「『Vanish!』(2)繋がっていたい思い」

          *     *     *

私はお店に入っていく田中さんをこっそりと隠れてみていた。
フライパンとか野菜とかを持って入れるようなお店でないのに、田中さんは気にしないで堂々としている。
そういえば、あまり見た目はあの頃と変わっていないなぁ…

運ばれてきた料理を「ん~!おいしい!」と田中さんは満足げに食べている。
ほんとうに美味しそうに食べるなあ、昔からあんまり綺麗な食べ方をしないけどそれは今も変わらないなぁ

それに対して、一緒にいたあの女は一口食べるたびに何かをメモしている。
さっきから、田中さんに話しかけられても適当に相槌してしっかり話を聞いていない…失礼だ

あの田中さんと一緒にいるのになんであんな態度なんだ?信じられない
というよりもあの人は誰なんだ?田中さんが笑顔で話しかけるくらいの仲なのか?
      • なんだろう、この胸のもやもやする感じは・・・

あっ、食べ終えたようだ・・・気付かれないようにこっそりと後をつけよう

でも、どこに行くのかな?今度はどこか別の店に行くのかな?
あ、危ない。田中さんが後ろを振り向いた。ばれちゃいけない、ばれちゃいけない・・・
(「どうした、れいな?」「ん、誰かに後をつけられ取る気がしたと・・・気のせいやったけど」)

相変わらず田中さんは勘が鋭いようだ。変わっていなくて、うれしいな

あ、二人があの店の中に入って行った。なんてお店なんだろう?
      • 喫茶リゾナント?「CLOSED」なのに入って行った?
また日を改めてここに来てみようかな・・・何か分かるかもしれないしね、いろいろと
      • それに田中さんとしっかり話がしたいし、なによりもあの女を調べるためにも

          *     *     *

●月□日(水) PM 9:00
駅前のファミレスで新垣は夕食を光井と一緒に取っていた。
「新垣さん、すみません。こんな時間に来てもらいまして」
「ううん、別にいいけど、どうしたの?光井?私に相談したいことがあるってメールに書いてあったけど」
今日の昼、新垣は光井から相談があるので夜に合ってほしいとのメールを受け取っていた。

「考えてみれば光井とこうやって二人きりで話しするのも久々かもね…昔はよく力の使い方指南で会ってたけど」
「ほんまそうですね。でも・・・今日、新垣さんに来てほしかったんは、私が視てしまったもののことで…」
「…久しぶりだね。光井がそうやって視てしまったことを他人に相談しようとするなんて」
「愛佳も自分でコントロールできるようになったんで、そうそう心がぐらつかないと思っていました」
光井は心を落ち着かせようと水を飲んでいるがグラスを持つその手は微妙に震えている。

「何を視たの、光井?愛ちゃんじゃなくて私に言うってことは、重大な未来を視たんでしょ?
 ひょっとして、愛ちゃんに関する未来なの?」
「いえ、高橋さんのことではありません。視えたのは・・・田中さんの未来です」
「田中っちのこと?だったら、なんで愛ちゃんに言わないの?一番、れいなのそばにいるんだから…」
「一緒だからこそ言えないんです。今回だけは…
愛佳が視たのは、田中さんを突き飛ばす高橋さんと、リゾナントから涙を浮かべて出ていく田中さんでした」

意外と光井の視た未来というのが想像してほど酷いものではなく新垣は拍子抜けした。
「え?それだけのこと?光井、人を呼んどいてそれだけなの~
ただ単に喧嘩でもしたんじゃないの?確か、光井の見る夢は声が入らないんだよね?
なんだかんだで愛ちゃんもああ見えて頑固し、れいなは気がすごく強いから」
光井の説明を聞いて呑気に答える新垣に対して、光井は声を低くし話を続けた。
「もうひとつ視たんです・・・そっちがなんていうか、普通じゃなくて…田中さんでは考えられないっていうか
 いや、田中さんでなくてもありえないっていうか・・・」
「れいなには考えられないこと…光井、いったい何を視たの?」

「場所がよくわからないんですけど、どこかの暗いビルの一室の窓から外へと身を投げ出す田中さんが視えました…」


<3日目> ●月◆日(木) PM 1:30

昼間のランチタイムも終わり喫茶リゾナントにも休息の時が訪れる。
「愛ちゃん、賄い料理作って~お腹すいたと~」
「れいな、たまには自分で何か作ってみようとか思ったらどう?せめてオムライスくらい作れないと…」
そう言いつつも高橋はれいなのためにチャーハンらしきものを作るために奥のキッチンへ向かう。
「いいの、れいなは!やる時はやると!今はそのときやないと!」
れいなはカウンターで洗い終わったティーカップを布巾で磨きながら上機嫌で鼻歌を歌い始めた。

