。関係ないと思ったことが意外と繋がってるかもしれないし」

「あのさ…昨日のことなんだけど、数時間の間、何をしていたのか、全く思い出せないんだよね」
「覚えていない?何も?それは何時くらい?」
同じ記憶が飛んでいるという『共通点』が出てきた
「えっと、さゆみんからメールが来たのは覚えているんだけど」
「ということは7時半くらいですね。さゆみの携帯の送信履歴に入ってます」

新垣も自身の携帯を取り出して時間の確認をした
「うん、時間はおよそ7時半。そこから約2時間の間、何も覚えていないんだよね
 風邪をひいちゃって仕事を早くあげて貰って、店から出て、駅まで向かって、までは覚えているんだよね
 ただ、気が付いたら自分のマンションの前に立っていて時計を見たら9時半ころだったんだよね」
「気が付いたら家にいたと…何か怪我をしている様子もないようだし…ガキさん、ちょっと心を読んでもいい?」
「え?うん」

高橋は新垣の心の奥、無意識の領域を読み取るべく集中した
新垣の精神干渉と比べ、純粋に読み取ることに卓越したこの力ならば何か得られるかもしれない、と考えた
無意識の部分ならばほんの僅かな霞のような記憶が残っている可能性が高い
そこに写っている光景が何かヒントになればいいのだが・・・

「あ~ダメや、何も見えんかった。特別な何かがあると思ったんやけどな~」
「しょうがないよ、愛ちゃん。私の記憶を消すくらいの能力なんだから簡単には行かないさ」
「そうですよ、エリも何か手伝えればいいんですけど、何も覚えていなくて」
「さゆみもなにも覚えていないの」「ジュンジュンも右に同じダ」
不思議がる面々を見て、高橋はますます頭を抱えた
「…いったい何が起きたんやろうか?」

♪カランコロン
…それをかき消すように入口のベルがお客様が来たことを告げる
「すみません、今日は臨時休業なんです。あ、あれ、あなた?」
入ってきた人物はニヤっと笑い、静かな店内へと足を踏み入れた
その人物を迎えるために入口まで急いで移動するとき、高橋は棚に強くぶつかった。
ぶつかったことで水色のマグカップが棚から落ち、それはカシャンと音をたて砕け散った

●月■日(日) PM 5:00

時間をさかのぼること数時間前からあるビルの一室でマルシェは持参したパソコンと格闘していた
「あと少しですね…ここはこうして…(ピッ)ふぅ、やっとできた」

以前病院の屋上で使った時よりも軽量化し、今度は対象となる人物のみにかかる重力を制御できるようにした
パソコンの画面には某携帯電話ショップのメール管理システムの画面が出ている
先ほどからマルシェはこのシステムを使って、あることをしていた

「やっとれいなが移動し始めたみたいだね。そして、雅もメールを送ったし…面白くなりそうですね。
さて、そろそろ私もリゾナントへと向かいますか。愛ちゃんがどうなっているのか楽しみですね」
マルシェは重力管理装置を小脇にかかえ、開けていた窓から飛び出した

ボタンを押すと、ヒュイン…と低い音がしマルシェの周囲の「重力」が変化した
次第に落ちて行くスピードが低下していき、マルシェはゆっくりと地面に着地する
「うん、この機械は壊れていないようですね。実験大成功」
先ほどまでいた20階の窓を見上げながらマルシェはフフフと嬉しそうに笑った


●月■日(日) PM 5:20

れいなはリゾナントへと帰り始めた。でも明らかに不機嫌で、いつもなら近づいてくる猫達もまったく近寄らない
きっかけは先ほど届いたメール

FROM ミヤ
 ごめんなさい。急に行けないようじができてしまいました(+o+)
 田中さんに申し訳ないんですけど、会うのは今度になりました(T_T)
 会いたいけど・・・会えないんです・・・ゴメンナサイ(+o+)

「来れないなら早くメールしてほしいと…れーなだって仕事を変わってもらっておると
 急な用事ってしょうがないけど、これじゃ愛ちゃんとさゆに申し訳がつかないっちゃ
 …渡そうと思っていたこのケーキが無駄になるっちゃ。愛ちゃん怒るかいな?」

