『闇に(つДT)』


2012/10/11(木)


280 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2012/10/11(木) 13:45:05.48 0
唐突にホントに唐突に……http://www35.atwiki.jp/marcher/pages/634.html#id_70320e52の続き

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「つうかバカ正直にリンク先に飛んだ連中はコーヒー吹いてるよな。 なんでよりによっていまさらこんな話の続きが来るんだってよぉ」
「そんなこと言うもんじゃないって」
「二月以上も音沙汰なしでどの面下げて戻ってきたって思ってるね。 同じ久しぶりなら『VariableBlade』 の続きコイって思ってるって」
「面白いね、『VariableBlade』。10期に比べて生田さんや香音ちゃんの能力が地味目な感は否めないけど、香音ちゃんの素晴らしさがそれを補って余りあるよね」

作品の枠を超えて雑談を始めた美貴に相づちを打ちながら、それでも紺野あさ美は正常な方向へ戻そうと努めている。

「でっ、あの話の中の”MAR-CHE”っつーのは何なんだ。 あの話の中ではお前死んでるの? 天才科学者が死の間際に自分の思考パターンをコンピューターに記憶させたってありがちなパターン?」
「そ、それは作者さんに訊かなけりゃわかんないし。 それよりもこの話の続きなんだけどさあ」
「あ~あ、『VariableBlade』に出てくる魔女ってなんかヨクね? 永遠に生きることに飽きたアンニュイな感じがたまんねえよな。 それに比べて今ここにいるアタシの体たらくときたら」

いかにもうんざりだと肩をすくめる美貴の自堕落な態度をたしなめたのは闇の王その人だった。

「ボヤいたところで何も始まらないぞ、わが妹よ」
「はぁ?誰がテメーの妹だ、わけわかんねえこと言ってるとシバき倒すぞ」

王は凄んでみせる美貴の肩を分かってると言わんばかりに叩いてみせた。

「ワシに対するお前のこれまでの無礼な言動。 偉大なる兄に対する反発と思えばすべて納得いグッ」

それまで鷹揚に話していた闇の王がいきなり口ごもった。
美貴の拳の強烈列な一撃が闇の王の左胸に炸裂した上に、中指の第二関節をグリグリと心の臓の辺りに捻じ込んでいる。
最初はどうにか耐えていた闇の王だったが、無表情で心臓に圧迫を加える美貴の顔を見て悟った。

―― こ、こいつマジで殺る気か

命の危険を感じた王は屈服の意志を伝えるために美貴の腕を軽く叩いた。
わずかに力は緩められたものの、相変わらず王の心の臓に中指第二関節が錐のように捩じこまれてくる。

「誰がお前の妹だ。 ふざけたことぬかしてんじゃねーぞ」

不機嫌がそうさせたのか、眼球の白い部分が広がって三白眼のようになっている。
目だけで今の美貴を判断するなら、人間の一人や二人は余裕で殺めている、そういう狂犬の目だ。

「だ、だってだな」

胸への圧力が少し弱まったことで口をきけるようになった闇の王は、例のスレで先日完結した予告編シリーズの設定を伝えた。

「何、他人様の設定にただ乗りしようとしてるんだ、テメー」

いや、もともと作品の間の壁を越えて雑談を始めたのはお前じゃないかという正論が通じるような相手ではない。

「悪かった」
「それだけか」
「少し調子に乗ってたよ。 悪かった」
「はぁ? それが人に謝る態度」
「この度は私めの配慮に欠けた発言であなた様及び、例のスレの皆様方を不快にさせて申し訳ありませんでした!」

勢い任せの謝罪が美貴の心に届いたのか、よしと呟くと闇の王の胸への圧迫は消えた。
但し、今度つまらねえことを言えばぶっ殺すぞという言葉が付け加えられてだが。

「はいはい、話を続けますよ」

ドクターマルシェはあくまでも事態の収拾に努めるようだ。

「ダークネス様はご自分が創り出すダークマターには能力者殺しの効果があると仰られている。 しかし美貴ちゃんはさんざんダークマターと接触した私たちに何の異変も生じないことからダークマターはただの白くてドロドロした物体に過ぎないと思ってる」
「だけどお前がアタシの言ってることを否定したんだよな。 かつての自分は道重さゆみ同様の治癒能力者だったけど、ダークネス入りしたことで癒しの光は失ったと」
「その通り。 今の私には異能の発現は見られない。 それはまあ他の作者さんの作品ではそうじゃないかもしれないけど、今この話のなかにおける紺野あさ美は異能力者ではないんだ」

だがよっ。

美貴は吠えた。
そんなことを認めれば、ようやく終わりの見えた話がまた続いてしまう。
いや、これが「RとR」のような手に汗握る作品だったらいくら長くなっても構わないさ。
というかその作品世界の中に存在できることを誇りにさえ思おう。

しかし、自分が今登場している話は論外だ。
それも白くてドロドロした液体を妙齢の女の顔にぶっかけて喜んでるサイテーの話だ。
コメディを志向しているくせに中途半端に設定にこだわったせいで笑いも不発に終わってる。
その不発ぶりたるやボストンレッドソックスとの来季の契約が絶望的な松坂大輔をすらはるかに上回る。
というかこの場合、下回るというべきなのか。
更に付け加えるなら仮面ライダーイクタSSスレに浮気してたりで、話の投下間隔がとんでもなく開いてしまった。
どんな内容だったか覚えている人間がいるかさえおぼつかないこんな話はとっとと強制終了させてしまうのがスレのためだろう。

っていうか、アタシって「RとR」シリーズに出てたっけ。
名前ぐらいは登場してたかしれないけどそれすら覚えてないぐらい印象が薄い。

「ねえねえ「RとR」の人~」

どこへともなく美貴は媚を売る。
自分に利益の無い者は平気で無視するが、利をもたらす可能性のある者には平気で鼻を鳴らし、腰を振り、媚を売る。
それも大安売り大バーゲン特価セールだ。 要らないと言われても無理やりポケットにねじ込む。
藤本美貴とはそういう女だ。


