『リゾナンター爻(シャオ)』 51話




ポニーテールと、ゆるふわヘアの二人組。
ゆるふわのほうがマント状の白いストールを翻して後退し、ポニーテールのほうが前に出た。
二人同時で何かをするつもりではないらしいが。

こいつ、強い。
遠巻きにその様子を見ていた花音は、ダークネスの幹部を名乗った少女を素直に評する。
そのような地位の人物と相対するのは二度目だが、発される威圧感は「赤の粛清」に匹敵するほど
のように感じられた。

「まずは…ご挨拶代わりに」

言いながら、ポニーテールの「金鴉」のほうが懐から何かを取り出した。
真紅の液体が詰まった、小瓶。

その中身を一気に飲み干すや否や、
人差し指と親指をピストルのように立てて、何かを発射する。
さゆみではなく、未だパニックに囚われ出口にひしめいている群衆のほうに。

「何を!!」

悪魔の弾丸は、里保の咄嗟の反応により着弾することなく一刀両断された。

「決まってるじゃん。景気づけに、ぶっ殺すんだよ。そいつら全員」

今度は、両手で。
しかし放たれる念動弾の数は、先程の非ではない。
圧倒的な、物量。


近くに水があるならともかく、これだけの量の弾丸を全て打ち落とすのは不可能に等しい。
里保だけではなく、他のメンバーたちも放たれた念動弾を処理しようと駆け出す。
だが、間に合わない。数が多すぎる。
弾に穿たれ、苦悶にのたうち回る人で溢れかえる未来は変えられそうになかった。

「…ちっ」

しかし。
後ろで見ていた「煙鏡」が不機嫌そうな顔をし、「金鴉」は思わず舌打ちをする。
高速で突き抜けるはずの念動弾は急に速度を弱めていた。その隙に、里保の斬撃が、衣梨奈のピア
ノ線が、亜佑美の呼び出す鉄の巨人が。飛来する弾を次々に打ち落としていった。

「間に合った!!」
「里保ちゃんたち!それに、道重さんも!!」

息を切らし駆けつけた香音、春菜、さくら。
そしてその後ろに立つ、加速度操作の能力者。

「邪魔なやっちゃな。ま、構う事あらへん。のん、やりぃや」
「りょーかい!!」

引き続き「金鴉」が、他には目もくれずにか弱き非能力者たちをその的にかける。
しかし、彩花の加速度操作によって漂うシャボン玉の如く。勢いを失った念動弾は里保たちによっ
て次々と無力化されていった。


一方で、彩花の登場に、明らかに不機嫌な顔になった花音だが。

「花音ちゃん」
「な、なによ」

不意に、彩花に名前を呼ばれる花音。
あたしを連れ戻しに来たのか。一体何の権限があって。リーダーだから? 知り合ったばかりの胡
散臭い黒ゴボウと意気投合しちゃうくらい、警戒心がないくせに。
言葉はいくつも浮かべども、口にすることができない。

「あやもずっと能力使ってるの、疲れちゃうから。その人達、花音ちゃんが操って外に出して」
「はぁ!?」

ストレート過ぎる要求。
彩花らしいと言えば聞こえはいいが。

加速度操作により極度に低速化された、念動弾の雨。
これを打ち落とす手勢に、新しいスマイレージの四人が加わっていた。

「みずきちゃん、あかりも手伝うっ!」
「あかりちゃん!」
「全部打ち返してやる!!」

言いながら、大振りなスイングでホームランを量産する朱莉。
こうなると他の三人も負けていられない。芽実が分身で手分けして弾丸の処理に当たれば、香菜が
防御用の結界を張る。また、里奈は持ち前の俊敏さで大量に降ってくる念動弾を着実に打ち落とし
てゆく。


共闘。
花音が最も恐れていたことだった。
何のためにここに来たのか。自分自身が否定されているような気さえする。

花音は、追い詰められていた。
これでは、今の自分はただの聞き分けの無い裏切り者だ。
彩花の様子を窺うと、疑いのない目でまっすぐにこちらを見てくる。
そうだ。その目でいつもあたしを。
花音の意識は、過去へと繋がる裂け目へ吸い込まれていった。



