『リゾナンター爻(シャオ)』 05話




学校帰りにカレー屋に寄っていく、として先に帰った里保たちとは別行動を取っていた鈴木香音・生田衣梨奈・佐藤優樹・小田
さくらの四人。主に香音が十分に腹を満たした後にリゾナントに帰還すると、実に珍しい光景が。

「なに書いてんのあゆみー」

真っ先に目をつけた優樹が、テーブルに座り書き物をしている亜佑美の後ろからしがみ付く。
ぶつかった勢いであらぬ方向にペンが走ってしまい、優樹を睨みつけながら書きかけのそれを丸めて投げ捨てた。

「あれっちゃろ?石田あゆ先生力作の、メルヘンポエム♪」
「違いますよー。『Dorothy』の先生たちに手紙を書いてるんです」

かつて亜佑美が自信満々に発表したとんでもポエムのことをからかう衣梨奈に対し、手を大きく振って否定する亜佑美。

「確かそれって亜佑美ちゃんが所属してた」
「ええ。東北にある、能力者の研究施設です」

亜佑美は中学を迎えた頃に発症した「謎の奇病」の治療のために、両親の伝手で紹介された「Dorothy」という施設に入ることに
なった。施設での調査の結果、亜佑美を襲う症状は奇病ではなく、所謂異能力の暴走だったことが判明する。そこで能力の安定
と適正な使用方法を学ぶ中で、喫茶リゾナントを訪ねるきっかけとなったある事件が発生するのだが。
結果亜佑美は、リゾナントでの生活を選択した。


「自分の選択で施設を離れはしましたけど、経過の報告だけは必ずするって約束でしたから」

報告の方法が手紙なのは施設が隠れ里の様相を呈しているため、電気設備が一切ないからであった。そんな環境でどんな研究を
するのか、というメンバーかつてのの問いにアナログで色々やるんですよとシンプルな亜佑美の回答。要するに、詳しいことは
研究対象だった彼女自身にも理解できていないようだった。

「それはそうと。実はみんながカレー屋さんに行ってる間にね―」
「ただいまー」

聖が先の襲撃者についての話をしようとした時。
タイミングよくさゆみが帰ってくる。まずはさゆみにそのことを報告し、改めてミーティングという形で事件をまとめることに
なった。

「そうなの、そんなことが…」

先ほどまで喫茶店で起こっていた出来事の報告を受けたさゆみは、真っ先にかつての事件を思い出す。あの時は確か、擬態能力
者はれいなに擬態していたはず。通常の擬態能力者なら、背格好の似た人間をターゲットに選ぶはずだが、聞いた話だと擬態
した少女は聖に比べるとかなり小柄だったようだった。

ダークネスが、とある一人の擬態能力者をオリジナルとして大量のクローンを製造していることはさゆみも知っていた。何故な
ら彼らの非合法活動に擬態能力は欠かせないツールだからだ。しかし共通しているのは、あまり自分とかけ離れている人間に擬
態することはできないということ。それがクローンたちの抱える欠点だったはず。

「もしかしたら、擬態能力者たちの能力が上がっているのかもしれない。原因はわからないけど」
「じゃあ、またこういった手を使ってくるってことですか?」

春菜の問いに、さゆみがゆっくりと首を横に振る。


「相手も馬鹿じゃない。短期間のうちに同じ手を二度も使うとは思えない。でも、もしもう一度仕掛けてくるなら…もっと巧妙
で複雑なやり方で来ると思う」
「今回ははるなんの機転で何とかなりました。でも、次は」
「大丈夫。さゆみがとっておきの秘策を伝授してあげる」

不安がる聖、さゆみは肩に手を置きながらそんなことを言う。
とっておきの秘策とは、一体。
不意に、さゆみが里保に耳打ちしてきた。

「あのね…」
「ああっ、ちょ、みっしげさん耳に息吹きかけないでくださいっ」
「…というわけなの。わかった?」
「はぁ。吐息で若干聞きづらいところはありましたが、だいたい判りました。じゃあ次はフクちゃん、こっちきて」