ねえねえ「RとRの人」~。
アンタのことだから今もどっかで最終章を書いているよね。
大風呂敷を広げたまま、諦めるなんてことアンタに限ってないよね。
だったらリゾナンターとダークネスの最終決戦にアタシも参戦してるよね。
べ、べ、べ、別に勝とうとなんか思ってないんだから。
カ、カッコ良く描いてくれとも思ってもないからね。
たとえ無様にやられたっていいからさ、アンタの筆で描かれてみたいの。
アンタの筆って言ったって変な意味じゃないからね。
アンタがアタシのことをどう表現するか見てみたいだけなんだから。
屍を野に晒すことになったって、読者の心に残る最期を迎えられたらそれで本望なの。
だから、お願い。ねっ、ねっ、ねっ。

「おい、大丈夫なのか。 いきなり独り言を言い出していったい」

闇の王は、いきなり虚空に向かって呟きだした美貴のことを気遣わしそうに見つめている。

「だがよっ!!」
「えぇっ、ガン無視なの。ワシの優しい心遣い完全スルーなの?」
「今も現役の魔女であるアタシがなんともないっていうのはどう説明するんだい。 天才科学者さんよぉ」

なんともないっていうのは事実とは異なる。
白くドロドロしたアレをぶっかけられた時は、正直心が折れかかったりもした。おちこんだりもしたけど、アタシはげんきです。
だが命に別状があるってわけじゃなかった。
闇の王が顕現させたダークマターとやらが最強最悪の能力者殺しだという仮説は破綻しているのだ。
確信を持って言い放つ美貴の目をまっすぐに見つめながら、マルシェは答えた。

「その点についてもある程度の説明はつくよ。 100%ってわけじゃないけどね」
「何だとゴルァ」

能力者とそうであらざる者の線引き。
そして能力者のレベルの高低の判定はデジタルとアナログの混合作業だ。
能力を発動した際の脳波の計測数値と、能力によってもたらせれた結果もしくは被害。
数値と事象の有無によってしかるべき人間が判定する。
ダークマターの実験台となって倒れた「俺」はレベル1未満。
より深刻な状態に陥った「髭」はレベル3という数字はそうした作業によって弾き出されたものだ。

「ダークネスで二つ名を名乗る幹部級のレベルは本来なら7ってところなんだけど、美貴ちゃんの場合は少し特殊なんだよね」
「何が特殊なんだよ」

問い詰める美貴を笑っていなしながら、マルシェは説明を続ける。

「藤本美貴という素体のレベルは「俺」さん以下。 極めてゼロに近いいわば無能力者だってこと」

m9(ネπス)<「プギャー 無能、無能」

「誰が無能じゃ、ゴルァァァ」

闇の王は美貴の剣幕に怯えることなく、揶揄するように指をさしてくる。

「あの今私が話しているのはあくまで「異能」という領域に関してですので」 

天才科学者は話を続ける。

「藤本美貴は無能力者でありながら、異能を顕現する魔女でもある。 相反する二つの事象を結びつけるのが魔術というブラックボックスなんだよね」

マルシェによれば、異能とは先天的に人間に備わった特別な資質であるという。
つまり能力者は神によって与えられた異能を持つ者というわけだ。
能力者の対極に存在するのが無能力者だ。
彼らは異能を持たざる者である。
持たざる者が持つ者から奪う手段が魔術という術式であると説明しながらマルシェは付け加えた。

「神という言葉に抵抗を覚えるなら、自然の摂理や万物の法則と言い換えてもいい」
「いまいちわかんねえんだけども」

ああそうかと思案しながら言葉を選んでいるマルシェを見ながら美貴は思う。

…アタシが無能だって。ふざけんなよ。

「無能力者である美貴ちゃんはチカラを求めて魔術に手を染めた。 そんな人間は有史以来数え切れないぐらいいただろうけど実際に魔女として覚醒した人間はほんのひと握りに過ぎない」

墓場の土を掘り返す。 蜥蜴や毒蜘蛛を集める。 獣の生き血を煮詰める。 
陰陰滅滅とするような儀式の数々。
まともな人間だったら二度としない、というよりも一度完遂することすら困難な魔術の儀式を何百回、あるいは千に届く回数行うだけの暗い情熱こそが魔女の資質。

「わかりやすく言えば持たざる者が持てる者に抱く嫉妬や憎悪といった本来はネガティブとされる感情が魔女には必要であり、美貴ちゃんにはそれがあった」
「えっと、アタシ今とてつもなく貶されたような気がするんですけど」

まあまあと宥めながら結論へと急ぐ。

「美貴ちゃんにとって魔術の儀式とは魔女という能力者になるためのブースター。 そして喪服のような漆黒のドレスはブースターキットであり、錬成した魔力をチャージしておくバッテリーのようなものなんだ、つまり…」
「つまり?」
「あの黒いドレスは決して勘違いした痛い女のコスプレなんかじゃないってこと」

痛い女言うな、コスプレとか言うな。
科学者の言説には感心させられる部分もあるが、納得できない部分も残っている。

「だけどアタシ別に…」
「そういったメカニズムを美貴ちゃんは完全に自覚してないんだろうね。 むしろその方がいいんだ」

ある種の思い込み、自己暗示、自分への確信ってやつが超常現象をカタチにする魔女には必要らしい。
マルシェの言っていることが正しいなら、こういう流れになる。

今日の藤本美貴は自分を魔女たらしめるために必要な漆黒のドレスを今日は着ていない、当たり前だ。
あんな仰々しい装束を平日の昼日中から身につけていたらかわいそうな人を見る目で街の人間に見られるだけだ。
しかし着用していなかったおかげでダークマターの能力者殺しの効果が発動しなかった…ということなのか?

