■ フオルナウト -田中れいな- ■



■ フオルナウト -田中れいな- ■

社務所の奥は広い道場となっていた。
すでに暖かな外の陽気は、
静謐で厳格な、この空間とは無縁のようであった。

「慣れない方に板の間での正座は御辛いでしょう?膝を崩されても結構ですよ。」
白衣に差袴、見たところ40代。
細身だが、引き締まった全身を、その白装束が引き締める。

「…これで、ええったい…」
田中れいなは、脛に走る鈍痛を堪え、そう答える。

「そうですか。」
微笑。

「おっしゃる通り、あの方からお預かりしたものはここに…」
変らず、微笑。

「時と場所は違えど、あなたと同様、私が応対させていただきました。」
微笑。

「失礼ながらお預かりしたものの内容は全て閲覧させていただきました…特に『見るな』とは、お約束しておりませんでしたのでね。」
変らぬ、微笑。

「興味深い内容でした。
我々のテリトリーの、目と鼻の先で、このようなことが…
かといって、明らかな協定違反とも言い難い…
今頃は本部のお歴々も、頭を抱えていることでしょう…」
微笑、心なしか嬉しそうに。


「さて、本題に入りましょう…
お預かりしたものの引き渡しについてですが…」

微笑、だが徐々に、変ってゆく。
その眼の光が、変ってゆく。

田中れいなは身じろぎもしない。
そうだ、知っていて連れてきた。
彼女も知っていて、同行してきた。
あのビジョン、あの場所…であれば、これは避けられない。

組織とは異なる集団。
安芸灘、伊予灘、周防灘…備前、豊前、筑前、筑後、そして…

弱小。

世界規模に触手を伸ばす『組織』とは、あまりに規模が違いすぎる。
だが、できない。
組織といえど、彼らの存在を無視、できない。

「ほう、その顔は『全て織込済み』といったところでしょうか。
では、話は早い、我々があの方に出した条件は一つ。
すなわち…」

それは、飲めるはずのない条件。
だが、交渉は成立した、それは最も無慈悲な、それは最も非情な、
いや、それこそが、そう、それこそが、最上級の。


奪いたければ奪うがいい!
やれるものなら!やってみるがいい!
ウチの子達は!そんなに!ヤワじゃないよ!

「塵は塵に…我ら『灰』に連なる結社は、
組織との不可侵条約により、あなた方とも、
表向き、互いに存在せぬものとして、互いに知らぬものとして、
今の今まで参ったわけですが…」

白衣の男が懐から取り出す、携帯端末。
田中が尻のポケットから取り出す、携帯端末。

「120分、3名、遺恨は無し…よろしいですね?」
「ああ、ええっちゃ。」
「では、おかけください。」

それぞれの端末が戦いの火蓋となる。

「私だ、回収しろ。」
「生田!鞘師!思いっきり!ぶちかませ!」

同時に切る。

「さて、このあとは、如何なさいますか?」
「きまっとろうが。」
「…でしょうな…では、謹んで…」

田中が立ち上がる。
白衣が立ち上がる。


「あの方との交渉において『私』が選ばれたのは、当然、
その【能力】を警戒して、という側面もありました。
結局、それは杞憂にすぎませんでしたが…」
足袋を脱ぎ、差袴の裾をからげる。

「あいにくと、れーぎなんか何もしらんちゃけん…お辞儀もせんよ。」
「結構、お手柔らかに。」

身を低く沈め…


今度こそ…今度こそ!

今度こそ!


【増幅(アンプリフィケーション;amplification)】





投稿日:2015/05/02(土) 19:46:57.14 0



























最終更新:2015年05月03日 16:34