『リゾナンター爻(シャオ)』 47話




直線のみで描かれた、無機質な白い建造物。
その目と鼻の先に、天使の奪還部隊は降り立った。

「はは。りっちゃんのくせにやるやん。座標が驚くほど正確やね」

能力者たちの先頭に立つ、白スーツ。
対能力者組織の本部長の地位にあるつんくは、目の前に目標の建物があることに満面の笑みを浮
かべていた。
脇を固めるは、二人の護衛。一人は、和服姿が似合いそうな鋭利な顔をした女。そしてもう一人は、
歌のお姉さんのように優しげな表情をした女だ。そのうちの、鋭利なほうが何かに気づき、つんくに
声をかけた。

「…安心するのはまだ早そうですよ、つんくさん」
「うん?」

身を守るように、前面に躍り出る護衛・前田。
首を傾げるつんくの前に、いくつもの禍々しい気が満ち溢れた。
そしてあちこちに発生した黒い渦の中から身を捩り這い出す、禁断の獣たち。


「ちっ。『ゲート』か!」

歌のお姉さん風の女が、顔に似合わぬ荒い言葉を口にする。
能力者の介在なしに、あらゆる物体の転送を可能とする技術。しかし人間が通る場合、相当の精
神力を持ち合わせていなければ、出てくるのは精神が崩壊しきった廃人だ。

ただし、最初から壊れきっていれば話は別だ。
その意味においては「彼ら」はうってつけの人材と言えるだろう。

「何や。紺野のやつ、しっかりもてなしの準備しとったんかいな」

安全地帯からの建物突入だったはずが、一転して黒き獣たちによって取り囲まれる。
熊のような剛毛と、筋骨隆々とした肉体。そして、獰猛な肉食獣の牙。ダークネスが生み出した
戦の為に生き戦のために死ぬ哀れな獣。「戦獣」。

「俺が知ってるんより、随分えげつない姿になっとるなぁ。ま、ええ。とにかく、道…開けて」
「かしこまりました」

つんくが顎をしゃくるのを見たもう一人の護衛・石井が白き建物の門に向かって構えの姿勢を取
った。差し出した右手に握られた、鉄球。
一呼吸し一秒、二秒、三秒。徐々に石井の体を覆う黄色い光、そしてその光が構えた右手の手の
ひらに集まり。

凄まじい音を立てて、正面の門扉が破壊された。
本来であれば認証された組織関係者以外はアリ一匹通さない、強固な門。
それが石井の打ち出した拳大の鉄球により、いとも容易く風穴を開けられてしまった。


「相変わらずごっついな。自分の『電磁砲』」
「まあ、エスパーですから」
「なんやそれ。ほな、行こか」

前田と石井を引き連れ、建物の中に向かって歩き始めるつんく。
当然のことながら、それを許す戦獣たちではない。
侵入者たちを食い殺そうと、四方八方から襲い掛かった。

しかし。
その爪が引き裂く前に。その牙が突き刺す前に。
彼らの行く手は阻まれる。
5人の超人と、7人の異能によって。

かつて闇社会にその名を轟かせた存在。「スコアズビー」と「セルシウス」。
しかし、今は。
「ベリーズ」清水佐紀・嗣永桃子・夏焼雅・須藤茉麻・徳永千奈美・熊井友理奈・菅谷梨沙子。
「キュート」矢島舞美・中島早貴・岡井千聖・鈴木愛理・萩原舞。
正義の御旗の元に、悪を断つ。

「つんくさん、ここは私たちが!!」
「おう、頼んだで」

戦獣の顎を両手で押さえつけながら言う舞美に、つんくが後ろを振り返ることなく答える。
信頼の証か、それとも。いや、今はそんなことはどうでもいい。

自分達に新しい道を示してくれた恩人とも言うべき存在に、報いるだけ。


彼女たちはそれぞれが、能力者が虐げられない理想の社会を築くという目標を持ってダークネス
に仕えてきた。
そのためなら、自らの手を悪に染めることも厭わなかった。
今もその思いは変わらない。ただ一つ違うことは、闇の中に身を置かなくても夢を叶えることは
できる。
そのことを、知ったということ。

「はあああああっ!!!!」
「おぎょぼぐぎょぐげええええ」

舞美の強力な腕力によって引き裂かれた獣の上顎と下顎。
圧倒的暴力に晒された哀れな生き物が、言葉にならない断末魔をあげる。
裂きイカのように全身を破かれ飛び散る血飛沫が、戦いの幕が上がる合図となった。

つんくたちが建物内に入り込んだのを見計らったように、さらに戦獣の数が増えてゆく。
敵味方お構いなしに食い千切る獣の性質から、後方より敵の援軍がやってくる心配はないものの、
これだけの軍勢を相手にするのは普通なら絶望的状況。それでも。