「でも…」

悔しそうに科学者は言った。

「美貴ちゃんが二つ名持ちの中で特異な存在であるということは間違いないし、その特異な部分がダークマターの反応を妨げたかもしれないんだけども…」
「ここにきてえらく歯切れが悪くなったじゃんか」
「うん。 魔力を練りこんだドレスを身につけていない美貴ちゃんは魔女ではない無能力者であることは間違いないんだけど美貴ちゃんってさあ…」
「アタシがなんだって」
「方々で嫌われてるじゃん。っていうか顰蹙を買っているっていうか、たくさんの人に憎まれているっていうか、恨まれてるっていうか」

とんでもないことを言い出した科学者に食ってかかろうとする美貴だったが、相手に悪意はなさそうだ。

「だからどこで闇討ちや騙し討ちに遭うかもしれない美貴ちゃんが手ぶらで行動するってことは無いと思うんだ」

儀式によって錬成した魔術を最大限で発動するには漆黒のドレスが必要だ。
しかし魔力を練りこんだ魔装を身につけることである程度の魔術は使用可能でもあるとマルシェは言った。

「現に普段着の美貴ちゃんが魔術を使って誰かをいたぶっているのを私は何度も見てるし」

いたぶるとかまるで自分に嗜虐的な嗜好があるみたいじゃんという美貴の抗議はあっさりスルーされた。

「だから今日も魔装の一つや二つ携帯してるだろうし、だったらダークマターの能力者殺しの効果が発動するはずなんだけどねえ…」

マルシェの前に美貴はあるものを掲げた。 本格的な魔術の術式を展開する際に、霊脈や地脈を探査するのに用いるダウジング・ベンデュラム。
吸い込まれるようなアクアマリンの振り子を揺らしながらバツが悪そうな口ぶりで科学者に告げる。

「お前の言ってた魔装ってのはこれのことだと思うんだけども…」
「ああ、これこれ。儀式の際に使ってるやつでしょう。 だったら自然と魔力がチャージされてるはずだけど?」
「使っちまった」
「えっ」
「今日、ここに来る前に使っちまった」
「ええっ。 それってまさか襲撃を受けたってこと?」
「何をーーーっ!」

美貴が敵に襲撃されたのではないかというマルシェの推測を耳にしたダークネスはとってつけたように激昂した。

「ワシの! ワシの! ワシの可愛い部下を襲うとはその罪、万死に値する。断じて許せん。 藤本、誰に襲われたんだ」

どこにいようと見つけ出してダークマターをお見舞いしてやると言いだした。
手に入れたおもちゃで遊ばずにいられない子供のようなものだろう。

「いや。 襲われて身を守るために使ったとかじゃなく…これ…な」

美貴が掲げたコンビニのビニール袋の中には、色鮮やかな氷塊が詰め込まれていた。
よく見ると全国的に人気のアイスキャンディ、○リ○リ君が十数本分固められたものだった。

「いやぁ、ラッキーだったわ。いつも売り切れてんのが今日は補充してるところに出くわしたからさっ」

有無を言わせず大人買いしたところで、会議のあることを思い出した美貴は、出席している間に溶けてしまわないよう、魔術を行使したのだ。

「流石は魔術だよな。結構グダグダ時間を喰った割には、かちんこちんだぜ」
「何つまんないことに異能を使ってるんだよ、この牝豚がぁぁぁ」

いつにない強い口調で美貴を罵倒したドクターマルシェであった。

          ◇          ◇          ◇

2012/10/19(金)

「香音ちゃん」

少女の悲痛な叫び声が閉鎖されたアトラクション内に響く。

「香音ちゃん、いったいどうして」

香音ちゃんと呼ばれた少女の腹部を一本の槍が貫いていた。
いや、槍と表現するには少しばかり太いその物体の正体は高密度状態で凍結した水だった。
氷の槍で腹部を縫い止められた香音の顔が蒼白なのは、負傷の衝撃に加えて体温を奪われているせいなのかもしれない。

「どうしてチカラを使って逃げなかったの」
「……里…保…ちゃん」

問いかけに答えようとする香音の唇に自分の指を押し当てた里保は、香音の体の冷たさに驚いた。
ふざけてまとわりついてくる時は、熱苦しいと思うことすらある香音の体の今の冷たさは、その命が危機に瀕している証だ。

「子豚ちゃんはもうお話する元気も無いようだから、お姉さんが代わりに教えてあげようか」

饒舌な口ぶりで里保に話しかけてきたのは、黒い喪服を装った女。
大人の女が求める美しさのほぼ全てを備えたその要望には冷たい笑みを湛えている。

「子豚ちゃんはテメーの言いつけ通り、戦線離脱するためにチカラを発動してたぜ」

「なら香音ちゃんのことを傷つけるれるはずはないっ!!」

鈴木香音は【物質透過】能力者だ。
そんな香音が能力を発動させれば、物理的な危害を加えられることはない筈だったと自答している。

「アタシがお前たちと同じ能力者って存在で、空気中の水分を凍結させてつくった氷の槍をお見舞いしてやったって単純な図式だったらさ」

自分の言葉が里保の心に行き渡ったかどうか確認するように間を置いた。

「カワイイ子豚ちゃんも今頃安全なレンガの家に逃げ込めてただろうに。 …アレッ」

喪服の女は首を捻っている。
童話の「三匹の子ぶた」に出てく家の中で一番安全な家は何で出来ていたのか、忘れてしまったらしい。
木、藁、粘土と呟きながら、覚束無い記憶を辿っていたが、思い出すことは諦めたようだ。

