■ ステルスフォックス -田中れいな- ■



■ ステルスフォックス -田中れいな- ■

月が出てきたようだった。

三日月。

木々の間、かすかな光が差し込み、
暗闇にグラマラスなシルエットが浮かぶ。

仮面の落ちた、その顔は、見えない。

無言。

先ほどまでの饒舌が嘘のよう。

何も語らず、身じろぎもせず。

『きつね』が、ただ、立ち尽くす。

静かな息遣い。

身を低く延べた田中が、全神経を眼前のシルエットに集中させる。

『きつね』は、まだ、動かない。
そして、『消え』ない。

なん?まだれいなのこと、ナメとる?んにゃ…

そんや、しばらく足止めして、そういっとったっちゃね。

時間稼ぎか


なんね頭に血が上っとっちゃおもっとったっちゃけど、えらいれーせーやね。

かまわんちゃ。

田中の五感が最大限研ぎ澄まされる。

おそらく『きつね』の能力は『見えなくする能力』だろう。
光学的なものか、感覚・精神的なものかはわからない。
自身はもちろん、触れた対象も一時的に見えなくさせる。
先ほどの『うま』や『ごりら』、そして『見えないテグス』のからくりだ。

であれば、『そういう能力者』がとる、基本的な戦術はこうだ。

田中の接近および攻撃と同時に『消え』、隙の出来た田中に反撃、
その後素早く位置を移動する。
時間を稼ぐ、ということであれば相手の攻撃は腰の引けたものになる。

ならば問題ない。

反撃の瞬間、田中が攻撃を食らっている、その瞬間は、
同時に確実に『きつね』が田中と接触している瞬間となる。

田中ならば、そこを必ず、捉えられる。

どん。

田中が突進する。

さぁ!さっきの消えようやつ、来いやぁ!


フルスイング。
フォームの上では隙だらけなその攻撃で、田中は数限りない猛者どもをなぎ倒してきた。
田中に倒されたすべてのものは、隙があることすら、認識できず、沈んでいった。
圧倒的なパワー、そして、スピード。

その一撃が、『きつね』の顔面へ打ち下ろされる。

パァン!

乾いた打撃音だった。

「なん?…ね?」

左の、ジャブ。

頭部の真芯を捉えた、綺麗な一撃。
スナップの利いた、『キレはあるが軽い』打撃が、
田中の目と目の間、鼻根を打ち抜く。

いや、それは大したことではない。
想定内の攻撃だ。
衝撃、音、力の方向。
『きつね』の位置は特定された。
これで終わり、あとは田中の猛烈な反撃が、連打が、叩き込まれ…

違和感

きつねの位置は特定『されていた』。

最初から。


「消えん?やっと?」

田中の眼前から真っ直ぐに腕が伸び、その向こうに顔。
『きつね』の素顔が、すぐ目の前にある。

違和感

『きつね』は、ずうっと、見えていた。
変らずに立ち尽くし、身じろぎもせず、そこにいた。

消えんならそれでええったい!このまま…

パン!パン!パァン!

顎、こめかみ、人中、軽快な打撃が次々と田中に突き刺さる。
見えている、聴こえている、だが『当たらない』。
一方的に『当てられ』続ける。

「ちぃ!」

ならぶつかって、身体で止めちゃろうもん!

ビシィ!

「ぐっ!」
いつの間に?
粘りのある蹴り。
踏み込む寸前の前足、膝の内側を捉えている。
出足を潰され、前へ出るタイミングを外される。

こいつ…ケンカ(格闘技)が…上手い!?


違和感

たしかに正規の訓練を受けていることは明白だった。

違和感

そこから繰り出されるコンパクトでキレのある打撃。

違和感

だが、問題はない。
大したことはない。
田中の【能力】は、その身体機能と感覚だけでなく、頑健さにおいてもまた【増幅】出来る。
相当な体重差があるならまだしも、女性の素手の攻撃だ。
たかが数発、耐えられる。

違和感

この程度の相手ならば今まで数限りなく倒してきている。
大の大人の、5年10年という血のにじむような努力を一瞬で粉砕する。
【能力】とはそういうものだ。

『きつね』の打撃もまた、過去倒してきた『普通の人間の』打撃と変わらない。

違和感

ならば、気にすることではない。
打たせておけばいい。

あとは田中の攻撃が一発『当たる』だけで…


パァン!

またも『きつね』が田中を捉える。
が、これも軽い。

違和感

突然『きつね』は間合いを切り、大きく後退する。
どうやら『きつね』も、己の打撃が効いていないことを理解したらしい。
その場にしゃがみ込む。

「なんで消えんかしらんちゃけど、そんなん気にせんけんね!」

休ませるつもりなど無い。
一気に畳みかける!

違う、違うのだ。
まだ、気づいていないのか。
この違和感に、気づいていないのか。

『きつね』が立ち上がる。
田中が突進する。

違和感

『きつね』もそれに合わせ、右腕を引く、大きく後方へ。
大振り、隙だらけだ。

よっしゃ、そん攻撃をかわして、そん顔に一発。
打っ叩いてやるっちゃ!
そん右を避けて、そっから、そん顔に一発…


違和感

…ん…?

違和感

…避けて、それから、そん顔…顔?

気づいていないのか。

顔って…なんやっとかいな?

―――出せなきゃ無いのと同じ、『弱い』のと、同じ。―――

ごっしゃぁ!

血しぶきが飛び散る。


『きつね』の右手に、その拳大ほどの、石。
素手では倒せぬならばと、拾った石で、顔面を。


気づいていないのか。
田中は、まだ、一度も…

膝が落ちる。
その膝が地面につくその前に。

ごっ!

左に持ち替えた石で横殴り。

意識が飛ぶ寸前、田中が見たのは、両手で持った石を振りかぶり
自分に向かって打ち下ろす『きつね』の顔…

顔…?

わからない

最初からそうだった

夜の帳のせいではなかった

見えないのではなかった

そう

『きつね』の

顔が

『わからない』!



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投稿日:2015/01/29(木) 17:53:35.47 0

























最終更新:2015年02月03日 15:16