「海月のようにただふわふわと浮くことしかできない」はずの彩花が突如、本来の力を発揮し始め
たのは、能力者の卵たちであるエッグから実用に叶う人間を選出しチームユニットを結成すると発
表されてからすぐのことだった。

物体の速度を自在に操り、攻防ともに優れた能力。
彩花は選抜ユニット「スマイレージ」に選ばれることとなり、さらにはリーダーまで任されること
になる。幼少の頃よりエリートとして持て囃されていた花音が、それを面白く思うはずもなく。

「…どいてよ。邪魔なんだけど」
「あやはここに座りたいから座ってるだけだし、知らなーい」

花音と彩花は、そんな些細なことですら衝突を始める。
一方的に花音が突っかかっているだけとも言えるが、それがさらに花音の勘に障った。
だからと言って、花音はユニットを抜けたいなどと思う事は一度も無かった。理不尽な任務に対し
て根は上げる事はあってもだ。

まるで、支配者の瞳のようだ。
花音は彩花の視線を、密かにそのように捉えていた。
別に特別な能力があるというわけでもない。ただ、そのまっすぐな瞳で見据えられると、何となく
反駁する気が失せて結果的には相手に折れてしまう。
リーダーとしてリーダーシップを発揮したことなど、ほとんどないくせに。それでも、あの頃から、
スマイレージが4人だった時から。
彼女は、「リーダー」だった。


花音は、彩花に対し複雑な感情を抱いていた。
普段はどことなく抜けている、天然な彼女に対して、ある種の優越感さえ抱いていたのに。
しかし、裏を返せばそれは花音のコンプレックスでもあった。

あれだけの苛烈な試練を、何度も潜り抜けさせられてきた。
それなのに、彩花の心は少しも歪むことなく、育っている。
彼女のまっすぐな視線は、そのことを如実に表す。彼女が支配しようとしているのではない。投げ
かけられたものを素直に返すことができないから、何も言えなくなってしまうのだ。

彩花は自ら引っ張ってゆくようなタイプのリーダーではない。
かと言って、周りの人間が支えてゆかねば、と思わせるタイプでもない。
ありのままに行動し、ふるまう姿。
気が付くと、紗季も、そして憂佳もついていっている。
花音にはその光景自体が、眩しかった。
彩花を筆頭に、自分も含めた四人のスマイレージ。光のように眩しい、思い出。

けれど、認めるわけにはいかない。
それが、花音に残された最後の砦なのだから。



時間にして、数秒。いや、それよりもさらに短い時間だったかもしれない。
花音は、自分の思いが4人で活動していた頃に馳せていたことを意外に思った。憂佳や紗季は弱い
から、いなくなった。ただそれだけのことだと思っていたのに。

いやそれは嘘だ。
花音は「意図的に」自分の心にそう言い聞かせていただけだ。
本当は。本当は。

「帰ろう? 新しい『スマイレージ』を作るために。ゆうかちゃんや、さきちゃんが守ってきた、
『スマイレージ』を守るために」
「……」

別に、彩花に言われたからではない。
彩花に、誰かに言われて言われた通りにやるのは、癪だし納得できない。
だからこれは。自分の意思で、やるのだ。

今日は疲れた。早く帰りたい。
贔屓目に見ても、後輩の四人はまだまだだ。鍛えれば少しはましになるかもしれないが。
そのためにも、早く帰って色々やらなければならないことがある。

花音の放つ隷属革命が、恐慌状態の群集に降り注ぐ。
閉ざされた入口に折り重なりあっていたものたちも、互いの襟首を掴みあっていたものたちも、み
な一様に虚ろな顔になり、列を作り、並び始めた。

出入口を塞いでいた鉄板は、芽実の分身の一体が破壊し突破口を広く作っていた。
ゆっくり、しかし確実に。行儀のいい団体は、少しずつ敷地から押し出されるように出てゆく


「させるかよ!!」

なおも無力な群集たちに攻撃を仕掛ける「金鴉」だが、暖簾に腕押し。
彩花の加速度操作の前には、無力だった。
そんな攻防の中、春菜と彩花の目が合う。

「彩ちゃん」
「ごめんねはるなん、この人たちを無事に施設から出さなきゃいけないから手伝えないけど」
「ううん、いいんです。それより、その人たちのこと…お願いします」
「わかった。はるなんたちなら、きっと」
「はい、大丈夫です!」