「アタシは魔女だから」

能力者の持つ異能が自然の摂理や万物の法則の延長線上にあるのならば、魔女の異能は自然の摂理という神の決めた規範を逸脱した領域にある。

「本当の魔女の異能は事象を喚起するチカラだからさっ」

魔術で熾した炎は水を燃やし、魔力で呼んだ雷は絶縁体を貫くことさえ可能だと言った魔女は軽やかに言った。

「【物質透過】を発動させた子豚ちゃんのお腹をぶっ刺すなんてチョロいもんさ」

現実にはそれほど簡単な行為ではない。
魔法で願望を実現させたいという類の妄想とは違い、現実の魔術は先人の研究成果と犠牲の上に成り立つ技術であり学識である。
異能を発現させるのも実は自然の摂理のベクトルに沿った方が容易である。
神に反逆するよりも、神を誑かす方が身の安全を図れるということだ。
自然の法則を逸脱した異能を発現させるには、それ相応の手順を踏む必要があり、それなりにコストもかかる。
喪服の魔女が鈴木香音の胴体に槍を貫通させることが出来たのも実は紙一重だったのだが、そのことを明らかにする必要はない。
むしろ、この場合不要であり、不利益を被る。

「なぜじゃ?なぜ、香音ちゃんをこんな目に遭わせる」

「なぜってそっちのなぜかよっ? アタシにしてみればテメーこそが、なぜそんな腑抜けたことを吐かしやがるか教えてみやがれってとこさ」

心底意外そうな響きの込めた問いかけを投げ返してきたその女は大仰に肩をすくめてみせた。

「アタシたち敵同士なんだぜ。 そのことがアタシがお前たちにしかけることの最大にして唯一の理由だろうがよっ!!」

糾弾するように里保を指差して、何も存在しない空間に突如として出現させた氷槍を飛ばしてきた。
傷ついた香音の傍らに膝まづいた里保は氷槍を避けようともせず、あらかじめ開栓していたペットボトルを一閃する。

「ほぉ」

黒い女が感心したように声を上げた。
鞘師に対して一直線に向かっていった氷槍が大きく軌道を逸らし、岩を模したアトラクションの構造物を貫いている。

―― ふん、大した対応力じゃん。 空中にばら蒔いた水の粒子を高速振動させて、軌道を変えやがった

自分よりも遥かに年下の能力者が、自らの異能を見事に使いこなしてみせたことへの賞賛を態度に出すような状況ではないが…

これまでに認識されている希少で特異な例を除けば、一人の能力者が持つ能力は一つに限られている。
能力者は怪物ではない。
神の気まぐれでによってある特定の領域が、他の不特定多数の人間とは異なる働きを示すようになった人間だ。
逆にいえばその特定の領域以外は、他の不特定多数の人間とさして変わらない活動しか期待できない。
そんな能力者が他の能力者と交戦する際には、自分の持つたった一つの能力をいかに応用して使いこなせるか否かが、生き残る鍵となる。
その点において、鞘師里保という能力者は戦いで生き残る可能性が高いとはいえる。

―― ただし、アタシとぶつかった時点でその可能性は極めてゼロに近づいちゃったけどね、おやっ

喪服の女、藤本美貴が目をそばだてたのは、傷ついた鈴木香音の傍に留まり続けている鞘師里保が立ち上がり、美貴を指差したからだ。
つい先刻、美貴が鞘師にそうしたように。

「確かに、わしらとお前たちは敵同士じゃ。 戦うことに理由なんて要らないかもしれんが、香音ちゃんは…香音ちゃんは戦う人間じゃない」

里保は【物質透過】という戦闘に直結しない能力を持つに過ぎない鈴木香音を傷つけたことを非難しているのだ。
美貴はそんな里保の悲憤を一笑した。

「お嬢ちゃん、寝言は寝てから言えよ。 あ、もしかしてお子ちゃまはいつもだったらもう寝てるん時間?」

悪いことをしたと謝ってみせる美貴の物腰には殊勝さの欠片もない。

「確かにそいつの能力は直接アタシをどうこうできるもんじゃねえかもしれねえけど、お前をサポートすることはできるだろうが」

「それはっ」

「それに非戦闘要員を殺ったっていう点じゃお前も大きな口を叩けたもんじゃねえだろうが」

意味ありげに笑った美貴がアトラクションの一角を指し示すとそこには研究用の白衣を朱に染めた女が一人倒れていた。

「お前なら一瞬で察したはずだぜ。 アイツが戦う人間じゃねえってことは」

研究者の身体がピクっと動いた。
生きてはいるようだが、その息は弱々しい。

「昔はお前らの元リーダーと同じ部隊で戦ってたこともあるが、今のアイツは戦いの最前線を退いたただの研究者だぜ」

鞘師の脳裏に先刻の光景が浮かぶ。
記憶していた構造から姿を変えたアミューズメントパークからの脱出を試みていた自分と香音に接触してきた白衣の女。

「やあ。 ちょっと驚かせちゃったかもしれないけど、君たちに危害は加えないことは保証するから安心してよ。 今日はさっ、ヒィィ」

戦いの最前線を退いたとはいえ、まったくの素人ではない科学者が対応できないほどの鮮やかさで倒されていた。
その右腕は曲がってはいけない方に捻じ曲がり、地面に投げ出された顔からは出血している気配がある。
殆ど一つの挙動で自分を無力化したその鮮やかさに科学者が覚えた感動は、体内を走る激痛のシグナルさえ上回った。

「いやっこんなこと言っても信じてくれないかもしれないけど、今日は本当に君たちと話を…」

科学者の言葉が止まったのは、自分を見下ろす鞘師の視線の冷たさに気づいたからだ。
いやっ、冷たいというのは正確ではない。
その視線を発している瞳には何の感情も宿っていない。
安全なはずのアトラクションが牙を向いた状況への戸惑いもなく。
自分たちを特異な状況下に誘い込んだ原因と思われる科学者への不穏な感情すら感じられない。
ただ科学者を制圧する対象として捉え、制圧下から逃れようとする挙動を示せば容赦なく苛虐を加えてくるだろう。
瞳が人の心を映す鏡だというなら、鞘師の瞳は瞳とはいえない。

―― この子には心がない!