♪カランコロン   入口のベルが鳴る。

「いらっしゃいませ」
れいなが顔を上げ、普段通りにお客様を迎える。
普通なら客は自分で席に座ろうとするのだが、入ってきた人は全く動く気配がない。
聞こえなかったのかと思い、れいなは入ってきたお客に声をもう一度かけた。
「どうぞ、お好きな席にお座りください」

入ってきた客は一人の女性だった。セミロングの栗色の髪で白いコートを羽織り、大人びた風貌
目つきは少し鋭く、やんわりと口を閉じているにもかかわらずクールな雰囲気を抱かせた。
「どうされましたか?」れいながおそるおそる声をかけると、その女性が一歩近づいてきた。

「田中れいなさんですよね!私ですよ!みやびです!覚えてますか?」
その見た目とはそぐわないくらいに明るい声がその女性の口から飛び出した
みやびと名のった女性は田中さんの手をギュっと握り、嬉しさのあまり手をぶんぶんと上下に振り始めた。

「みやび?・・・ミヤ!久しぶりやん!元気にしとうと?この町におったん?今、何しとると?」
「何?れいな、誰が来たの?あ、いらっしゃいませ~」
れいなの大声を聞きキッチンから高橋が出てきた。挨拶を忘れないのは店長としての自覚があるのだろう。


「愛ちゃん、紹介すると!この子は雅ちゃん、れいなはミヤって呼んでると」
「初めまして。高橋さん、夏焼雅と申します」
「ちょ、なんであっしの名前わかるの?れいな、教えてないでしょ?」
いきなり名字を呼ばれ狼狽を隠せない高橋に雅は冷静に高橋の胸の辺りを指差した。
「エプロンに名札付いてますよ。高橋さん、天然なんですね」
そう言って雅はクスッと笑みを浮かべた

「ミヤはれーなの昔の知り合いなんよ。愛ちゃん達と出会う前のやけど」
れいなは高橋に雅をそう紹介した。
「田中さんには昔、危ないところを助けてもらったことがあって、それからの縁なんです」
「ふーん、あのれいながねえ」
「なんよ愛ちゃん、なんか不思議そうな表情しとるけど」

高橋は雅の顔をじっと見ていた。れいなが親しくしていた友人がいたという話はこれまで聞いたことがなかった。
というよりもれいなが昔の友人の話をしたことが一度もなかった。
高橋自身の過去が過去だけに自ら話さないこともあり、二人とも自然と昔の話を避けている節があったのだ

れいなは高橋に雅との出会いを簡潔に説明した。
「…というのが出会いっちゃ。その後、雅が何回かれいなにご飯の差し入れしてくれたりして仲好くなったんよ」
「田中さん、本当に家って言えるようなものに住んでいなくて食事もしっかり取ってなかったですからね!
助けてくれたお礼もしたかったですし、何よりそばにいたかったので…
田中さんがすごく格好良くて、憧れて田中さんに弟子入りしたんです。自分の身くらいは守りたいので」
バッグをテーブルの上に置き、雅はその場で一発、上段蹴りを放った

その蹴りはれいなの蹴りと比べてもキレがあり、まともにくらったら一撃で気絶するほどの鋭さであった。
「あれからも自分の技に磨きをかけているんですよ!田中さんに追い付けるように!」
「そんなれ―なが目標なんて嬉しいけど恥ずかしいと~」
高橋の目の前で褒められて照れくさそうにれいなはニシシと笑った。


「そういえば、いま、ミヤは何しとると?」
「○●高校に通ってますよ。今日は学校の建設記念日のため休みなんです」
「え?雅ちゃん、高校生なの?すっごく大人っぽいね~」
高橋は雅が大学生なのだと勝手に思っていた。というのもファッションセンスが異常に良かったからだ。
雅は笑いながら答えた。
「よく言われるんですよ~大人ぽいねとか色気があるねとか。別に気にしてないんですけどね」
「・・・羨ましいっちゃ。昔から大人っぽかったけどますます色っぽくなっとるし…」
「そんな田中さんだって、昔からずっと可愛いままじゃないですか。変わらないから一目でわかったんですよ」
「ミヤ、それ、言ったらダメなことっちゃ!色っぽいと・・・じれったいと・・・」
れいなはブスっとしたが、高橋もその横で横に現れた年下の女の子を羨望の眼差しで見ていた。