道重さんがいるから。
その言葉を春菜は敢えて、胸にしまい込む。
さゆみが来た事で戦況に光明が見えたのは確かだけれど、それを彩花の前で口にするのはかなり
恥ずかしくも情けなくもあるからだ。

花音が群集を引き連れ、それを四人の後輩たちが護衛する。
里奈の「なーんだ、全員操れるんじゃん。わけわかんね」という毒吐きなどどこ吹く風。
新しいスマイレージたちは、一つの目的に一致団結を形作った。

「みずきちゃん、あかりたち行かなきゃ」
「うん…今度は、もっとちゃんとした形で」

そして聖と朱莉も。
次こそはうれしい再会になるように、約束を交わす。
そのためには。無事にこの状況から、切り抜けなけれなならない。


一方。
先ほどから緊迫した空気をぶつけ合う、さゆみと「煙鏡」。
そこに追撃をようやく諦めた「金鴉」が合流する。

「ようやくメインディッシュの時間や。これが人気マンガなら読者さんも待ちくたびれてるで」
「…つまらない茶番ね。あんたたちの書く筋書きなんか、10週で打ち切りなの」

さゆみは「金鴉」の顔に見覚えがあった。
以前、同僚の田中れいなに「擬態」した刺客が、彼女にとてもよく似た姿形だったことを記憶し
ていたからだ。しかし。
その横で厭らしい笑みを浮かべる「煙鏡」とは、まったくの初対面。

「改めて自己紹介といこか。うちは『煙鏡』。道重、お前をここに呼び出す絵図を書いた天才策
士や。めっちゃリアルやったろ? 『お前の後輩たちが血塗れで倒れている未来』は」
「それ、どういう」

「煙鏡」は待ってましたとばかりに、大きく相好を崩す。

「偽の予知やってん。お前のお仲間の…何やったっけ。予知能力持ってたやつ。のんがそいつに
接触して、あたかも予知で未来を見たかのように記憶を刷り込んだ」
「え…」
「お前をおびき出すためのエサ、っちゅうわけや。そこのクソガキどもをこの場所に呼び寄せ
たのもな」

相方の言葉に合わせ、自らの姿を変える「金鴉」。
それを見た優樹が、

「あ!福引きのおねーさん!!」

と大きな声をあげた。


この瞬間に、リゾナンターの全員が理解する。
商店街のくじ引きが当たったと言っていた優樹。手にした「プラチナチケット」。あれも、そう
だったのか。
全ては、敵の仕組んだ罠だったのかと。

「おっと。悔やんでる暇はないで? うちらもうひとつ用事あんねん。さっさと済まさなな」
「全員、ぶっ殺してやるよ」

「金鴉」が、大きく前に出た。
先に彼女と交戦した春菜が、叫ぶ。

「気をつけてください!この人、姿と能力の、両方を擬態できます!!」

相手の危険性を察知した全員が、「金鴉」を取り囲む形になる。
亜佑美が、衣梨奈が、そして里保が前衛となり、他のメンバーが彼女たちをサポートしようと一
歩下がった時のことだ。

「待って」
「道重さんっ!?」
「まずは、さゆみがあいつらの能力を…丸裸にするから」

さゆみはそう言いながら、意識を大きく裏側へと傾けた。
つんくから貰った薬により、本来ならば意図的には交代できない「人格」が表に現れた。


「…さゆちゃんの可愛い後輩は、私の可愛い後輩。無事で帰れるとは、思わないことね」

姿は変わらずとも、伝わる。
彼女はもう「道重さゆみ」ではない。
妖しい光を湛える瞳、そして黄泉の空気を纏っているのではないかとすら思えるような雰囲気。
人体の感覚に優れた春菜などは、気に当てられ冷や汗を流していた。

さゆみの姉人格・さえみ。
その柔らかな手は、生きとし生けるものを全て、灰燼に帰す。

「のん…頼んだで」
「へっ、これが噂の滅びの導き手ってやつか。上等じゃねーか!!」

「煙鏡」に促された「金鴉」が、滅びの聖女の前に立つ。
激戦の火蓋が今、切り落とされようとしていた。





投稿日:2015/05/19(火) 16:18:52.95 0
























最終更新:2015年05月25日 11:37