この時間帯、学生は休日だからいないが、車の行き来がいつもよりも多い。
家族で乗った普通車、友達が一緒にのったバス、それからピザのバイク、はたまた引っ越しのトラックまで走っている。
れいなは携帯をパタンと閉じ、カバンにしまいながら歩き始めた

喫茶リゾナントの看板が見えてきてれいなはふと変な胸騒ぎを感じた
「なんかいな?変な感じがすると・・・」
その原因はすぐに判明した
「あれ?看板が営業中になっていると…愛ちゃん、何かヒントをつかんだかな?」
勢いよく扉を開けると見知った声達が「いらっしゃいませ」と告げる

「もう、愛ちゃん聴いてほしいと~
 ミヤったられーなに来てほしいっていっておきながら用事があって行けないってメール送って来たと!!
 自分から会いたいといいながら来ないなんてマジ最悪と思わん?まあ、おかげで早く帰れたけどね」
そういいながられいなはいつものように厨房に入ろうとした

「ちょっと、お客様、厨房に入らないでください」
「は?何言うとると?愛ちゃん」
れいなが冗談だと思いながら振り返ってみたのは本気で注意をするときの高橋の顔だった

「お客様、厨房はこのお店の命ですのでお客様といえども通すわけにはいきません」
「あ、愛ちゃん?」
「関係者以外は立ち入り禁止となっております」
れいなはただ高橋の言葉を聞いて、呆然としてしまった

(うそ?もしかしてこれって…う、嘘っちゃろ?)

「あ~愛ちゃん、見て~その子の手に持っている箱~」
亀井がのんびりした口調で言い、れいなは自分の左手に持っている箱に視線が集まるのを感じた
「それ、リゾナントのケーキなの!ちょっと、愛ちゃん冷蔵庫見て来て」
「ちょ、さ、さゆ・・・」
気がつくとジュンジュンの冷たい視線が向けられており、れいなは恐怖を感じた

「あ、やっぱり、ケーキが少し足りない!!あんた、どういうことなのよ!!」
怒りの形相で高橋がれいなに詰め寄る
「あ、愛ちゃん、違うっちゃ、これは」
「勝手にキッチン入ろうとしただけでなく、ケーキ盗んだの?泥棒じゃない」
高橋がれいなの右手に持っていたケーキの箱を奪い取り、道重たちにも見えるようにカウンターの上に置いた
「エリがせっかく考えたケーキを盗むなんて許せない!!底辺ですよ、底辺」
「食べたいものはお金出す、これ基本ダゾ」
そんな言葉が状況を理解できていないれいなに容赦なく浴びせられる

「ちょ、みんな落ち着いてほしいと!れいなよ、みんな、どうかしたと?」
不安げな声でれいなが近づいていた高橋の腕を無意識につかみながらいった。
「れいな?誰?私はそんなこと言われたって知らないわ…あなたのことなんて、ねえ、みんな?」
新垣が急に腕を掴まれ驚いている高橋を助けるべく立ちあがりながら言った
「愛ちゃんから手を離しなさい!…ちょっと待ちなさい、あなた、その顔つき…もしやダークネス?」
れいなは違う違うと表現するように首を振ったが、たいして効果はなかったようだ

高橋はれいなをお客様扱いしているが、力づくで無理やりに掴んでいた手を離させた
道重と亀井はれいなから明らかに遠ざかるように後ろへ下がり、ジュンジュンは逆にいつでも飛びかかれる姿勢
新垣も高橋同様にれいなに対して不信感を示しつつ、ジリリと近づいてきている

「あ、愛ちゃん、れいなやって、ずっと一緒に戦ってきたれいなっちゃ!」
高橋を掴もうとした腕は掴もうとする前に高橋自身によってはねのけられた
「お客様、お客様が何物かは判らないけど近づかないでくれますでしょうか?」

(愛ちゃんもれーなのことを忘れた?つい1時間前にはれーなを覚えていたのに…)
―あのリゾナンターのリーダーであり、隙を見つけることがほぼ困難な高橋愛が記憶を失った
そのことも重要なことであったが…れいなにとってより恐ろしいことがあった

(もう・・・・仲間はおらんと?
愛ちゃん、ガキさん、エリ、サユ、ジュンジュン、さっきすれ違った愛佳は忘れていかもしれん
もしかしたら、すでに小春もリンリンも…

でも、ここにはあれがあるからみんな思い出すかもしれないっちゃ!)

