『リゾナンターЯ(イア)』 72回目




光は、やがて闇へと還る。
だがその闇もまた、光の彼方へと消えてゆく。
そのことを象徴するかのように、意識は闇の中へ消え、再び光が射す。

里保が意識を取り戻した時。
そこには同じように夢から醒めたかのような顔をしているメンバーたちがいた。

「ここは?」
「やった!やった!成功したっちゃん!!」

里保の疑問を無理やり押し出すような嬌声。
衣梨奈は、それこそ全身をばねみたいにして飛び上がっていた。

「オムニバス!!成功した!!新垣さんに!!褒められる!!!」
「ねええりぽん、何そのオムニバスって」
「あ、それ、新垣さんから聞いたことある」

香音が、おぼろげな記憶を引っ張り出す。

「精神干渉の能力者が相手の精神に自らの精神を潜り込ませる『サイコダイブ』、その発展形として他者を相乗りの形で一緒にサイコ
ダイブ方法があるって」
「まさか。生田さんがそれを?」
「わからないけど…でないとあれは説明がつかないんだろうね」

言いながら指差したほうに、黒い大きな塊が鎮座していた。


「何あれ」
「新垣さんが言うとった。精神世界では、その主の今の状態が具現化されるけん。つまりあれは、あの子の今の心のありよう」

塊と思っていたものは。
何本もの、いや、何匹ものと言ったほうが正しいか。
両手で抱えても抱えきれないくらいの胴回りを持った黒い大蛇たちが、玉を作るように中心のそれに巻きついていた。黒い中心にいる
のは、メンバー全員がよく知っている人物。

「さくらちゃん!!!!」

辛うじて、黒の鎖の隙間からさくらが顔を覗かせていた。
決して安らかではない眠りに眉間に皺を寄せていたさくらだが、リゾナンターたちの到着に気づいたのか、ゆっくりと目を覚ます。

「みなさん・・・」
「さくらちゃん!助けに来たよ!!」
「ったく世話かけさせんな!とっととこんな辛気臭いとこから脱出するぞ!!」

優樹と遥、言葉は違えどさくらを思う気持ちは同じだった。
しかし、さくらは予想外の言葉を発する。

「私を…殺してください」

言葉が、うまく頭の中に入ってこない。
だがさくらがそう言ったのは紛れもない事実だった。


「さくらちゃん?」
「お願いです。私を、殺してください」
「どうしてそんなこと!!聖たち、さくらちゃんと田中さんを助けるためにここまで来たんだよ?なのに」
「田中さんを助けるため、です」

聖の言葉を押し留めたのは、少女の導き出した答え。
揺るぐことのない、動かない意志だった。

「今なお、田中さんの『共鳴の力』は博士の造った機械によって私へと移し替えられています」

よく見ると、さくらを覆っている大蛇は天井へと体を伸ばしていた。
黒く滑った胴が、ゆっくりと脈動している。
生き物のようでありながらどこか無機質なそれは、不気味さすら醸しだす。

「それを阻止するたった一つの方法、それが私の命が尽きる事」
「でもさ、それがたった一つの方法とは限らないじゃん!ほら、もっといいアイディアいっぱい出し合ってさ…」
「私のことだからわかるんです。それしか方法がないことを」

身振り手振りで必死に説得する亜佑美だが、さくらはやんわりと否定する。
だが、それまでわなわなと肩を震わせていた遥が大きく叫んだ。

「簡単に、簡単にそんなこと言うなよ!!」

あまりにも他人事のように、淡々と話すさくら。
その態度に遥の感情が爆発したのだ。


「お前さ、昨日の夜にあの高台で言ったよな!?人が人を助けるということを学んだって!人を助けると心が温かくなるって!!全然
学んでねーじゃん!!お前のことを助けようと駆けつけた人間に『殺してくれ』だなんて、ふざけんなよ!!!お前は絶対ハルが連れ
て帰る、決めた、今決めた!!誰にも文句は言わせねえ、リゾナントでもう一度人の絆ってやつを叩き込んでやる!!!!」