「のう科学者さんよ。 教えてくれんか。  兵隊の数は? 二つ名持ちの能力者は出張ってきちょるんか?」

自分がとんでもない存在に捕らわれたことを悟った科学者は心を決めた。
結界を張り撹乱に打って出て、鞘師里保と鈴木香音を他のリゾナンターから引き離すことに手助けをしてくれた魔女を鞘師に逢わせるべきではないと。

―― 美貴ちゃんとこの鞘師って子を併せたらとんでもないことが起きる。

「あはは。今日はご機嫌斜めみたいだから私の目的は諦めることにするよ。また今度…」

「言わんつもりなら…頭数を減らす」

殺意とは異なるきな臭く、鉄の香り漂う気配が科学者を包んだ。
自分たちに敵対する者の頭数を減らすという目的の為だけに自分は殺される。
いやっ、不要になった物のように無造作に処理される。

諦念に染まった科学者の耳に少女の声が飛び込んできた。

「里保ちゃん!!」

鈴木香音は叫んでいた。
常になく大きな声で。

「里保ちゃん。 そんな人放っておいて早く逃げようよ。 こっちの道はどこかと通じてそうだよ」

科学者は自分の胸を踏みつけにしていた里保の脚から加えられていた圧力が若干弱まったことを察知した。

―― ええと里保ちゃんの身長から推定した体重と足のサイズから推測するに今私の体に加えられている圧力は1c㎡あたりで…

「お前、命拾いしたな。 じゃが、もし刃向かってきたらその時は…」

科学者の目が里保の履いていたスニーカーの底を捉えた。
その探究心ゆえに、靴底に刻まれているメーカー名やサイズを読み取ろうとした科学者の意図は叶わなかった。
無造作かつ的確に振るわれた里保の震脚を顔面に受けた科学者は昏倒してしまった。
そして…今。



「くくっ。 たとえ敵とはいっても腕一つも振り上げてない奴の、それも女の顔をああも見事に踏み砕くかねえ、フツーさあ」

藤本美貴は愉快げに笑いながら、鞘師里保の非情さを指摘する。

「フツー、少しはためらうもんだぜ。 なのにテメーときたら見事にすがんと」
「無駄口はそれぐらいにせんか。 今は時間が惜しい」

ようやく立ち上がった里保はそれでも香音の傍からは離れずに美貴と対峙している。

「いいぜ、その目だよ、その目。 今のオマエは実にいい目をしてる。 まるで鬼みたい、っていうかそうだそういう目をしたやつをこう呼ぶんだぜ」

そういって美貴は五音からなる単語を一文字ずつ発した。
ひ・と・で・な・しの五文字を。

「ひとでなしでもかまわん。 お前を倒して香音ちゃんを助けるためなら鬼にでも人でなしでもなんにでもなる」
「それは違うぜ。 オマエよりちょっとばかし長生きしてきた美人のお姉さんが教えてやるよ」

嘯く美貴を里保は睨みつける。

「なるとか変わるとかじゃなく、オマエは最初からひとでなしなんだよ。仲間ってやつの存在がそれを隠してただけだ。 そしてだいじなことは…ひとでなしには人は救えねえ」

急速に伸びてくる冷気を躱そうともせず、里保はチカラを手繰った。
全ての思いを込めた一撃を繰り出して終わりにする。

「このぉぉぉぉぉぉ!!」



「このぉぉぉぉ、牝豚がぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ヒィィィィィ!!」

紛うことなきダークネス本部の一室で、藤本美貴は強制豚顔の刑に処せられていた。
美貴の鼻の穴に指を突っ込んでいる刑の執行人は、ドクターマルシェこと紺野あさ美その人である。

「この牝豚は。 スレが落ちたどさくさ紛れに何、シリアス路線に移行しようとしてるのさ」
「いいじゃねえかよ。 どうせ人もいねえことなんだし、誰も気づかねえってって、こんちゃん、ちょっと力緩めて。 美貴の鼻の穴とんでもないことになってるから」
「ふん、とんでもないのはお前の腹黒さだよ。 シリアス路線への移行はまだいいとしても私の扱いがあんまりといえばあんまりじゃない」
「といいますと?」
「シリアス路線じゃ、私血まみれの瀕死状態じゃない。 おまけに鞘師ちゃんに何気に顔を踏み砕かれてるし」

たとえ仮定とはいえ、女の命を散々な目に合わされたことへの怒りを美貴の鼻の穴にぶつける。

「イテテ。 でもお前だってそっちの方がまだマシだろう。 こんな白くてドロドロしたやつまみれよりかは血まみれの方が絵になるというか」
「じゃあ今から美貴ちゃんの顔を鼻血で真っ赤に染めてあげるからね」
「ヤメて、ヤメて」

必死の体でマルシェの腕をタップして恭順の意を示したことで豚顔の刑は一時執行を猶予されたが…。

「人を踏みつけにして自分だけ良い思いをしようなんて、腹黒い女」

美貴への不信感を美貴自身に伝わる大きさの声であからさまに呟いている。

「とにかく、もううんざりなんだよ。 こんな白くてドロドロしたやつまみれの状態からは一刻でも早く脱出したいんだよぅ」
「逃げちゃダメだよ、美貴ちゃん。 いくら現実がつらくて惨めでも逃げちゃだめだよ」

マルシェの心からの忠告も美貴の心には届かなかったようで…。

「このあと氷対水。 魔術対能力。狂犬対水軍流の鬼というバトルが展開して、二転三転してさ~。 あっ、最後はお前も見せ場があるかヒィィ」

豚顔の刑の執行が再開され、執行人マルシェによって鼻の穴に指を突っ込まれた美貴の顔が惨めに歪む。

「いやぁぁぁ」

美貴は鼻の穴を引っ張りあげようとする力のベクトルに従うことで顔の変形を少しでも抑えようとした。
従って顔全体が上方を見上げるようになった美貴の目に映ったものは…。





