『リゾナンター爻(シャオ)』 26話




「…テーマパークでお楽しみか。いい気なもんね」

皮肉交じりに、花音が呟く。
テーマパークのイメージキャラクターである猫とも鼠ともつかない動物をあしらった植え込み、それを囲む
ように。
日常生活では滅多にお目にかかれない、幅が100メートル近くはあるかと思われる円形状の階段。そこ
を昇りきれば夢の光溢れる楽園はすぐそこだ。
そこを行き交う、楽しげな人々。風船を配っている、イメージキャラクターの着ぐるみ。
絵に描いたような、幸せの風景。

一方、不安な様子で花音の様子を窺っているのは、先日「スマイレージ」の正規メンバーとして認定された
四人の少女だ。認定と言っても、どこかのお偉いさんが決めることではなく。単に先輩である彩花と花音が
正規メンバーに相応しい能力者であることを認めた時に、彼女たちは「スマイレージ」のメンバーになった。
しかしこれも適当な表現ではない。

もともと彩花は今回の彼女たちの昇格にまったく関わっていない。全ては花音の独断で四人を正規メンバ
ーとして選び、そして「リヒトラウム」へと同行させたのだ。


「福田さーん、こんなとこまで来ていったい何するんですかぁ~」

泣き言のようにそんなことを漏らすのは、芽実。

「言ったじゃん。中で暢気に遊んでるリゾナンターたちに現実を思い知らせてやるって」
「それって、うちらがやらなあかんことですかね?」
「ま、正式な任務じゃないんだし。適当にやろうよ」
「りなぷーはいつも適当じゃん」

異議を唱えるも、花音の気迫に押され押し黙ってしまう香奈。
気の抜けた声を出す里奈。
そして突っ込みを入れる朱莉。いずれも、その表情を窺い知ることはできない。
なぜなら。

「あーっママ、あんなとこにオバマがいるよ!」
「テレビの撮影か何かとか?ちょーうける」
「何だありゃ…ドンキで買ってきたんじゃね?」

何故か歩いてるだけで周りの注目を集める五人組。
彼女たちは各々が、パーティーグッズ用のラバーマスクを被っていた。

「これさぁ、超はずいよぉ」
「いいじゃんめいめいはマイケルだし。こっちなんてマツコだよ?最悪」
「1、2、3、ダーッ!!」
「かななんうるさっ!てかこの馬マスクちょーくさっ!!」


やいのやいのと騒いでいる年下たちを見て、やや心配になる花音だが。
彼女たちの実力は信頼するに値する。「赤の粛清」の封じ込めに関しては四人の協力なくしては成しえなか
った。
例のリゾナンターたちにひけを取るとも思えない。
9人の中の要注意メンバーにそれぞれぶつけてしまえば、残りの連中など花音一人で事足りる。勝算のない
戦いは、決してしない。

「ちょ、ちょっと君たち!!」

入場門のゲートを潜ろうとしたその時。
不意に、慌てた声に呼び止められた。
花音はその男を値踏みするかのように、上から下へと目線を移す。

「この注意書きを見てないの?フルフェイスのヘルメットやそういうマスクをつけたままの入場はお断りだ
って、あそこに書いてるでしょ!!」

青の制服に身を包んだ、初老の警備員。
遠巻きに、リヒトラウムの設備スタッフと思しき男女数名がこちらのほうを見ている。
ラバーマスクの集団がご入場とあっては騒ぎになるのも当然だ。

花音はラバーマスクの中から、男に視線を向ける。
こんな男の制止など、何の意味もない。


「警備員なんて、所詮かかし以下の存在…ですよねぇ?」
「はぁ?」
「疑うことなく…信じるにょん」

花音の呟き。
それはまるで小石を放たれた池の水のように、波紋を広げてゆく。
彼女のことを見ていた人たちの瞳から、瞬く間に色が失われた。

「…はい、チケット5枚…確認しましたぁ」
「…夢と光の幻想世界、リヒトラウムへ、ようこそ…」

警備員は本当にかかしになったかのように微動だにせず。
また、スタッフたちも虚ろな目をして次々と歓迎の挨拶をする。

大手を振ってテーマパークに入場してゆく、仮装集団。
その姿を一部始終、眺めているものがあった。

リヒトラウム中央コントロールセンター。
「東京ドームが何十個分」などと表現されるやたら広い敷地を、文字通り管理しているのがこのセンターで
ある。防災・防犯をはじめとしたありとあらゆる危機管理に対応するために設置されたこの場所は、まさに
リヒトラウムの「眼」。
その無数にある眼の端末の一つが、奇妙な来客の姿を捉えていた。

