『新垣里沙の手記・其の三』



「魔術」や「魔女」という言葉に触れた時、あなたはどんな印象を受けるだろうか
リゾナンターによって「能力者」の存在が確定された現在では、魔法などファンタジーの領域に属する絵空事なのかもしれない
歴史上、「魔女」と呼ばれた女性が何人もいた
科学の光の届かぬ未開の共同体を円滑に持続させるためにまじないという名の魔法を施す呪術師
己の欲望を満たす為だけに何人もの人間の命を奪った毒婦
能力者としてこの世に生を受け、その能力を恐れられたがゆえに魔と称せられた女性
リゾナンターの前に幾度となくたちはだかった藤本美貴も魔女と呼ばれ恐れられてきた
時に暗黒魔女ヘケートとして、時に氷の魔女ミティとして呼ばれた彼女の足跡もリゾナン史研究家としては非常に興味深い

美貴様美貴様お仕置きキボンヌ エリソン・P・カーメイ


これまで紹介した新垣里沙の手記の日付

2007/5/13 i914の捜索を命じられるも抵抗する
2007/5/16 結局捜索任務を引き受けざるを得なくなる
2007/5/28 任務は不調 報告の為に戻った拠点で安倍なつみと対面
2007/5/31 i914が最後に目撃された地点を重点的に捜索する方針を決定
2007/6/1  i914を発見
2007/6/5  折角見つけたi914を組織が回収しないことに苛立つ
      i914こと高橋愛からの着信が多いことにも辟易
2007/6/6  i914から開業予定の喫茶店のスタッフに加わってくれるよう頼まれる
2007/6/9  組織は当面の間i914を泳がせておく方針を決定
      里沙は継続的な監視の為の拠点づくりを命じられる
2007/6/11 喫茶店への参画を正式に拒否 その際にi914の過去を聞く
2007/6/18 i914が一時期身を寄せていた喫茶店のマスターと敬愛する安倍なつみの人物像が重なったことに激高した里沙は藤本美貴とi914をぶつけることを画策




2007/6/19
組織の中における私の地位は低い
低いというか嫌われているというか
人格そのものが否定されているというよりは能力が必要以上に警戒されているといった方がいいのか
そんな状況を不当だと考えたことはない
精神干渉
他人の心を凌辱して引っ掻き回すような力の持ち主など避けられるのが当然ってものだろう

安倍さんを除いて比較的フランクに私と接してくれるのは同系列の催眠能力を持つ吉澤さんと別格の存在感を持つ中澤さんぐらいのものだ
それ以外の幹部連に軽侮の眼差しで見られても、その人間に対して悪感情を抱くことは基本的に無い
私のことを秒殺できる実力者たちに不興を買いたくないという保身の気持ちがあるのは事実だ
だがそれ以上に向こうがどう思っていようと私は二つ名持ちの幹部連のことが好きなんだって気持ちが強いんだと思う
組織の大義の為に戦っているという点で私は同志だと思ってる
向こうは私のことを虫けらぐらいにしか思ってないかもしれないけど
逆に言えば組織より自分の利益を優先して行動している人間に対しては私は良い感情を抱いていない
たとえその相手が私に馴れ馴れしげに接触してくることがあってもだ  -----------------(注1)
藤本美貴はその最たる存在だ
あの女は常に自分の欲望を優先する
時には組織の利益に反するような行動さえ選択する
そんな自分勝手な狂犬がなぜ粛清もされず今日まで生き残ってきたのかといえば藤本が強いからに他ならない
戦闘者としての藤本故人の実力もさることながら、それ以上に評価されているのは擁している私兵の数とそれを支える資金の豊富さにある
一部の上層部には協力金という名目の賄賂を渡して籠絡しているという噂さえ耳にする
計算高い牝犬が

あの女の財力を支えているのが人狩りだ
お得意の結界とやらの中に誘い込んだ人間を私兵に狩らせて需要のあるところに売り飛ばす
頑強な男ならダイヤモンド鉱山や放射線に被曝する危険の高い現場へ
普通の体力の男なら眼球から心臓に至るまであらゆる臓器を売り捌く
そして女は…


人身売買のビジネスに私を協力させたいらしい藤本が馴れ馴れしげに話しかけて来た時、女性の獲物の末路について聞かされた時は本当に吐き気を催した
おぞましい
あの女は魔女だ
安倍さんが清廉な天使だとしたら藤本は不浄な魔女だ
だが私はそんな藤本でさえも利用してやろうと思う
あの女、i914の存在が気に食わない
あいつを監視する為に、安倍さんのいる拠点から離れて暮らさねばならないことも気に食わない
隠れ住んでいた山村から上京してきたあいつを助けた女性の人物像が安倍さんと重なることも気に食わない
だが何より私があいつを許せないのはあいつが無邪気に正義の味方を気取ろうとしていることだ
何がリゾナンターだ
ふざけるな
ピンチな時に助けを呼べば必ず駆けつけてくれる正義のヒーローなんて存在しない
あの日、安倍さんの翼が折れた時、私は自分の立場もわきまえず助けを呼んだ
だけど誰も助けてなんかくれやしなかった
駆けつけてさえくれなかった
正義のヒーローなんてこの世界には存在しない
そのことをあいつに思い知らせてやるため、藤本美貴にあいつをぶつけてやろう
ちょうど次の人狩りが迫っている
その現場の近くにあいつを呼び出して誘導してやろう
残念ながら私の能力では藤本の張った結界に侵入することは適わない
だけど瞬間移動の能力を保有するi914なら可能な筈だ
そしてi914の痕跡をトレースして私も結界の中に潜り込む
その上で二人の戦いの状況に応じて動く