「あ、雅ちゃん、気がつかなくてごめんなさいね。今、飲み物用意するから。何にする?」
高橋が立たせっぱなしにしていたことを思い出し、メニューを雅に差し出した。
「あ、すみません、この後すぐ行かなくてはいけない場所があるんで」
「ミヤ、そうなの?せっかく来たんだからゆっくりしてほしかったのにな」
すぐ帰らなくてはならない雅をみて、れいなは少し残念そうにしている

「すみません、偶然、この辺を通ったので寄ってみただけなんです。時間あるときにまた来ますね!
 それで田中さん、連絡先を教えてくれませんか?今度、じっくりお話したいので…」
雅は持ってきたカバンから携帯を取り出した。
「あ、うん。ちょっと待ってて。今、携帯持ってくるから」
れいなは二階の通称『れいな城』に置いてある携帯電話を取りに行くために店の奥に入って行った。
「田中さんの部屋は二階か、ふ~ん」小さくつぶやいた

雅は店の中を一通り眺めながら話しかけた。
「・・・素敵なお店ですね、小物とかすごくかわいい・・・」
「ありがとう。今度は自慢の料理を食べに来てね。れいなの友達ならサービスしちゃうからね」
近くに置いてあった人形をさわっている雅を見ながら高橋が優しく声をかけた。


「ミヤ、お待たせ~赤外線の場所、どこ?あ、ここかいな」
二階から下りてきたれいなは雅と番号の交換を終えた。交換を終えた雅は机に置いたバッグを手に取った。
「それでは、田中さん、今度はしっかりお話しさせてください!高橋さん、また来ますね」
「ミヤ、なるべく近いうちにメールすると~」「雅ちゃん、待ってるからね」
高橋は雅に『喫茶リゾナント』の住所と連絡先の書かれたメモ用紙を渡した。

「それでは、また近いうちに~」
ドアが開かれ、雅はれいなに手を振りながら出ていき、入れ違いに冷たい空気が店内に入ってきた。
「・・・雅ちゃん、いい雰囲気の子だね。優しい子なんだって感じた・・・」
「ミヤはほんとうに素直でいい子っちゃ!なんたってれいなの弟子やけん!」

ただ、気になることが少し残った。
「そういえば、ミヤはここでれいなが働いているってどうやって知ったんやろ?…ま、いいっか」

そんな喫茶リゾナントから少し離れたところで振り返った彼女はこんなことを思っていた―

          *     *     *

面白いお店ね、喫茶リゾナント。店の中の構造もだいたい分かったし
しかしまさか、田中さんが働いているとは思わなかったわ
      • ふぅん、田中さん、すっかりおとなしくなっていたわ。昔のあの危険な空気が消えているし
あの、高橋とか云う女が田中さんを『拾った』みたいね。まあ、いい人っぽかったからよかった。
なんか昔よりも田中さん、痩せていたような気がしたけど、しっかり食べているのかしら?もしかして…
あ~、なんでだろう、なんかムカつく。田中さんのそばに、私以外の人がいて最高の笑みを見るなんて
      • 田中さんのいるべき場所って正しいのかしら?あそこでウエイトレスで。もう少し観察してみようかな

          *     *     *


●月◆日(木) PM 3:00

久住は近く公演される予定の舞台についてのインタビューを受けていた。
インタビュアーの置いたレコーダーが机の上で静かに取材時間を告げている。
「・・・それでは、今回の役どころを聴いた時の感想を教えてください」
「はい、今回の役は本当に芯の強い女の子だなって思います。自分をしっかり持っていて、見習わなければ・・・」
インタビューに答える久住には多少疲労の色が伺える。ちらちらと久住はレコーダーを見てしまう。

「・・・それでは、次にきらりさんはどうやって台詞を覚えますか?」
この手の質問は良くあり、久住は回答をいつも前もって決めていた。
「ん~、そうですね~きらりは~実際に動いてみて体で覚えます★
例えば、『おはよう』といってドアを開けるシーンは、実際にドアを開けて『おはよう』って言います」
「なるほど~日常に取り入れるんですね…きらりさんは台詞覚えはいいほうですか?」
久住は一瞬考え込んだ結果、首を傾けながら答えた。

「他の人がどのくらいなのかわかりませんけど、一回覚えたらなかなか忘れないので、得意かもしれません★」
「羨ましいですね~私なんて今日の朝ごはんに食べたものすら覚えていませんよ、ハッハッハ」
実際に久住は一度起きたことは忘れにくい。そのせいで間違った台詞を覚えなおすのは人一倍苦労する。
加えてリゾナンターとして電気使いの力が身に着くとその記憶力はますます向上していた。