1 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2012/10/17(水) 10:54:38.96 0
川'v'从<白くドロドロしたアレをぶっかけられた時は、正直心が折れかかったりもした。
        おちこんだりもしたけど、アタシはげんきです。

「リゾナントブルーAnother Versからストーリーを想像するスレ 第73話」 『闇に(つДT)』 より


「いやぁぁぁ、こんなテンプレいやあ。 しかも一時的は二つ同時に存在してたなんて、そんな恥辱、美貴耐えられない」
「スレ主さんの思いがわからないの。 絶対に落とさないからね。 万が一規制に遭った時は批判要望板の代行レス依頼スレに書き込んででも保全してもらうからね」
「落としてよ。 こんなスレ落としてよ。 知らないでスレを開いた人にそんな女だって美貴思われちゃう」
「何、かわいこぶってんだか。 万が一完走できなかった場合は、テンプレをそのまま流用して次スレを立ててもらうからね」
「いやぁぁぁぁぁぁ」

メタも極まれりという言い争いを続ける二人におずおずと声をかけたのは、この話の主役?の筈なのに影が薄かったダークネスその人だった。

「あの~、ひとつ訊きたいことがあるんだが」

状況にはいまいちそぐわないが、だからこそ自体の打開策に繋がると考えた美貴は、闇の王の問いかけに食いついた。
ドクターマルシェも不承不承、追求の手を緩めた。

「何が知りたいんだ、おっさん言ってみろ。 なんだってこたえてやるぞ」
「あのさ、さっきのシリアス路線の話なんだけど、そっちではワシはどういう役回りなんだろうかなんて少し気になったりして」

照れくさそうに話すダークネスから視線を逸らした美貴とマルシェは顔を見合わせた。

「おっさん、使えねー」





2012/12/10(月)

「大陸からのお客人。 仔細はそういうことだ」

南方特有の樹木が茂る林を背に対峙する男たち。

「有史以来の貴重な動植物が現存するこの島には人の出入りを制限する。 それがわがダークネスと銭家との間に結ばれた盟約だ」

男たちの内訳は薄汚れた作業服を着たろ六七名の男と黒衣をまとった一人の男。

「島を守るために張った結界破り。そして罪なき動物を傷つけたそちら側の行為には目を瞑ろう」

黒衣の男は見たこともないような鳥を抱いている。
その美しい羽を何本もの釘が貫いている。
不思議なのは作業着を着た男たちの誰もが釘を飛ばすような武器の類を手にしていないことだ。
一人だけ小ぎれいな作業着を着た男の手にはタブレット型の情報端末。
その画面には地図らしき図形と経度や緯度を示す数字が表示されている。

「ここは一つ事を荒立てることなく、帰っていただくわけにはいかないか」
「帰れだと。ふざけるな」

男たちのリーダーは情報端末を手にした男らしい。
その男が黒衣の男を嘲った。

「お前こそ出て行け。 この島はたった今から我が国の領土だ。 本来なら不法入国で拘束するところだが、今のうちなら見逃してやる」

部下の男たちもその嘲りに同調する。
さっさと尻尾を巻いて出て行きやがれ。
ただし手ぶらでだ。
この島の生きとし生けるものすべて、そして資源のすべての所有権は俺たちの国にある。

カタコトの日本語や男たちの母国語を黙って聞いていた男はゆっくりと傷だらけの鳥を足元に降ろした。

「しかし銭家、いや刃千吏との盟約が…」
「黙れ。 我が国の指導体制は変わったのだ。 銭家が裏世界の組織との交渉全てを取り仕切っていた時代は終わりを告げた」
「盟約を破る気か?」
「くどい、さっさと失せろ。 さもなくば我ら赤狗の能力者の餌食になるだけだぞ」

黒衣の男は深くため息を吐いた。
そして右手に付けていた漆黒の革手袋をゆっくりと外していく。

「止むを得ぬ。 言葉で語れぬ相手なら拳で語ろうではないか。 奔れ!黒龍(ダーカー・ザン・ダーク)!!」

男の掌から闇より暗い闇が放出された。
まるで龍のような形状をした闇が迫っていくが、男達に焦りは見られない。
一人の男が歩み出た。
中国大陸きっての風力操作者(エアロ・マスター)であるその男がチカラを発動させると風の結界を張り、黒衣の男の放った黒龍を防ごうとした。

「何、効かない。 風を突破して…」

漆黒の龍の顎が風力操作者の視界に入った最後のものだった。
赤狗の能力者達。
鳥に釘を打ち込んだ磁力操作者や島に張られた結界を破ったアンチサイキッカー。
各々の男が持てるチカラを発動して黒龍を撃退しようとしたが、それは無駄な努力だった。

冷たい。
体が凍えるように冷たいのに、燃えている。
この炎は何だ。

黒龍の効果で生命のチカラを内側から燃やされ、気温との温度差が生じたことで彼らは凍えるように感じた。
しかし実態は燃えている。
闇のような黒い炎に包まれた赤狗の能力者はやがて燃え尽きた。
後に残ったものは一塊の黒い煤ばかり。
やがて波が能力者の残骸を攫っていくと島は静かになった。
再び黒手袋を着けた男は傷ついた鳥を抱き上げると、空を仰ぐ。

もしも、伝説の巨人の俯瞰でこの星を見たならば、国境線などどこにも存在しないだろうに、なぜ人は争うのだ。
なぜ、世界は一つになれないのだ。 なぜ世界に真の平和は訪れないのだ。なぜ、なぜ。

「そうか、そういうことか。 やはりこの私が世界を征服しなければならないのだな。 闇の王と呼ばれた私が世界を大いなる闇で包んで一つにしなければならないのだな」

誓を新たにした闇の王は今は亡き友に語りかける。

「なあ、キルヒアイス。 私はいつ世界を手に入れることができぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃる」