理想的なのはi914が藤本によって生死の境目を彷徨うぐらいのダメージを与えられることだ
もしもi914が普通の日常生活を送れない状態になったらさすがの組織も回収せざるを得ないだろう
私の任務も終了、拠点に戻って安倍さんのお世話をしながら洗脳屋として暮らしていこう
命を落としたところで私は全然構わない
組織が長年追い求めていたi914を死なせてしまった責めを負うのは藤本だ
私は監視不備の責任を問われるかもしれないが、それだけで粛清される事態になるとは思えない
その程度の存在価値は私にもある筈だ


万が一、i914が藤本を倒したとしても私には実害は及ばない
不浄な魔女が評価を落とし、組織内での影響力を失う
ただそれだけのことだ

なんにせよ人狩りの正確な日時を探ることが先決だ
藤本の私兵のうちの何人かの情報は掴んでいる
そいつらの精神を揺さぶって、決戦の日時と場所を探り出そう


2007/6/19
少し手間取ったが人狩りの日時がわかった
場所が判明するのはもう二三日かかりそうだ
とりあえずその日のi914の予定だけは押さえておこう
どうせ友達もいないあの女はトレーニングでもしてるんだろう  
あるいは喫茶店の物件探しでもしているのか
それにしても一度に50人以上、それも少女ばかりを狩るとは藤本の奴血迷っているのか


2007/6/23
人狩りの現場が意外にあいつの仮住まいに近いのことに驚いた
好都合なのは事実だけどあまりにも都合が良過ぎて何か仕組まれている気さえする
いや藤本とi914を戦わせることを仕組んだのはこの私だ
ビビッていても始まらない
あいつを魔女の結界の中に送り込む手順を決めておこう


2007/6/25
5日後、6月30日のあいつの予定を聞いた
遊びに誘われたとでも勘違いしたのか嬉々として話すあいつの顔を見ていると少しだけ心が痛んだ
どうやらこんな私でも少しは良心の欠片が残っているらしい


2007/6/26
藤本の私兵の人員配置がある程度わかった
あの用心深い女はどうやら結界の外部にも何名か監視を置くようだ
まあ当たり前といえば当たり前だが
これで私自身があいつ i914を魔女の結界の近くまで誘導するってわけにはいかなくなったが何の問題もない
精神干渉と精神感応
私とあいつの能力は物凄く近い領域にあるし、重なっている部分もあるが決定的に異なるのは能力の方向性だ
私がラジオの放送局ならあいつはラジオの受信機のようなもの
まるで光と影の関係性みたいだ  
あいつは、私たちの出会いは偶然ではないとこの間言っていた -----------------(注2)
もしもあいつとの出会いが必然だというなら最大限に活用させてもらうことにしよう

人狩りの犠牲者を装った私の思念をあいつに伝えて魔女の結界に誘き寄せる
あいつは正義の味方を気取っている
そんなあいつは助けを求める声を辿った先に人間の侵入を拒む結界が存在したら必ず突入するだろう
後は成り行き次第だがどう転んでも私の不利益にはならないはずだ


2007/7/1
バカな
もう一人能力者が現れただと
それも共鳴増幅という超レアな能力の持ち主と来たもんだ
そんな都合のいい偶然があってたまるか
もしかして今回の件は周到に仕組まれたものなのか
だったらいったい誰がそんなことを
まずは共鳴増幅を持つ女の情報集めをしよう
いやっその前に組織に報告すべきなのか
田中れいな
こいつの存在が吉と出るか凶と出るか
それを決めるのはこの私だ

しかしあの藤本美貴があっけなく敗れたのは意外だった  ------------------(注3)
油断したのかそれとも慢心?
本人は逃げ果せたようだが戦いに敗れたことで求心力が低下したのは間違いない
田中れいなによって打ち倒された多数の兵隊は警察に検挙された
大物ぶってた藤本が組織内での発言力が削がれたことだけは喜ばしい

(注1)新垣里沙はかなり厳しい視線で藤本美貴を捉えていたが、藤本美貴はかなり親しげに話しかけていたという記述が散見される
    リゾ文書(16)048 『スパイの憂鬱7(前編)』はその最たるものである。
    その内容の突拍子の無さから資料としての信憑性を疑われることもある『スパイの憂鬱』であるが今回発掘した新垣里沙の手記によってその信憑性が高まることを願ってやまない
(注2)手記というか忘備録ということもあって自分と高橋愛の関係性を簡潔に表現している里沙であるが、『異能力-Magician's Gambit-[1]』ではより精緻な考察が為されている
(注3)田中れいなという里沙にとっては乱入者が登場したこともあって、高橋愛と藤本美貴の戦いの顛末については一切触れられていないが、(02)539 『モーニング戦隊リゾナンター 希望の少女』では詳細に記録されていることを言及しておきたい





投稿日:2015/04/14(火) 21:35:25.76 0























最終更新:2015年04月15日 00:07