れいなは急に二階へと続く階段をめがけて広いとは言えない店内を走りだした
「ガキさん、その子を止めて!!」
そんな高橋の声とそれに従う新垣をすり抜けてれいなは自身の部屋のある2階へと登って行った

(二階にはれーなが住み込みをしている間にたまったたくさんの荷物がある『れいな城』があると
 それを見ればみんな何か思い出すかもしれな…)

そんな考えは自身の部屋のあった場所を前にして完全に停止した
「ちょっと、勝手に二階にまで登ってきてどういうつもりなの?」
気がつけば高橋と新垣の両名がれいなの後ろに立ち、ここから逃がさまいと構えている
そんな声もれいなには全く届いていなかった

(な、ない…れいなの荷物が、『れいな城』が跡形もなく消えている)

れいな城のあった空間には何も置かれてなく、観賞用の植物が静かに置かれていた
ここに何者かの部屋となるべき空間があったとは到底思えなかった。

ゆっくりと高橋の方をを振り返りながられいなはか細い声で呟く
「あ、あのここにあった荷物は?」
「…ここに荷物なんてないわよ。あなた、本当に何言っているのよ?」
「愛ちゃん、やっぱりこの子、変だよ。ちょっと警察呼んだ方がいいんじゃないかな?」

「これが最後とさせてください。できれば私もしたくないけど、これ以上いられるとお店に取って迷惑なんです
 あなたもわかるでしょ?何か勘違いしているのかもしれないけど私達は貴方を知らないんですよ」
きっぱりとそう断言する高橋の言葉を聞いてれいなは自然と涙を流し始めていた
「あ、愛ちゃん」
「まだ言ってるよ。愛ちゃん、早く警察に電話した方がいいって。危ないよ、この子」
「が、ガキさん…」

れいなはゆっくりと立ちあがりながら最後にもう一度高橋を近づこうと手を伸ばし、涙を浮かべながら叫んだ
「愛ちゃん、どうして、どうして忘れたの?れいなだよ、れいなやって!
 愛ちゃん、言ってくれたやん『れいなを、助ける』『力を貸して』って
 どうしてそう言ってくれた愛ちゃんが、みんなが忘れてしまったの?ねえ、なんでよ、ねえ!!」
その迫力に圧倒されたのか高橋も新垣も動けずにただれいなのことを見ている

高橋の華奢な両腕を掴んだれいなは高橋を前後に大きく「ねえ、ねえ」と言いながら揺らす
「れいな最初はみんなを信じられなかったとよ。でも、みんながれーなを受け入れてくれたかられーなも受け入れたと!
 信じるなんて綺麗ごとやと思っとったけど、愛ちゃんたちなら信じられると思ったとよ
 こんなに人を信じられるなんてれーな自身も思わなかったとよ!
 それなのにどうしてれーなをまた一人にすると!ねえ、愛ちゃん、思い出してよ!ねえ!!」
れいなはそう言いながら高橋をより一層激しく揺さぶった

高橋は半分泣きかけているれいなの腕を強く握り返し、「いい加減にしなさい!」・・・そう言ってれいなを強く突き放した
茫然としている新垣を横目に高橋はゆっくりと背中から床に叩きつけら立ちあがれずにいるれいなに近づく
「確かに私の名前は愛だけど、『れいなを助ける』っていったことなんてないわ」
「嘘やって、れいなは覚えていると!あの日の愛ちゃんの服装も言葉も全て、何もかも」
ゆっくりと立ちあがろうとするれいなに高橋は手を差し出した
「手荒な事をしてごめんなさい。だけどここは、あなたの家ではないのよ。家はあるんでしょ、どこか別のところに
 今帰ってくれるんなら次はお客様として笑顔で迎えてあげられるわ。だから、お願いだから帰ってくれるかな?」
言葉はおだやかであるがその静けさがより一層れいなの心を傷つけた。