「…そうこなくっちゃ」
「正直、何も障害がないなんてがっかりしてたとこなんだよね」

その巨体からは想像もつかない俊敏な動きで漆黒の魔獣の死角に飛び、巨大化した拳で横っ面を
叩く茉麻。ありえない力を加えられた頭部は、哀れぐちゃぐちゃのミンチに。
頭を失いなおも血肉を求めて彷徨う胴体。歪んだ技術のなせる、歪んだ形の生命力。

「ほんっとにしつこいね!!」
「潰してダメなら、焼いてみっか」

紫の炎が、吹き荒れる。
雅の放つ、骨さえしゃぶり尽くす業火の前に。
いかに屈強を誇る戦獣と言えど、ひとたまりもない。
黒く煤けた焼け滓を残し、跡形もなく消えてしまった。


「やるねベリーズ。うちらも負けてらんないか」
「ま、楽勝っしょ」

好敵手たちの活躍を目の当たりにし、俄然気合が入る「キュート」の面々。
舞が自らの体を鹿に変え、千聖がその背に跨る。そこから、一気に獣の群れを駆け抜けた。鹿の
角が肉を割き、光る弾丸が頭に爆ぜる。

屍が増えるペースに合わせるように、次々と送り込まれてゆく戦獣。
立ち向かう彼女たちの表情に、焦りはない。むしろ、自らの力を存分に発揮できるという喜びが
そこにはあった。

そんな戦の女神たちの活躍を、遠目で見ているものたちが。
赤と黒のツートンカラーの衣装に身を包んだ、経験浅い少女たちだ。

「どうする?うちらも行く?」

そう言って一歩踏み出す、やや猿に似た顔立ちの少女。
しかし、それを最年少らしき垂れ目の少女が制する。

「まだ駄目。だって私たちは『後輩』なんだから」
「えーっ、めんどくさい!あかり早く戦いたいー!!」

リーダーの決定を不服に感じたのか、凛とした顔立ちの少女が両手をぶんぶん上げて抗議した。
容姿と言動のギャップが何ともまた奇妙である。

「由加の言うとおりだよ…先輩さんたちが活躍してるのに、佳林たちが邪魔しちゃ…いたっ!」

駄々をこねるあかりを嗜めようと、おかっぱ頭の黒目がちな少女が発言しかけたその時。
額に、鈍い衝撃。ただでさえ泣きそうな顔が、ますます泣きそうになる。


「いたっ…何でデコピン!?」
「なんとなく」

少女にデコピンを放ったと思しき、ワイルドな顔をした少女・朋子
でも、そういうのって朋は私にしかしないよね?うれしい…
酷い仕打ちを受けたにも関わらずなぜか嬉しそうな佳林を捨て置き、リーダーである由加に訊ねた。

「でも本当にどうする?『後輩』だからって、少しは動かないと」
「待って」

由加の言葉に、全員が彼女の視線の先に目がいく。
キュートのリーダー、矢島舞美。
爽やかな笑顔。ちょっといい運動してきました、と言った感じの。健康美を売りにしているアイドル
のようにすら見えた。
ただ一点、両手が滴る黒い血によって染まってなければ。

「はー、いい運動になるなあ。ところでどうなの?最近のスマイレージは…」
「えっ?」
「あのっ!ジュ、ジュースジュースです!!」

自分たちのグループ名を間違えられたことに気付いた猿顔の少女・紗友希が、正式な名称を告げる。
ジュースジュース。警察の対能力者部隊では一番新しいグループだ。

「そっか。ジュースジュースっていうんだ。リーダーは?」
「…私です」

由加が、名乗りを上げる。
しばらく値踏みをするように見ていた。が。


「よぉし、腹筋チェックだ」
「は?」

言葉の意味を理解しかねている由加を余所に、手についた血を自分のTシャツで拭った舞美は。
由加の腹を無遠慮にぺたぺたと触り始めた。

筋肉に通じるものは、筋肉を知るという。
自らも鋼のような腹筋を持つ舞美は、相手の腹筋を探ることで何かを得ようとしていた。
ある意味、対話をするよりも手っ取り早い。

「お!意外と鍛えてるんだね。わ、硬ーい!」
「え、えっと、あの…?」
「うん、これだけ鍛錬してるなら大丈夫だね。じゃ、みんな頑張るんだよ!」

触り終えて満足したのか、そのまま爽やかな笑顔で去ってゆく舞美。
そんな様子をずっと不審な目で見ていた朋子。

「あれだけでうちらの力、見抜いたってこと?」
「まだわからない。けど、意外と早く動くことになるかも」

由加は、遠ざかる背中をじっと見ている。
困り顔の奥に潜む、冷徹な目で。





投稿日:2015/04/16(木) 12:20:26.04 0

























最終更新:2015年04月17日 00:02