後頭部にドロップキックを見舞われた闇の王は前のめりにつんのめった。
その原因となった飛び蹴りの放ち手は勿論、氷の魔女ミティこと藤本美貴その人だった。
そして物語の舞台は南海の孤島からリゾナントのある町の駅前商店街の一角にある雑居ビル内のダークネス会議室に戻る。

「そんなヤツはいないだろうけどもしかして期待させちまったらワリーな。 これ『闇に(つДT)』 の続きだから」

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ダークネス根拠の会議室では藤本美貴が闇の王の胸ぐらを掴んで責め立てている。

「謝れ、直ちに謝れ。
いろんな者に謝れ。
誠意を込めて謝れ。
田中芳樹に謝れ。
ラインハルト・フォン・ローエングラムに謝れ。
銀英伝の読者に謝れ。
銀英伝の二次創作に手を染めている奴にも謝れ。
頭を下げるなんてケチくさい謝り方じゃなく、思いっきり頭を床に叩きつけてそのまま死んでしまえ」

「ちょちょ、何その言われよう。 つうかワシそんなに悪いことをした」
「何、逃げてるんだよ。 何、現実逃避してんだよ」
「いや、それを言うならお前だって」
「それに何あの主人公補正。 能力までさりげなく偽装しやがって」
「よくよく考えたら、ワシがこの話の主人公なんだから多少の補正があっても許容範囲だろうが」
「奔れ、黒龍www。 黒龍ってwww」
「ねえ何そのやたらとバカにした関西弁。 いくらなんでもちょっとヒドすぎはしないかい。 なあ、ドクターマルシェ」

この物語のもうひとりの主要登場人物ドクターマルシェこと、紺野あさ美はダークマターに関することをまとめたものなのだろうか。
レポート用紙を見ながら、何事かつぶやいている。
それを尻目に藤本美貴の独壇場は続く。

「黒龍って書いて、ダーカー・ザン・ダークww、ダーカー・ザン・ダークってもう何それ。 ぷぷぷぷ厨二病丸出しですやんwwwwwwwwwww」
「待てってば、やたらと草を生やすのは待てってば。 どんどん安っぽくなるではないか」
「いやもうオマエが出てきた時点で底値を更新しようもないほど安っぽくなってるぞ、おら」
「いいだろう。 厨二病のどこがいけない。 いいか、男は一度は厨二病にかかるものだ」
「本当の男ってのは厨二病を克服するもんだけどな」

不治の厨二病患者の肩がガクッと落ちた。

「だがな、お前さっきワシの黒龍を現実逃避だとか言ってくれたけど、お前だって同じことをしたんだぞ。 覚えているか」
「何いい加減なこと言ってんだ」
「いい加減なことではない。 ちゃんとログが残っておる。これを見よ」


そうそれは忘れもしない2012年10月19日のことだ。

 >「なるとか変わるとかじゃなく、オマエは最初からひとでなしなんだよ。仲間ってやつの存在がそれを隠してただけだ。 そしてだいじなことは…ひとでなしには人は救えねえ」

 >急速に伸びてくる冷気を躱そうともせず、里保はチカラを手繰った。

 >全ての思いを込めた一撃を繰り出して終わりにする。

 >「このぉぉぉぉぉぉ!!」


「何このシリアル展開。 お前だって現実から目を逸らそうとしただろうが」
「お前ごときがアタシとタメを張ろうっていうのかい」
「いや、それセリフが逆。 何その上から目線は。こっちの方が立場は上なんだからね」
「何様のつもりだ、テメー」
「だから逆だって言ってるのに。 わしはダークネス、闇の王と…」
「晒すぞ」
「何?」
「クソ生意気にアタシに口答えするんなら晒すぞって言ってんだよ」
「だから何を晒すんだって言ってんだよ」
「テメーの私用のノートパソコンで密林にアクセスして、テメーがチェックした商品の履歴を一切合切晒してやるって言ってんだよ」

密林。
言わずと知れた世界最大のネット通販サイト。
法に触れない限り大抵の物が手に入るそのサイトにログインすると、過去にチェックした商品の履歴をおすすめされるサービスがある。
おのれの嗜好を断りもなく明らかにされるそのサービスを使って、闇の王ダークネスの嗜好を晒してしまうと藤本美貴は凄んでいるのである。
しかしそこはダークネス。
闇の王と呼ばれた男だ。

「悪かった」
「はぁ?」
「いや、ほんとマジ悪かった」
「おい、何そんな素直に謝るんだ。えっまさかのクリティカルヒット」
「いやぁ、ちょっと調子こいたかなって反省した。だから許してほしい」
「テメー、何チェックしてんだ」
「いやー、教師も走るから師走とはよく言ったものですが、最近の先生方は本当にやることいっぱいで年中師走のようなもので。お~い、熊さん」
「何、ベタな落語の前フリやってごまかそうとしてるんだ、オイ。 何買ったんだ。 何チェックしたんだ。 密林だぞ密林。 ヤバイ物なんて何も扱ってないだろう、密林は」
「誤解して欲しくはないのだが…」

闇の王は上目遣いで藤本美貴を見た。

「いいか、くれぐれも誤解して欲しくはないのだが、ワシは基本、密林で買うものといえばパソコン家電とか書籍がメーンだ」
「エロDVDを通販で買うとよくパソコン部品って名目で送ってくるっていうけどな」
「違う。 そんなんじゃない。密林はそんな姑息な偽装はしない」
「それを知ってるってことはやっぱ密林でエロDVDを買ったってことじゃねえか」
「話を混ぜ返すなっちゅーねん。 とにかくワシが言いたいのは基本、密林ではそんないかがわしいものをそう頻繁にクリックしたりはしないってことだ。そこだけはくれぐれもわかってくれ」

