『リゾナンターЯ(イア)』 最終回




リゾナンターたちとれいなが最後に会ったのは、孤島の研究室。
悪魔の機械に囚われていたあの時のれいなの顔は青白く、今にも消えてしまいそうな炎のように見えた。そしてこうして久
しぶりに再会すると、当時よりは幾分肌の色つやは戻っているようだが、まだまだ本調子でないのは明らかだった。

「れいな、おかえり」
「ただいま…でもれいな、すぐに戻らんといけん」
「わかってる。けど、嬉しいよ」

気まずそうな表情を見せるれいな。
さゆみがフォローするも、後ろに居た優樹の顔はたちまちくしゃくしゃに崩れてゆく。

「まさやっぱりたなさたんと離れるのやだ!!!!」

そして戸惑うれいなに向かってタックル。
仕方ないっちゃろ、と言いつつ優樹を抱きしめるれいなはまるで母親のようだ。

「もう、まーちゃん…病室に行った時で泣き尽くしたと思ったのに」

春菜は数日前のことを思い出す。
機械から救出されたれいなだったが、数日前までは意識を失ったままだった。
その夢うつつの状態から回復したその日のこと。
れいなのいる病院に呼び出されたメンバーたちは衝撃的な事実を告げられる。


― れいなはもう、能力(ちから)失っとう。みんなと一緒には、戦えん ―

事実上の、戦線離脱宣言だった。
泣き崩れるリゾナンターのメンバーたち。リーダーのさゆみも気丈に振舞っていたものの、ショックは隠せない。そんな中、
れいなを慕う優樹の取り乱しようは病院の職員が多数駆けつけるほどのものだった。感情に任せて病室内外のあちこちの物
体を瞬間移動させるものだから、当然と言えば当然か。能力者御用達の病院でなければ翌日のワイドショーを賑わわせてい
たことは間違いない。

「佐藤さん。理解してください……田中さんはもう、普通の体ではないのですから……」

れいなの後ろにいた女性の一人が、泣いている優樹に声をかける。
端正な顔立ちと、それに反比例するような低く小さな声。
優樹は不機嫌そうに少しだけそちらを向いてから、再びれいなに顔を埋め泣き始めた。

「れいな、ところでその人たちは」
「あ、紹介しとらんかった。右から、姉さん、おかまり、まりん」
「はじめまして。魚住有希です。田中さんのことは私たちに任せてください」

姉さん、と呼ばれた豪快そうな女性が自らの名前を名乗る。
見た目からするとれいなよりも年上、三人の中でリーダー格のように見えた。

「みなさんがリゾナンターさんですか!お噂はかねがね聞いてますよ!!あたしは岡田万里奈、遠慮なくおかまりって呼ん
でくださいね!!!」
「おかまり、うざい」

身を乗り出すようにして自己紹介をはじめる、おかまりと呼ばれた女性。
れいなに諌められたあともあれー?などととぼけた顔をしてみせている。


「あの……宮澤、茉凜です……あのですね、私たちは田中さんの治療のために、しばらく共に行動することになったんです。
リゾナンターの方々からすれば、本意ではないと思うのですが……」

先ほど優樹に声をかけた女性。
ぼそぼそと低い声で話すため、内容を聞き取れない。それを察した万里奈が、

「要するに、あたしたちは田中さんの黒血の後遺症を治すために派遣されてきたわけです」

と付け加えた。

れいなの体に驚異的な力を与えると同時に、その体を蝕んできた黒い血。
その宿主の力を限界以上に引き出す性質をダークネスの科学者である紺野に利用され、共鳴能力抽出のためのサブエンジン
として機能した。
結果、黒血はほぼ全てが自らに強制的に与えられた使命と引き換えにほぼ消滅していった。ほぼ、と言ったのは、れいなの
体にはほんのわずかに黒血の成分が残っているから。