変態から変態へ。もとい、先輩から後輩へ。
何故か耳打ちリレーが始まる。
優樹を途中に挟んだのは明らかに失敗だったと誰もが思いつつ、何とか全員にさゆみの意図を伝える事ができたようだ。

「この方法なら相手は絶対に尻尾を出す。みんな、さゆみを信じて」
「言われるまでもなく信じます。だって、道重さんはここまでみんなを引っ張ってくれたじゃないですか」
「石田…」

いつものようにだーいし感を漂わせつつも胸を張る後輩が、前にも増して頼もしく見える。
亜佑美だけではなく。後輩ひとりひとりが、激戦を乗り越えて成長してきた。そんな今なら自信を持って言える。自分達が今の、
リゾナンターだと。


絶望的とすら思えた、ダークネスとの戦力差。
それが今は、僅かながらでも希望の光が射している。敵勢力が体制を崩しているというのもあるが、新しいリゾナンターの著し
い成長がその希望を支えているのも一因。そのことは彼女たちを見守るさゆみが一番良く知っていた。

そんな時だった。
さゆみの携帯が鳴ったのは。

「もしもし、さゆみです。あっ、ガキさん?久しぶり…って。え、それどころじゃない?うん、ううん、え…そう。わかった。
場所は? うん、すぐそっちに行く」

只ならぬ様子に、後輩たちがさゆみの顔を覗き込む。
特にさゆみを慕う優樹は気が気でない。

「みにしげさん何かあったんですか?」
「うん。ガキさんから。何者かにガキさんの同僚が襲われて、ひどい怪我してるんだって。ちょうど部署内の治癒能力者が全
員出払ってるみたいで、急がないと」
「新垣さん!?あの、衣梨奈も行きます!がんばって生田!!」
「あ、生田は別に来る必要ないから」

明らかに里沙目当ての衣梨奈を牽制し、店を出ようとするさゆみ。
それを見て慌てて香音が声をかけた。

「道重さん、移動だったら優樹ちゃんが」
「ダメ。この子、この前さゆみのこと間違えて池の上に瞬間移動させたから」


「はぁ!?まーちゃん何やってんだよ!」
「イヒヒ、ごめんちゃーい」

ありえない話に思わず遥が優樹に鋭い視線を送る。

以前、急用で現場にできるだけ早く駆けつけなければならなかった時に。
優樹にテレポートを頼んだのが間違いのもとだった。みにしげさん任せてください、の言葉と裏腹に。
転送されたのはとある池の水面の上だった。
水深が浅かったからよかったものの、タクシーで運転手に嫌な顔はされるわ恥ずかしいやら。

優樹らしいエピソードと言えばそれまでだが。
そんなことは初耳とばかりに怖いお姉さま方が優樹を取り囲んでいる間に、さゆみは走ってリゾナントを出て行ってしまった。

遠ざかる背中を見て、里保は思う。
以前のさゆみなら同じシチュエーションでも、どちらかと言えば後ろ髪を引かれる思いで喫茶店を出ていたはずだ。けれど、
今は何の気兼ねもなく、店のことを任せてくれているように見える。

少しは道重さんも、うちらのことを認めてくれてるのかな。

れいなが抜けてから、ずっと考えていた。
自分たちは。いや、自分は。さゆみが安心して背中を預けられるような存在になれるのだろうかと。
さゆみ以外は決してベテランとは言い難い未熟者の集まり。それでもいくつもの修羅場を潜り抜けることでそれなりに成長して
きたつもりだ。そして最近は、自分たちの成長がさゆみの信頼にそのまま繋がっているような気がする。

里保だけではない。
この場にいる全員が願い、そして感じていた。
一人一人がさゆみを守ることができる、そんな存在になりたいと。





投稿日:2014/07/12(土) 10:19:34.86 0

























最終更新:2014年07月15日 17:16