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「ちょっと!!みんな、待って!!!!」
里保の叫びに、全員が一斉に足を止める。
「どうしたの里保ちゃん」
「里保、怖気づいてると?」
香音と衣梨奈が里保に歩み寄る。
しかし、里保はゆっくりと首を振った。
「わからない。でも、今は何の考えなしにそこへ近づいちゃいけない気がする」
「それってどういう…」
ほぼ、直感に近い感覚。
それを里保は他の者に説明できずにいた。
聖が里保の言葉の真意を正そうとしたその時。遥が、急にその場にへたり込む。
「は、ハル死んだ。変な大砲で身体を粉々にされて」
不可解な発言。
本人は顔を青くして死んだと言っているが、見た目はいつもの遥と変わりない。
「ちょっと、鞘師さんもどぅーも変だよ。急に何を…痛ッ」
状況に困惑していた亜佑美が突然、頭を押さえ始めた。
原因不明の、としか言いようのない激痛が急に襲いかかったのだ。
「なにこれ…何が起こってるの?」
「わからん。もうメチャクチャやけん」
聖も、衣梨奈も理解できない。
自分達に降りかかった現象を。いや、「降りかかっていた」現象を。
「あの…もしかして」
そんな折だった。
春菜が、恐る恐る口を開いたのは。
「はるなん?」
「もしかして、さくらちゃんの時間を操作する能力が、いつの間にか働いてるんじゃないでしょうか…?」
「でも、さくらちゃんは気を失ってるし」
「わかりません。でも、そう考えるのが一番しっくり来るんです」
もしもさくらの能力で延々と時間を巻き戻され続けていたとしたら。
そして、その巻き戻された時間の中で遥の言うような凄惨な事態が起こっていたとしたら。
ありえない話ではない。それでも。
「でもさ、それだったらおかしくない?だってあいつの能力は時間を操作することだから、ハルが死んだなんて記憶はないはずじゃん!」
「確かに。うちらはきっと時間を巻き戻されていることなんて知らずに永遠にあの機械に向かって走ることを続けてるんだろうね」
「じゃあ。もし、さくらちゃんの巻き戻した時間の流れが、少しずつ綻びかけてるとしたら?」
新しい仮定を投げかけたのは、里保。
彼女が最初に気づいた違和感は、優樹がずっと床の一点を見ているということだった。
「ねえまーちゃん。まーちゃんは何でずっと床なんて見てたの?」
そして、それを本人に質す。
すると、それまでぼーっとしていた優樹が言葉を発した。
「なんかね。床の一部分だけが、どろどろに融けてたの。そこに、まさが走っていって、そこの床みたいに、どろどろになっちゃうよう
な気がして」
一同が顔を見合わせる。
全員の記憶が混乱し、混雑している。
もし、里保の仮定が正しいとしたならば。
「その推理、私も参加してよろしいですか?」
それまで、黙ってリゾナンターたちの様子を見ていた白衣の科学者が、ようやく口を開いた。
「マルシェ!お前、一体何を!!」
「…ようやく『時の迷宮』から抜け出すことができたようですね。まずはおめでとうございますと言っておきましょうか」
いきり立つ亜佑美を他所に、含みを持たせた台詞を口にする紺野。
「時の迷宮」、それはまさに八人が陥っていた現象を指すのは明らかだった。
「それにしても、『時間編輯』現象を実際に目の当たりにするとさすがに感慨深いものを覚えますね。これを手放すとなると少々惜しい
気もしますが」
「人の話聞いとう!?無視すんな!!!」
「おっとこれは失礼。何をしたか、でしたか。あなたたちの疑問は。いいでしょう。簡潔に説明すれば、こういうことです」
衣梨奈、いやその場に居る全員からすればいかにも勿体ぶったような紺野の言い回し。だが、その不快感を上回るほどに。