何かの雑誌に書いてあったことを久住はなんとなく覚えている。
    ―記憶とは電気信号のつながりによりできている。
     見たり感じた『事実』は『電気』によって脳に伝わり一時的な『記憶』として覚えられる。
     何回も何回も同じ出来事を思い出すことで記憶、すなわち『思い出』は構成され保持されると。
     その電気刺激が活発になればなるほど『記憶』の形成は速くなり、確固たるものとなる。

インタビュアーが場を和ませようと話し続けているのを久住は適当に聞いていた。
「昔のことはどんどん忘れていってしまって、顔は知っていても名前が出て来ないこともしょっちゅうですよ。
 おっと、私のことはどうでもいいですかね、きらりちゃん、ごめんなさい。インタビュー続けますね」
「はい、よろしくお願いします★」


●月◆日(木) PM 1:00

「矢口さん、おじゃマルシェしますね~」
「・・・なにそれ?」
Dr.マルシェが矢口の部屋を訪れた時、矢口はカレーパンを食べていた。
「あ、カレーパンだ!パンが一つなら・・・」
「わけわけしないよ~だ!っていうかさっきの『おじゃマルシェ』って何よ?説明しなさいよ」
「まあ、そんなのはどうでもいいじゃないですか?はい、これ、ボスからの指令所です」
あくまでマイペースなマルシェの態度に多少の反感を感じつつ、渡された封筒から書類を取りだした。

「えーとなになに?『指令:以下の人物を調査せよ』?」
矢口が書類の一番上に書いてあった文章を口に出すと、マルシェが説明を始めた。
「なんか、ボス、『おもろい奴がおる』っていってましたよ!
 矢口さん、田中れいな、知ってますよね?リゾナンターの」
矢口は書類を読みながらマルシェの言葉に適当に相槌を打った。
「うん、知ってる。あの猫娘ね。で、それが何?」
「その資料にも書いてあるんですけど、調査対象のその子は『田中れいなの弟子』を自称しています。
 そして、最近まで行方不明だったんですけど、私の部下が偶然発見したんですよ!」
矢口には見えないがマルシェは胸を張って誇らしげに報告した。

「それでですね、その子なんですけど普通じゃないんじゃないかっていう噂なんです」
「普通じゃない?例えば空を飛ぶとか地面に潜れるとか巨大化するとか?キャハハ・・・」
矢口が自分で言った冗談に笑っているが、それを冗談と思えなかったマルシェは真面目に答えた。
「いえ、具体的には分からないんですが、噂では触れないでブロックを破壊したとのことです」
「あ、そ・・・しかし、冗談が分からない子だね、マルシェは」
「科学者ですから」
きっぱりと答えるマルシェの口から説明になっているのかどうか分からない回答が返ってきた。


「ところでなんで、この調査担当がおいらなの?調査って、いつも吉澤の担当だよね?」
矢口は率直に感じた疑問をマルシェにぶつけてみた
「えーと、確かですね、ボス曰く、矢口さんは能力者の力を把握することに長けているからだそうですよ。
 どういう力かわからない時に前もって、矢口さんなら前もって『阻害』できるので有利に進められるじゃないですか!
 それに相手の力を『知る』ことができるっていうじゃないですか!それって大きなアドバンテージですよ!」

矢口の能力である『阻害』
相手が能力者の場合は、その能力の発動・行使を阻害することができる。
更に矢口はその力が行使される前から、その力がどのようなものかを把握することができる

「それに~ボスも言ってましたよ~
 『矢口ならウチの期待に添える活躍してくれるやろ。ほんまに頼もしい奴や』って」
マルシェはお世辞にもうまいとはいえないモノマネをしながら言った。
しかしボスからの頼りにしているとの旨の発言は矢口のやる気に火をつけた。
「ボスが言うなら仕方がないかもね。キャハハ・・・オイラ頑張りますよ~
 おい、マルシェ、ボスに伝えといて!
 『あなたの矢口が全力で御期待に添う成果を上げてきます』と!キャハハ・・・」
キャハハ笑いをしながら矢口は封筒から写真だけを取り出し、部屋を飛び出していった。

その後ろを見送りながらマルシェは呟いた
「まあ、実際は吉澤さんが今、別の任務中で動けないかららしいですけどね・・・」
知らずが仏とはまさにこのことであろうと思いつつマルシェは呟いた。
「しかし、ボスが興味持つほどなのかなあ?この子は…価値があるなら私も会ってみたいな」
机の上には矢口が持っていかなかった調査のターゲットの名前の記された書類があった。

そこにはこう記されている。

     = 以下の人物について調査せよ =
     =   調査対象: 夏焼 雅  =
































タグ:

42話
最終更新:2010年04月06日 19:39