■ ロングレンジヘビーウェイト -鞘師里保・鈴木香音- ■



■ ロングレンジヘビーウェイト -鞘師里保・鈴木香音- ■

「えっそういうもんなの?」

鞘師にとっては意外な、そして鈴木香音にとってもまた意外な答え。

「刀と槍ってあんなに長さ違うじゃん」
「ん?んーそう?全体の長さはあんまり関係ないんだ」
「ぬぇー不思議だなー」
「不思議?ふしぎかなー」

鞘師にはその不思議がわからない。
刀と槍の優劣なんて比べること自体無駄なことだ。
目的が違うものを比べても意味はない。

先ほどまで二人は、銃剣付きの突撃銃を使った格闘を想定し汗を流していた。

そんな中「りほちゃん能力なしで刀しかなかったら、こうゆうときどうする?」
みたいな話となり、そこから槍の場合はどう?、という話となり、というわけである。
今は大きなエアコンの前、おせんべいとミネラルウォーター、休憩である。

本当はやって見せちゃったほうが早いのだが、今は、おせんべいだ。

「長いほうが遠くから戦えて有利なんじゃない?」
「あーそうかうんそゆことか。かのんちゃん、槍は全然遠くないんだよ」
「ぬぬ?アタシちょっとわからなくなってきたよ。遠くない?どゆこと?」
「えーとね…」

刀と槍に優劣はない。これは古典にもある真理である。
三尺三寸の刀、一丈の槍、長さにして概ね三分の一、
はるかに短い太刀に対し槍は相打ちとなる。


すなわち互角である、と。

もっともこの程度のことは古典にあたるまでもない、技の上達とともに勝手に体得する戦術上の真理だ。
「長い柄のついた槍でも、突いてくるなら尖ってるとこは自分の近くに来るじゃん。遠いのは持ってる人間だけでしょ」
「???」

俗にいう一足一刀の間合いと呼ばれるものがある。
実体的な距離のみではない、時間や心理といったものまで含んだ距離感。
あと一歩踏み込めば相手を斬れる、同時に相手にも斬られる間合い。
ここまでなら、だれでも容易に理解できる。
ではその次である。
両者の武器が同じならいい。
が、片方の武器だけ長ければ、どうなる?
長いほうは一歩踏み込まずとも当たり、短いほうは2歩3歩入らなければ当たらない。
それは明らかに長いほうが有利、ということではないのか?

いま鈴木香音の頭の中にある疑問もこれだろう。
当然の疑問である。
至って正しい考察、とくに現代人ならば、普通の感覚だ。

ところが鞘師は、そんな疑問を抱いたことすらない。
彼女のそれは「技術」を最初から、一足飛びで、身に付けてしまった者特有の感覚である。
戦術はそれを発想する者の「技術」によって決定される。
「技術」の低い者には高い「技術」を前提とした戦術は生み出せない。
推測することすら、できない。
鞘師の普通、それは鎌倉時代や戦国時代の、武に生きる者の「普通」なのだ。

相手の得物が長いならば、相手の「得物」に対して「一足一刀の間合い」を取ればよい。
それが答え。
武に生きる者は、誰に教わるでもなく、この解答を直感しうる。


「ええっ?ますますわからないよ」
「相手が持ってる槍だって突いたり叩いたりしないとウチをやっつけられないわけじゃん」
「うん」
「だったらさ、ウチに向かって突いてくる槍自体を切っちゃえば、いいんだよ」
「えーそんなことできんの?」
「長いってことは重たいってことだしね、そんなにひょいひょい動かないし難しくないよ」

ちょちょちょ、ちょっとまてまて、鈴木は心の中で突っ込む。
鞘師が槍を扱う、確かにその姿こそ鈴木は知らないものの、6尺棒8尺棒、あるいは、
それに準ずるような、長い棒を扱う姿なら、鈴木は数限りなく見てきている。

りほちゃん、あんたいつもとんでもない速さで突きまくって叩きまくってるけど?
あれで「そんなにひょいひょい動かない」って言われても説得力ゼロだよ。

「…そんなもんかなぁ、でも切っちゃうの難しくない?りほちゃんしかできない気がするんだけど」
「切り落とせなくても、たとえば切込み付けただけで相手は槍を手繰れなくなるから、
それでも相当の攻撃を封じられるし…というか、うん、なんでもいいんだよ、そうゆうのは。
柄を切ってもいいし、掴んでもいいんだけど、そういうのはなんでもよくて、その前に…」

すでに別の話。
より高度な、さらに、さらに高い技術を前提とした…

鞘師はおせんべいとストローの生えたペットボトルを向き合わせる。
「この真ん中の線を割って、相手の線を反らしちゃえば、ウチには当たらなくなるんだ。長さは関係ないんだ」
「あーりほちゃんがたまにいうやつね、でもアタシそれ全然わかんないんだ」
「そっかー」