「あなたたちはさくらの『時間編輯』に取り込まれて、機械の防衛システムによって何度も死んでいるんですよ」
仮定としては存在していた可能性だったが、改めて第三者から言われるとその衝撃は想像を絶するものだった。
「やっぱり…私たちは何度も死んでいたんですね。そしてさくらちゃんの力によってその度に死ぬ前の状態まで戻されて」
「その通りです。防衛システムの武器については多分に私の趣味が入ってますが、用は共鳴の力の抽出の邪魔をされなければ何でもよか
ったんです。迂闊に近づけば必ずあなたたちの命を奪うように設計されている」
春菜の言葉を裏付けるように、紺野は淡々と事実を述べた。
裏を返せば、それはさくらの能力自体が防衛システムの一環として働いていることを意味していた。
「さくらちゃんが、さくらちゃんがそんなことするはずない!!」
だから、真っ先に優樹が反論した。
子供特有のまっすぐな、それでいて怒りに満ちた瞳を向ける優樹。
「なるほど。しかし。現実にあなたの大好きな『たなさたん』の能力を奪い取ろうとしているのもまた、さくら自身の能力なんですよ」
「嘘だ!そんなの信じない!!」
「まあいいでしょう。確かに、私が今述べたことがさくらの能力によるものであると同時に、死んだあなたたちの時間を巻き戻している
のもまた、彼女の能力によるものですからね」
そこで、香音の頭に何かが引っかかる。
確かに紺野の言う事は一見筋が通っているように聞こえる。けれど、何か大事なことが欠けている。そう、思わざるを得なかった。
「あんたの言い回し…妙だ。あんたの言葉に一回も、さくらちゃんの意思に関する内容が出てこない。どうして?」
疑問がそのままストレートに言葉となる。
すると、紺野は嬉しそうに口角を上げてみせた。
「よく気がつきましたね。そう。さくらは。彼女の意思とは無関係に『時間編輯』の力を撒き散らしている。暴走、に近いのかもしれま
せん」
「暴走?」
「ええ。『時間編輯』とは使用時の前後5秒間に起こった事実を任意に改変することのできる能力。それは『時間停止』をはるかに超え
る神の領域とも言える能力です。ただ、それだけに反動も大きい…論より証拠です。これを見てください」
紺野が、どこからか出してきた一本のゴム紐。
その真ん中辺りの二箇所をばっさりと鋏で切る。
「ゴム紐が時間だとすれば、鋏はさくらの能力。切り取られた時間は消えてしまう。残された時間は結びつき、再び時の流れを取り戻す」
ゴムの両端だった部分を丁寧に結び、再び一本のゴム紐にする。
「もちろん、これでは切り取られる前の時間と比べて明らかに短い。そこで、時間は整合性を取ろうとしてこのような状態になります」
両端を、左右に思い切り引っ張る紺野。
ゴム紐はあちこちが裂け、明らかに限界を超えていた。
「さすが科学の先生っちゃね、判りやすい説明ありがとう。要するに、今のさくらちゃんはそういう状態に置かれてるってことやろ」
まるで理科室での実験のようなことをしてみせる紺野に、衣梨奈が苛立ちつつ問う。
実際、悠長に話している場合ではない。
「そうです。だからあなたたちは彼女に近づけば、たちまちのうちに時の暴走に巻き込まれる。機械から繰り出される攻撃を防御したこ
とも、なかったことに。そしてその攻撃によって無残に惨殺されたことすら、なかったことに。ただし」
「……」
「綻びが少しずつ、できているようです」
その言葉が指し示すもの。
それが恐らく、時がなかったことにしたはずの床の変形。
火傷の跡。時のループをさらに繰り返せばそれどころの話で済まないのは、明白だった。
「まあ、それがあなたたちに残された最後の希望なのかもしれませんね。田中れいなの共鳴の力が完全に接収されるのが先か。あなた