もう遥には、さくらのことを疑う気持ちなど欠片も無い。
短い間だったが、一緒に時を過ごした仲間。
仲間を連れて帰ることに何の問題があるだろう。

「だからですよ、工藤さん」
「はぁ!?」
「私は、私が死んでも、田中さんを助けたい」

他人事などではなかった。
それは、少女の悲愴な決意。迷いの末に選んだ、選択。

「私だって…私だって死ぬのは怖い!でも、田中さんを救う方法はそれしかないんです!!私が死ぬことでしか、田中さんは絶対に解
放されない!!!」

さくらが「銀翼の天使」によって初めて与えられた、死の恐怖。
かつて「鋼脚」はさくらに語った。人は死ねば無になると。自分がなくなってしまう、単純な、それでも決定的な事項は。一人の少女
を怯えさせるには十分だった。

その死の恐怖に。見えない死神に。
さくらのれいなを救いたいという思いが打ち克つ。
決して怖くないわけじゃない。けれど、怖いけれど。あえてそれをしようと、強く想う。


「私は!みなさんが、好きです!!道重さんも、譜久村さんも生田さんも鞘師さんも鈴木さんも飯窪さんも石田さんも佐藤さんも工藤
さんも、田中さんもみんな、みんな!!!だから…たとえ私の命が失われても、田中さんを助けたい!!!!」
「さくらちゃん…」

春菜は、泣いていた。
さくらが感情を露にして叫ぶ、その言葉が、思いが伝わってきたのだ。
彼女だけではない。さくらの精神世界に導かれたリゾナンター全員が、泣いていた。

「だから、お願いです。私を…」
「要するに、二人とも助ければいいんじゃろ?」

幼い顔が、前に出る。
その頬は、紅潮していた。

「私は。こんなところで死なすためにさくらちゃんを助けたんじゃない」
「ちょっと!えりも同じこと言おうと思っとったのに!!」

里保にずるいと言わんばかりにすがりつく、衣梨奈。
そして。

「この景色がさくらちゃんの心のありようなら。そのキモい蛇を全部ぶった切ればいいっちゃろ?そんなの、簡単やけん」
「まーた始まったよえりちゃんの根拠のない自信。でも、今回はそれに乗るしかないかな」

衣梨奈の適当な発言がこれほど力強く感じたことはない。
そして香音自身も強く、信じる。この状況の、打開を。


「まさが…ううん、みんながさくらちゃんのこと、助けるから!!」

さらに優樹が飛びつくことで。
里保と衣梨奈、香音の周りに、全員が集まる。
自然に手と手を取り合い、繋がってゆく。

「そんな…どうして…だってみんなに迷惑が…」
「不安、だよね。けど、諦め切った人間は不安なんて感じない。だから私たちは信じる。きっとこの手で田中さんを、さくらちゃんを
助け出せることを」

聖の言葉をきっかけに、全員の体が激しく光る。
共鳴現象。
衣梨奈の力でさくらの精神世界という一つの場所に集められたリゾナンターたちは、互いが互いの魂を鳴り響かせる。

濃桃、赤、黄緑、緑、蜂蜜色、青、橙、翡翠色。
虹のように紡がれた八色の光が、さくらを包み込む闇の鎖へと突き刺さる。
だが、漆黒の大蛇はびくともしない。

「そんな!!!!」
「みなさん、やめてください!!このままじゃみなさんの精神が!!!」

必死に首を振るさくらだが、さくらを捕らえる大蛇たちがそれを許さない。
やがて大蛇たちの首が、徐々に変化してゆく。
鋭利な刃物、弩、槍、ライフル銃、火炎放射器、激酸を放出するノズル、鉄球、レールガン。
現実の世界で何度もリゾナンターの命を奪ってきた殺傷兵器たち。


それらが、一斉に八人の少女に牙を剥く。
それでも繋がれた手は離されない。それぞれが、自らの精神を打ち砕かれようともさくらを救う覚悟なのだ。

だが、それぞれの武器は無感情にそれぞれのターゲットに狙いを定める。
精神を亡き者にしようと兵器たちが口を開いたその時。

「さゆみの後輩たちに、指一本触れさせない!!!!」

薄桃色の光が、辺りを包む。
全員が、声のするほうを見るまでもなく。
それが誰なのかを知っていた。

「道重さん!!!!!!!!」

八人が手を繋ぐ向こう側に。
リゾナンターのリーダー、道重さゆみは立っていた。





投稿日:2014/04/28(月) 12:39:01
























最終更新:2014年04月30日 00:24