そう言いながら闇の王がドクターマルシェの方をチラッと見やったのを目ざとく見つけた藤本美貴はげんなりした。
結局、コイツはマルシェマルシェだな、オイ。

「本とかは買うよな。 小説、コミックは勿論だが、書店で金を出して買うのはちょっとためらうような高額で教養本でもつい買ってしまうのが密林のエラいところだなあ」
「何、その実は自分は高尚ですみたいなアピール、みっともねえ。 お前アレだろ。 エロDVDをレンタルするときにダミーで海外ドラマのDVDも借りる口だろうが」
「はっはっはっ。 ワシも闇の王と呼ばれた男。 エロを借りるときはエロオンリー。それも女性従業員のカウンターに山積みして赤面させてくれるわ。 ともかく最近買って面白いと思ったのは「気象を変えたいと思った人間の話」って本でな。面白いそ、読んでみないか藤本」
「だから、いらねえーって。 お前何急におしゃべりになって話をごまかそうとしてんだ」
「それにしてもパソコンとか携帯電話の電源アダプタってメーカーで買うとなんであんなに高いんだろうな。 暴利を貪るとはまさにあのことだわ」
「だから雑談してんじゃねえぞ、コラ」
「コメも買うぞ。 いやあネットで買うと便利だな。 それは米屋に注文したら届けてはくれるんだが、5キロひと袋とかだとなんか悪い気がしてな」
「大の男なら5キロなんか10日でなくなるだろうが」
「それがもつんだなあ。5キロで一ヶ月もつんだなあ。 それは自宅警備員やってるんならさあとってももたないと思うけど一応ワシ出勤してるだろう」
「お、おう」

流石の藤本美貴も闇の王の毒気にあてられている。

「朝は時間がないからトーストとコーヒーとかのパターンも多いし、昼も外食とかコンビニの弁当とかが多いわけよ」
「いやっ、あのな。 お前の食事情とか興味ねえから」
「だから5キロありゃ1ヶ月もつわけよ。 米屋で10キロとか買うと夏場はコクゾウムシが湧くからさあ」
「だったら米櫃に虫避けの効能のある何か入れとけばいいだろうが。 唐辛子由来のヤツとか安いもんだろうが」
「ワシを馬鹿にしておるのか、藤本。 なんで目を逸らす藤本。 ワシを馬鹿にしているのか藤本」
「しっ、してねえぞ。 つーかアタシがバカにしなくてもオメーは端っからのバカじゃ…」
「ワシはダークネス。闇の王と呼ばれる男。 そのへんのところに抜かりはない。 ちゃんと用意してある。お前の言う唐辛子由来成分の防虫剤をな」
「だったら、問題解決だろうが。 お前は米屋に一度に10キロ注文すればいい。 そして米びつに虫除けを仕込んどけばバッチリだろうが」
「世の中とは思い通りにいかないものだ。なあ、藤本」
「何か酒場で部下のOLに説教してる中年オヤジっぽくなってるぞ」
「中年オヤジちゃう。 アラフォーやけど。 まあ聞け藤本。 ワシの家の米櫃というよりはハイザーなのだが炊事場に置いてある」
「それはそうだろうよ。 風呂場に置いたらコメが湿気るだろうがよっ!!」
「その通りだ。 米櫃もといハイザーがあるべき場所は炊事場だ。 リゾナンターがいるべき場所は喫茶リゾナント」
「テメー殺してやるぞ」
「そこで問題はワシの家の炊事場だが真に狭い。 どうしてなんだろうな。 人間にとってもっとも大切な食を作る場所があんなに狭いなんてなあ」
「日本の住宅事情だろうがよ」
「そうかもしれん。 それはさておきワシの家の炊事場は狭いせいでハイザーの上に置いたカゴで洗った食器の水気を切っておる」
「知らねえよ、そんなこと。 お前の家の炊事場の間取りなんかどうでもいいっちゅーの」
「そんなことを言って心を動かされたんじゃないか。 アラフォーの独身男性が狭い炊事場で苦労してるとか母性本能を刺激されたんじゃないか」
「無いね」

「もしもの話をしよう。 もしも、もしもお前がワシの家に来て手料理でも振る舞いたいというならワシは大歓迎じゃ」
「死んでもお断りだぜ」
「あっ、念のため住所を書いたメモ渡そうか」
「要らねえ。どんなことがあっても絶対受け取らねえ」
「ワハハ手を開け、藤本。 そんなに恥ずかしがらなくてもいいのにな。 よしっ後でメールしてやろう」
「速攻拒否。着信拒否な」
「そうか、もしかして藤本。 料理を用意してわしの帰りを待ちたいというのか。だったら鍵を渡すぞ」
「だからテメーさっきから何グダグダ無駄話してんだ。 少し話を戻せ。 読んでくれてる人間がいたとしたら飽き飽きしてるぞ」

調子づいていた闇の王も読んでくれている人間という絶対的存在には逆らえず、不承不承ながら藤本美貴の申し出を受け入れることにした。
黒の三角覆面の下半分から口を露出させペットボトルの水で喉を潤すと大きく息を吸った。

「大陸からのお客人。仔細はそういうことだ」
「スーパーギャラクティカミキティパーンチ!!」

藤本美貴の黄金の右足が闇の王の即頭部を刈った。

これは世界征服を企む悪の組織、ダークネスの物語。

                                       --続く--
【次回予告】

「だからアタシいつまで白いアレをぶっかけられたままでいなきゃいけないわけ」
「色々あるんだ。 大人には大人の事情ってやつがな」
「ダークネスの科学力は世界一ィィィィィィ」

二ヶ月ぶりの更新にもかかわらず遅々として進まない展開に魔女が苛立ちを見せたとき、科学者が壊れ始める。
盟友の危機を救わんと魔女が申し出た取引を闇の王が受諾したとき、物語は大きく動き始め…たらいいなあ

























最終更新:2012年12月11日 13:20