「ナノマシンはかつての自らの領域を取り戻そうと、再び増殖し田中さんの体に悪影響を及ぼす可能性があります。能力を
喪った状態の田中さんにとってそれはかなり危険です。その危険を遠ざけつつ、残った黒血を徹底的にぶっ潰す。それが私
たち『ラベンダー』の役目です」

拳を前方に握りつつ話す、有希。
彼女の言った「ラベンダー」という言葉に、全員が首を傾げる。

「ラベンダー、って?」
「はい……laboratry of endor Я。田中さんに降りかかった災厄を終わらせる者たちの治療室。略して『labendoЯ』です」

茉凜が顔に似合わない堅苦しい言葉を使い説明する。
聖が、あっ、と声をあげそして訊ねた。


「ということは。みなさん、治癒能力者なんですか?」
「ええ。大まかに言えばそんな感じですかねえ」
「ただ道重さんのそれと違ってうちらのは四六時中そばにいないと効能を発揮しない力なんで、お風呂も一緒!寝るのも一
緒!!ってやつです」
「……万が一田中さんの身に何かあったとしても。我々の屍を越えてゆけ、といった侍の心で田中さんをお守りしますので……」

三人三様の回答。
とにかくれいなを全力でサポートする、という意志は全員に伝わった。

「あはは…みんなキャラ濃いね。特に茉凜ちゃん」
「いやあ、茉凜はこういう子なんで。こう見えてみなさんとお会いできてテンションあがってるんですよ?」
「そうなの?なんだか朝から顔洗おうとしてトイレの水間違えて飲んじゃったくらいに落ち込んだ声してるけど」

そんな中、有希がれいなに話しかけた。

「田中さん。そろそろ時間が」
「っと。れいな、みんなとちょっと話したいことがあるけん」
「わかりました。じゃあうちらは適当にそこら辺で時間潰してますから」

何かを察したのだろう。
有希が万里奈と茉凜を引き連れて喫茶店を出た。
その場にれいなとリゾナンターたちが残される。


「…れいな」
「みんな何そんな悲しい顔しとう?ただ、れいなにも旅立ちの時が来た。それだけやろ。愛ちゃんに、ガキさん。愛佳。小
春、絵里、ジュンジュン、リンリンが辿った道を、れいなも往く」

決意。
一言で表すなら、その二文字が相応しかった。
れいなは自らの新しい場所を勝ち取るために、旅に出る。

「これからはさゆ一人でリゾナンターを引っ張っていく。だから、れいなは新しくサブリーダーを任命することにしました」
「え!!」
「フクちゃん。飯窪。サブリーダーとして、さゆを支えてあげて」

かつてリゾナンターの核であった愛がリーダーだった時。
サブリーダーとしてメンバーをまとめていたのが里沙だった。ダークネスのスパイとして思い悩む時期もあったが、最終的に
は愛の補佐を完璧に務め上げていた。
そのポジションを若い二人に任せるということは、大きな信頼があってのこと。

「できることを、精一杯がんばります!」
「ですね。でも、なるべくリーダーの邪魔にならないように」

対照的な反応を見せる聖と春菜。
だが、さゆみのサポートをしようという決意は十分だ。

「あと、これだけは絶対に伝えないけんと思っとったんやけど」

れいなの表情が、引き締まる。
途端に全員が背筋を伸ばした。


「石田」
「は、はいっ!」
「この際だから言うけど…服がダサイ!!」
「…は?」
「今度れいなが行きつけのお店教えるけん、そこで服買い」

緊迫した空気が崩れ、どっと笑いが起こった。
笑いながら、優樹がまた泣き始める。隣で優樹の背中を支える遥も顔を紅潮させ歯を食いしばる。衣梨奈が田中さんの役割を
全部取ると言えばそれは無理と返し、春菜がいつか一緒に美術館に行きましょうと誘うとそれも無理と答える。その度に笑い
が起き、啜り泣きが聞こえた。