れいなはゆっくりと新垣の目をみた。その目からは先ほどと違い、『可哀そう』という同情の色を感じてしまった
「ほら、れいなちゃん、一度、家に帰っておちついたらまた来てちょうだい。ね?」
新垣も高橋同様にれいなを刺激しないように言葉を選んで帰らそうとしてくる

(愛ちゃん・・・ガキさん・・・れいなの家はここなんだよ!!ずっとずっと、ここに居たとよ!)
そう言いたくてもれいなは言えなかった。もし言ったならばさらに事態は悪くなる…そう考えて…でも、感情は抑えられなかった

「うわぁぁぁ~ん」
れいなは赤ん坊のように声をあげて階段を一気に駆け下りた
階段の下から亀井、道重、ジュンジュンは二階の様子を盗み聞きしていた
そんな三人のもとにれいなが大粒の涙をこぼしてドタドタと大きな音を立てて降りて来たので驚き、急いで道を開けた
手で涙をぬぐいながられいなは道を開けた3人の顔を見る
驚き顔の亀井、恐怖でひきつった道重、未だに怒っているらしき顔のジュンジュン

(サユ、エリ、ジュン…なんでれーなのことを覚えていないと?あんなに一緒にいるのに!
 誰も信じちゃいけなかったと?れーなは信じることを許されておらんのかいな?)

れいなはもう一度リゾナントの店内を見渡した。
カウンター、テーブル、キッチン、そして戸棚…
(!!れいなの水色のマグカップもなくなっていると…そこまですると?れいなは必要ないとでも言うと?)

扉に手をかけてれいなは店内を振り返る。
二階からは高橋と新垣、一階では亀井、道重、ジュンジュンがれいなの方を見ている
「みんな・・・本当にだいっっ嫌いっちゃ!!」
れいなは勢いよくバタンと扉を閉め、泣きながら外へと飛び出して行った

「ねえ、あの子いったいなんだのかしら?嵐のように去って行ったね、愛ちゃん…」
「わからない…でも、なんだか、心が痛い…そんな気がする…」

                *   *   *   *   *   *

どうやら田中さんは『無事に』リゾナントから出られたようですね
『計画』も最終段階ですね・・・

田中さん、もう少しでわたしがあなたの悲しいその記憶を消してあげますからね
泣かなくていいんですよ、もう、これからは・・・

誰にも期待されないで、自分のために生きて行く、そんなことを教えてくれたあなたのために私が出来ること…
そう、あのときおしえてくれたことをあなたに恩返しするために、今会いに行きますよ

                *   *   *   *   *   *

●月■日(日) PM 6:00

喫茶リゾナントに来て驚きましたね。
こっそりと覗いていたんですけど、まさかれいなが泣きながら出て行くとは思いもしませんでした
れいなはもっと強い娘だと思ってましたけど、案外弱いのかもしれませんね。
人は見た目によらない。意外なものが見れて面白かったです。

しかし、れいなが出て行ったということは、愛ちゃんたちはすでに記憶を消されたと考えていいでしょう
まさか愛ちゃんまで簡単に事を為すとはこちらも想像以上の力ですね

とりあえず、前もってれいなの携帯電話がどこにあるのかを把握できるようにしておいてよかったです
これでれいなの近くにあの子が現れるのを待つことが出来ます
あの子の目的がれいなならば必ずもう少ししたら、現れるはずです。そこで・・・

あ、メールが届いたようですね
『FROM ミヤ  TO れーな
 さっきはごめんなさい<(_ _)>でも!!急いで補習抜け出したので会いに行けますよ(^-^)
 ミヤは田中さんのこと大好きですし、心から信じています!呼んだらすぐに飛んでいきますよ☆彡』

 …なるほど、今のれいなならすぐに飛びつく内容ですね。おっと急がないといけませんね。スイッチON!っと































最終更新:2010年07月25日 23:45