たちが彼女を救い出すのが先か。遠いこの場所から見守らせていただきますよ」
紺野の姿が、テレビを消したかのようにぷつりと消える。
後に残ったのは、なんとも言えない苛立ちのみだった。
「くそ!あの科学者、むかつくなあ!!」
「あゆみん、今は田中さんとあゆみんを助ける事だけを考えないと」
いきり立つ亜佑美だが、春菜の言うことはもっともだった。
こうしている間にも「田中れいなの共鳴の力の接収」は現在進行形で行われている。それを止めなければ二人の身に危険が及ぶのは間
違いない。
「でも、どうすれば」
「…衣梨奈がやる」
一歩前に出る、衣梨奈。
慌てて制止に掛かるのは香音だ。
「バカ生田!どうせノープランなんでしょ!!」
「ふっふふふ。プランならあるけん。それは」
「それは?」
いつものように、自信たっぷりに、それでいて妙なテンションの笑顔を見せる衣梨奈。
どんな策があるのか、一同の視線が集まる中。
「衣梨奈が精神の触手を伸ばして、さくらちゃんの中に入る!!」
「ええええっ!!!!?」
問題発言。
特に、里保はオーバーアクション気味な身振りで驚く。
「精神干渉」能力ならば、衣梨奈が言っていたようなこともあるいは可能だろう。精神の触手さえも時の暴走に巻き込まれる可能性も
なくもないが、やってみる価値はある。
だが、衣梨奈の使役する力は「精神干渉」ではなく「精神破壊」。
かつて憑依系の能力者の手にかかり衣梨奈の手により窮地を脱したものの、一歩間違えれば敵もろとも精神を焼き尽くされそうにな
った里保。彼女が慌てるのも無理はない話だった。
「えりぽんそれはちょっと…」
「大丈夫。新垣さんが言うとったけん。『精神破壊』は『精神干渉』能力の未完成形、って。訓練すれば、必ず能力は『精神干渉』
になるって」
意味不明な自信はともかく、言っている事は理に叶っていた。
相手の精神に働きかける、という意味では二つの能力はとてもよく似ている。それが破壊の力に繋がるか、絶妙なバランスで相手
の精神に干渉するかの差。ただ。
「えりちゃん自信満々に言ってるけどさ、できるの?」
「やったことないけど、できる!だって衣梨奈は世界一の能力者を目指してるけんね!!」
香音の冷静な突っ込みに対し、この根拠の無い答え。
普段の会話なら頭を抱え呆れるところだろうが、メンバーたちはそうしなかった。
衣梨奈の背中を、一同が見つめる。
彼女の、いや、この場にいる全員の考えていることが、全員に理解できる。
さくらちゃんを、そして田中さんを助けたい。
シンプルだが、それが全て。
わかりやすいキーワードは瞬く間にリゾナンターたちに伝わっていった。
聖から濃桃色の、里保から赤色の、香音からは緑色の。
春菜からは蜂蜜色の、亜佑美からは青色の。遥からは橙色の、優樹からは翡翠色の。
オーラのような、何かが溢れ、それが先頭の衣梨奈の黄緑色のそれに流れ込んでゆく。混ざりあい、互いが互いの色に融けてゆくよう
にひとつになったそれは、激しく白く輝きだした。
融合した後も、互いが互いに働きかけ、それがさらなる響きとなって輝きを増す。
共鳴。彼女たちがたった一つだけ持つ、何ものも抗う事のできない力。
色は、心の色。能力の源。それらが、めいめいに影響し影響され、一度巻き起こったつむじ風がやがて周囲の空気を大きな力で引きず
り込むハリケーンのように。
「いっけええええええええええ!!!!!!!!!!!」
衣梨奈が、囚われのさくらを視界に捉えた。
ぎりぎりまで引き絞った、矢のように鋭い黄緑色の光がさくら目がけて飛ぶ。
七つの色を従えた精神の触手は機械に抱かれた眠り姫の前で弾けると、たくさんの細かい光の粒となって消えていった。
投稿日:2014/04/20(日) 00:52:34
最終更新:2014年04月28日 09:29