「鞘師。メンバーの中で一番戦えるのはやっぱり鞘師やけん。赤ちゃんみたいな顔っちゃけど、それだけはれいなも心配しと
らん」
「はい!!」

れいなが里保の肩に手を置く。
それは愛が一線を引いてからずっとれいなが守ってきた、「リゾナンター最強」の重責が回ってきたことを意味していた。悲
しみよりも、今はプレッシャーに打ち克つことを。里保は自らを奮い立たせるように、表情を引き締めていた。

そして、さゆみ。
しばらく、言葉のない時間が流れる。
ただそれは沈黙ではなく、色々あった二人だからこそ。

リゾナンターの立ち上げ時に在籍していたメンバーはれいなとさゆみだけになってしまった。
けれど。いや、だからこそ。結束はより強くなった。


「今だから、言えることだけど」
「れいな?」
「れいな…さゆのこと、あんま好かんかった」
「…今になって言う?そんなこと」

それでも、全部わかってたよと言わんばかりに。
さゆみはわざと意地の悪い表情を作る。

「だけん、こんなに信頼し合えるようになるなんて、思っとらんかった」
「だって、『うちらは最強』でしょ?」

れいなは大きく頷いた。
「うちらは最強」。れいなとさゆみ。そして、絵里。
三人の合言葉のような、不思議な言葉。けれど、ひとたびそれを口にすれば、言葉の願いが叶う。

「正直、れいなが抜けるのは痛いなって思う。これから愚痴をこぼせる相手もいなくなっちゃうし。けど、いつまでも『うち
らは最強』であるためにも、これからはさゆみがリゾナントを引っ張ってく。約束するよ」
「さゆなら、できるっちゃよ」

別れの時がやってくる。
れいなは、自らの身に巣食う黒い血と戦うために。
そしてさゆみは、後輩たちと共に歩むために。
道は違えど、それでも一つだけ確かなことがある。
二人は、紛れもなく響きあうものたちだということ。


「それじゃ、れいなはもう行くけんね」
「うう…たなさたぁーん、やだ…」
「ほら、佐藤ももう泣かない。さっきも言ったけど、湿っぽいのは嫌やけん。最後は明るく…おつかー?」
「れいなー!!!!!!!!!」

全員の声が揃うのを満足そうに見つめた後、れいなが踵を返す。
小さな背中。けれど、その小さな背中はリゾナンターという大きな運命共同体を背負っていた。
そしてこれからは、名実ともに原初のリゾナンター最後の一人となったさゆみが、迫り来る濁流に向けての舵取りをしなければならない。

不安と希望。ないまぜになったその時だった。
さゆみの視界が、急激に霞んでゆく。
体に力が入らない。意識を緩めてしまえば、そのまま地に倒れ伏すくらいの脱力感が襲い掛かっていた。

― 揺り戻しは、きっついでぇ? ―

不意に、れいなとさくらの奪還戦において使用した薬のことを思い出す。
まさか、揺り戻しってこれのこと?
だが、そんなことに頭を回す余裕はない。
もし今自分が倒れてしまったら。れいなに迷惑をかけるばかりか、後輩に大きな心配をさせてしまう。ここで、倒れるわけにはいかない。

去りゆくれいなを、後姿を。
後輩たちがかける、激励の言葉。その存在が、さゆみの心を支えていた。

この子たちが一人前の能力者になるまで、さゆみは崩れ落ちるわけにはいかない。

「道重さん、大丈夫ですか?顔色、悪いですよ」

それでも、一人の少女には隠しきれていなかったようで。
いつもと少しだけ雰囲気の違うさゆみに、何かを感じ取った里保が声をかける。

「ううん、何でもないから。今は、れいなをみんなで見送ろう?」

そう返すのが、精一杯だった。






投稿日:2014/05/22(木) 01:03:51























最終更新:2014年05月26日 12:26