『リゾナンター爻(シャオ)』 31話




しかし見れば見るほど異様な光景だ。
異能力に目覚めて以来、大抵の異様なものには慣れていたつもりの春菜だったが。

「何を驚いているんだい? 見ての通りさ! 君の盟友である生田衣梨奈は今まさに! 四つの魂
に分けられたのだよ!!」

赤を基調とした、中世フランス的な軍服に身を包んだ男装の麗人。舞うように、踊るように春菜の目
の前に一歩踏み出す。どこかで見たことがあるような所作。
巻き巻きの金髪ロングからして、ベルばらだ。いや、宝塚か。

それよりも、問題はその衣梨奈のほうだ。

「はるなん、これどういうこと?」
「お前ら、元に戻すっちゃ!!」
「あーもう面倒臭いと。どうでもよかろ」
「全員ぶっ飛ばす! えりはいつでも臨戦態勢やけん!」

同じ顔した衣梨奈が、四人。
さっきのオスカルの言葉を信じれば、文字通り「魂を分けられた」のだろうが。
恐る恐る四人の衣梨奈に近づくも、今度は別の変な奴に遮られた。


「…リリーに近づかないで」
「り、リリー?」
「あなたはリリーを不幸にする…取った!あなたのイニシアチブ!」

同じく意味がわからない。
春菜の前に立った、奇妙な白と黒のドレスを着た少女は、まるで観客に語りかけるようにそんなこと
を口にした。

「そーゆーことなんだよ。うちら福田さんにこいつを無力化しろって言われてんだよ。怪我したくな
かったら引っ込めよばーか」

今度は、特攻服を着た少女がガムをくちゃくちゃ噛みながら、顔を限界までこちらに近づけてくる。
迫り来る特大ロングのリーゼントは、存在だけで十分な威嚇である。

「説明補足させていただきますと。ワタクシ田村芽実は、『劇団田村』という能力によってですね。
自分はもとより、相手の魂も分裂させることができるんです。ちなみに、ワタクシのような熟練者
でなければ、分裂させられた人はそれぞれが好き勝手なことを言ってまるで纏まりがなくなります」
「は、はあ…」

最後に、メガネスーツの社長秘書風な少女。
それぞれが違う格好をしているが。共通点は、濃い眉、垂れ目、犬ッ鼻、特徴的な八重歯。
全員同じ顔なのに、違うキャラ。ある意味壮観ですらある。

「というわけでワタクシ達は退散させていただきます」
「ずらかるぜ!!」
「永遠の繭期なの!」
「それでは!ごきげんよう!!」

それだけ言って、すたすたと部屋を出てゆく四人の田村芽実。
奇妙。滑稽。そんな空気に押されていた春菜は、ようやくあることに気がつく。


「逃げられた!!」

どうしよう。今から追いかけて捕まえるべきか。
聴覚を強化するも、足音はばらばらの方向から聞こえてくる。一体どっちを追えばいいのか判断がつ
かない。

「はるなん早く追っかけると!」
「いやいやその前にえりを元に戻して」
「あーもうおなかすいたけん」
「……」

矢継ぎ早に四人、と言っていいのだろうか。分裂させられた彼女たちに言葉をかけられる。
みんな言ってることがばらばら、しかも最後の一人は、ヘッドホンを被ってスマホをいじっている。
これは厄介なことになった。

いや、ちょっと待った。
確か芽実のうちの一人が、「福田さんの指示で」みたいなことを言っていたのを春菜は思い出す。こ
の前のことを逆恨みしてのことなのか。

だったら、この状況は明らかにおかしい。
それに。気になっている点が一つ、あった。
一人だけならまだしも、全員がだなんて、怪しすぎる。

春菜は、意識をある一点に集中させる…やっぱり。
確証を得た春菜が、部屋のロッカーのうちの一つに手をかけた。

「見つけた!!」
「ひいっ!?」

中から現れたのは。
二つ結びの、地味な格好をした少女。
顔はやはり先ほどの仮装集団と一緒の顔である。


「ど、どうしてここが」
「あの人達。匂いがしなかったんです」

春菜が感じた違和感。
それは、その場にいた四人の少女たちから匂いがまったく感じられなかったこと。
さらに、福田花音の指示という事であれば、衣梨奈を分裂させてそれでおしまいなんてことはありえ
ないだろう。必ずどこかに自分達を見ている人間がいる。そういう結論に達した。

あとは、嗅覚と聴覚を少しずつ、絞ってゆくだけ。
微かな心音と呼吸音。それと、自分と衣梨奈以外の「誰か」の匂い。
辿るのは、簡単だった。

「さあ、おとなしく生田さんを元に戻してもらいます!」

芽実の計画では。
分裂した衣梨奈に春菜が戸惑っている隙に、不意打ちを仕掛けるというものだった。
しかしここまで簡単にばれてしまっては、計画もへったくれもない。
花音からは「呪いの人形みたいのがいるかもしれないけど、そいつ自身は弱いから」と説明されてい
たものの。芽実もまた、戦闘特化タイプというわけでもない。

頑張った。一度は相手の虚をついた。
やれるだけのことはやったんだからしょうがない。
ついこの間までサブメンバーだった割にはいい仕事をした。
そう思いかけた芽実の頭に、花音がかけた言葉が過ぎる。


― この襲撃は、あんたたちの試金石でもあるんだから ―

そうだ。
この戦いに、自分達の今後が掛かっている。
こんなんじゃダメだ。ぜんぜん、仕事してない。
芽実の体が、小刻みに震えだす。

「ふ、ふふ、ふはははは!!!!」

気弱そうで地味な格好をしていた少女の姿が、ゆっくりと変わってゆく。
髪型が、そして服装が。
春菜の前に姿を現れたのは、ついさっき見た柄の悪い不良だった。

「テメー…よくも暴いてくれたなこの野郎ぉ!!」
「ひ、ひっ!!」

芽実の能力である、「分裂(スプリット)」。
文字通り、自らの魂を分裂させることができる能力。ただ、一人の本物以外は肉体を持たない分身の
ようなもの。春菜が匂いによって本体を突き止めたのはこの特性によるものだ。
また、能力の応用として他者の魂をも分裂させる事もできるわけだが、それはあくまでも副次的なもの。

その真骨頂は、芽実の持つ凄まじい「演技力」によって発揮される。
もともと芝居というものに尋常ならざる興味を抱いていた芽実は、やがて自らの能力に「演技」を結
びつけた。結果。


不遇の人間と吸血種のハーフを演じれば、その圧倒的な生命力を。
中世の男装の麗人騎士を演じれば、その鮮やかな剣技を。
有能な社長秘書を演じれば、その聡明な思考力を。
そして凶悪なヤンキーを演じれば、不良喧嘩殺法を手に入れることができるのだ。

なりたい自分に、なれてしまう。
恐るべきは、芽実のアクトレスとしての才能。
それこそ頭の天辺から爪先まで不良と化した芽実は、春菜に凶悪な眼差しを向けていた。





投稿日:2015/02/03(火) 23:26:05.31 0

























最終更新:2015年02月05日 13:39