「おいおい、何だこいつら」

それまで退屈そうにモニターを眺めていた警備員の一人が、声を上ずらせて口にする。
尋常ではない事態に警戒するとともに、感情が高揚しているのが見て取れた。


「なんだぁ?マツコにオバマにイノキとマイケル…馬? ふざけた奴らだな。現場の奴は何やってんだ、こ
んな連中通しやがって」

もう一人の警備員は不快なものを見る目つきで、画面を凝視する。
二人がモニターに集まっているのを見た他の警備員たちも、一斉にそこに群がり始めた。

「こいつら子供だろ。背も小さいし」
「まったく最近のガキときたら。どういう教育してやがるんだ」
「俺が行くわ。ちょっとデカイ声出して怒鳴り散らせば、泣いて謝るだろ」

一人の屈強そうな警備員がいざ往かん、と立ち上がりかけたその時。
部屋の奥のほうで。

「そいつらは、あんたたちじゃ無理だね」

パイプ椅子に深く腰掛け、カーキ色のツナギ状の服を着た女が言う。
肩のところで、緩くカールのかかった髪。一重に近い、幅の狭い二重。ぼーっとしているような、困ってい
るような。表情が読めないとでも言うべきその女は、言いながら手にしていたビニール袋からメロンパンを
もそもそと食べ始めた。

「あんた、そりゃ一体どういう…」
「そのオバマの子が『能力』、使ってたから」
「い!の、のうりょく!!」

目を白黒させ泡を吹く勢いなのは、女の傍らに立っていたスーツ姿の中年だ。
彼は、リヒトラウムの警備部門の責任者だった。


「能力と言うとあの、その。テトラポットを海に浮かぶ船に投げつけたりとか」
「何それ。今使われたのは、精神操作系かな」

砂糖のついた手をぱんぱんと腿で払い、女が立ち上がる。

「こんな場所で物騒なこと、する人もいるんだね。じゃ、行ってきます」

それだけ言うと、ゆっくりとした足取りで部屋を出て行ってしまった。
終始落ち着かない言動の男とのやり取りを黙って見ていた警備員の一人は、おずおずと責任者に話しかける。

「あの…今のは一体? 我々、あの子はリヒトラウムのお偉いさんの御令嬢だって聞いてたんですが」
「よせ。詮索はするな。『アレ』は、我々のような普通の人間が関わったらいけない人種だ」
「え?それってどういう」
「堀内会長にクビにされるぞ。いや、クビならまだましなほうか」
「堀内って!あの、リヒトラウムに出資したベーヤンホールディングスの…!!」
「とにかくだ。今から室内の全てのモニターを切っておけ。一切の責任は私が持つ」

すっかり憔悴しきった責任者に、最早言葉すらかけられない警備員。
そう言えば、と彼は思い出す。

リヒトラウムの地下には、秘密がある。この広大の施設の地下は、国家を超えた巨大な権力によって秘密基
地と化しているのだと。

都市伝説もいいところの、根拠のない与太話。
実際存在を確かめようと、数人の若い警備員たちが肝試しがてらに地下の設備を無断で探検したものの、そ
こにはコンクリートの壁があっただけだと言う。

もちろん、そんな都市伝説自体は誰も歯牙にすら掛けない。
が。彼は思う。このテーマパークには、「何かがある」のではないか。
そんな漠然とした不安も同僚が責任者の滑稽な慌てぶりを茶化す耳打ちによって、あっという間に消えて
いってしまった。





投稿日:2014/12/30(火) 13:48:36.75 0
























最終更新:2014年12月31日 09:04