鈴木は別に鞘師の弟子というわけでもない。鞘師も水軍流そのものを教えるわけではない。
格闘についてのレクチャーの際、鞘師の口から出る言葉は平易でシンプルなものばかりである。
もっともそれは鞘師自身が持つ専門的な言葉の知識が少ない、というのが実際のところなのだが。


鞘師が言っている事、これは正中の話である。
槍だの刀だのという些末なことで優劣が極端に変化するのは、
「ここ」を抑える技量のない者同士の世界のことであって、
鞘師が住む、戦国の技量の世界では、そもそもが考えるだけ無駄なことなのである。
だがこの「考えるだけ無駄」ということが、現代の人間には理解できない。

「無駄」?そんなことはないはずだ。
もし無駄なら、そもそも槍を生み出す意味がない。
なぜ槍がある?それは刀より強いからに決まっている。

そう考えてしまう。
その考え自体が初めから間違っている、とは思い至らない。

刀や槍、それらが実用されてきた時代において、
両者はどちらに対してどちらが強いか、といった理由ではなく、「何を」目的とするかで選択されてきた。
「何を」そう、両者の優劣が如実に変化するとしたらそれは戦術ではなく「戦略上において」、なのである。

ではある、のだが…

「でも一番いいのはやっぱり」
「やっぱり?」

鞘師は言葉をつづける。
それは、今までの話を根底から―――

「こっちもでっかい刀使うのが一番いいね」
「え?」

「だって、武器は、でっかいほうが有利だからね」

ずこーっ


今までの話を根底からご破算にする、身も蓋もない回答。
もう、なにがなにやら―――



―――戦国時代より前、鎌倉時代より後、この時代、武士たちの駆る得物は巨大化の一途をたどった。
より重く、より長く、そして、さらに重く…

武器の長さなど関係ないなどと言っておきながら、この時代の武器は信じられぬほどに長く、そして重かった。

大太刀、長巻、まさかり、大槌、金砕棒…

現代人では、振るうどころか、持ち上げることすら困難な、巨大で長大な『鉄と木の化け物』たち。
これを当時の武士は、それこそ尻の青い10代の少年であれ、軽々と、操ってのけた。

大きな得物には大きな弱点が「本来は」ある。
その重さゆえに、その長さゆえに、軽く手頃な太刀の動きについていけない。
それどころか、下手をすれば、振り上げて、振り下ろすことすら、できない。
だが武士は、この弱点を単純な「力」ではなく「技術」によってねじ伏せた。

一般的な日本刀の重さが約1kg前後、対して、
実在する大型武器の重さは大きいもので8kg程度、実用最大クラスでなんと20kgに到達する。

とても人に克服しうる重さではない。

ではどうしたか?
彼らはこの重さを、「克服」するのではなく、「活用」しつくした。

鞘師は完全な静止状態から一瞬でトップスピードまで加速する術を知っている。
すなわち戦国の武士たちも、その術を知っている。


己の体重の変化から全身に小さな落下エネルギーが生まれる。
部分部分は小さくとも、それが全身一度に起こったのなら…

瞬間的に加速された肉体は己の体重に比して大きな慣性力をもつ。
人の体重…少なくとも50kg以上、8kgの武器でも6倍以上ある。
その慣性力によって大型武器も同時に加速される。
その加速が大型武器による高速で激烈な一撃を生む。

加速された大型武器にはその重量に応じて大きな慣性力が生じる。
その慣性力に引っ張られ、いや、「乗る」ことで、
次なる体の変化、移動が引き起こされる。

身体が生んだ慣性により武器が奔り、武器の生んだ慣性により身体が奔る。
連関する重さと速さの天秤が無限に循環していく。

それが、大きな得物の大きな弱点をねじ伏せた「技術」。

技術によって武器の長さによる差をなくし、
さらに進んで、技術によって武器の重さによる差をなくした。

だからこそ「長いほうが有利、重いほうが有利」となった。

まさに今鞘師が口にした―――そして、到達しつつある境地。


武器の長短は関係ない、武器の軽重も関係ない、
だからこそ、一周回って、武器の長短と軽重は、やっぱり関係ある。

だが、まて、ちょっとまて、ということはだ。
そこまでの技術があるなら何も無理に「長く重いもの」を使わなくても、
手ごろなもの、すなわち「普通なもの」を使えば、より存分に技を発揮できるのでは?
それもまた真理、長すぎるもの重すぎるものは、やはりそれより短く軽い物に劣る。
あれ、では短く軽い物のほうが有利なのか?あれ?それは?え?

ぐるぐるぐるぐる…

ぐるぐるぐるぐる…いつまでも輪転する二匹の蛇。

ぐるぐるぐるぐる…ぐるぐるぐるぐる…

真ん中の線が反れるとかなんとか言う話どこいっちゃったんだっけ?
本当に回転する蛇が見えそうな気分だよ、りほちゃん。

だめだこりゃ、結局、鈴木には、何も理解できなかった。



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投稿日:2014/10/09(木) 20:54:33.70 0

























最終更新:2014年10月10日 10:16