「女王陛下、ロマリア巡礼団……ただいま、ただいま帰還いたしました!」
「ミシェル、それに皆さん。よくぞ、よくぞ帰ってきてくれました」
「ミシェル、それに皆さん。よくぞ、よくぞ帰ってきてくれました」
そう、あのサビエラ村での戦い以来、帰路を急ぎに急いできたミシェルたち一行がとうとう母国への帰還を果たしたのだ。
ミシェル以下銃士隊、ギーシュ以下の水精霊騎士隊の誰もが薄汚れた姿とボロボロの身なりのままで、一目見ただけでアンリエッタにも彼女たちの苦労が忍ばれた。
隣に控えているアニエスも感無量といった様子で、表情こそ抑えているものの、後ろに回した手がわずかに震えている。反対側に控えたカリーヌは感情が見えないが、帰ってきた彼女たちを見る目は穏やかだ。
ミシェル、ギーシュらはアンリエッタにロマリアであったことの詳細をすべて報告した。ロマリアがもはや闇の勢力の手の中にあること、そして消息不明となった才人とルイズのことを。
「申し訳ありません姫様。わたくしたちの力が足りないばかりに、姫様の大切なご親友までも」
「いいえ、あなたたちの責任ではありません。ロマリアからの通達があったときに、わたしも覚悟を決めていました。ルイズとサイトさんの身になにかあったことは間違いないのですね。なに、ルイズのことです、きっとどんな困難も乗り越えて帰ってきてくれるでしょう。それよりもミシェル、あなたこそサイトさんを失ってよく戻ってきてくれました」
「わたしも姫様がミス・ヴァリエールを信じていると同じようにサイトを信じています。きっとあいつは帰ってきます。帰ってこないなら、こっちから探しに行きます。そのためにも、わたしが先に折れちゃだめなんです」
強い意志を秘めたミシェルの眼に、アンリエッタやアニエスは、以前のミシェルとは大きく違ったなにかを感じた。
一方で、ルイズの母であるカリーヌの表情はやはり読めない。娘への信頼感か、可愛い子には旅をさせろと思っているのか、それとも若かりしころにくぐってきた冒険の数々を思い出しているのだろうか。ティファニアはそんなカリーヌの姿に、遠い思い出のかなたの母を思い起こしていた。
失ったものは大きい、だが同時に得たものも大きかった。なにより、アンリエッタは欲していた情報を手にすることができたのだ。
「ロマリアが、教皇陛下がそんなことになっていようとは、世の中の人は想像だにしないでしょうね。ですがこれで、聖戦に対するわたしの姿勢は決まりました。なんとしてでもロマリアを止めなくては、ハルケギニアは人間とエルフの共倒れになってしまうでしょう」
「女王陛下、我ら水精霊騎士隊は全力で陛下をおささえします。聖戦に迷っている貴族の中で、我らの家族親類の説得はお任せください」
「ありがとう、ミスタ・グラモン。あなたのお父様が聖戦反対に回ってくださればとても心強いですわ。ですが、トリステイン一国が聖戦反対にまわったところでたかが知れているでしょう。アルビオンのウェールズ様にはわたしからお話しするとして、ゲルマニアかガリアのどちらかでも聖戦反対に回らせることができれば」
トリステインは小国で発言力は弱い。アルビオンも復興中で、トリステインと今では国力に大差はない。大国であるガリアとゲルマニアの両国の発言力は強いけれど、ロマリアはジョゼフを虚無の担い手である英雄王として大々的に宣伝している。ジョゼフがロマリアと手を組んでしまった以上、ガリアの立場を動かすには王座交代でもしないことには不可能だろう。もう一方のゲルマニアは、アルブレヒト三世が俗物なために強いほうにつくだろう。正義感を持たずに勝ち馬に乗ろうとするだけのあの男を説得するのはかなり困難だ。
このままでは、最悪ハルケギニアは聖戦賛成派と反対派の国で戦争になる。いや、教皇にとってみればそれも望むところなのだろう。
アンリエッタはつくづくトリステインの力のなさにむなしさを覚えた。女王などともてはやされたところで、自分の意思の届くところなどはハルケギニアから見たら猫の額のような範囲にすぎない。
「アルビオンはヤプールの策謀で大きな傷を負って、やっと立ち直りかけているところです。あまり無理を言うことはできません。それにしても、次はロマリアのヴィットーリオ聖下が下僕にされるとは、ヤプールの陰謀の根はどこまで深いというのでしょうか」
ヤプールはこれまで、数々の常識を超えた作戦でハルケギニアを狙ってきた。残念ながらこちらはその度に後手後手に回るしかなく、歯がゆい思いをし続けてきた。
しかも、今度はアルビオンと違ってトリステインの力が及ばないロマリアの、教皇が敵である。よく考えたものだ、このままではハルケギニアは自滅の道を一直線となる。
奴は以前、サハラでの戦いで戦力の大半を失ってしばらくおとなしくしていたが、裏では陰謀の根を張り巡らせていたということか。それが、ファーティマが襲われたことからも考えて、ついに表立って動き始めたということなのか。
宇宙は広く、アンリエッタたちがロマリアの異変もヤプールの仕業だと勘違いしてしまったのも仕方がない。だが、真実がどうだとしても問題の深さが緩和されるわけではなかった。
アンリエッタの憂鬱は、そのままここにいる全員の憂鬱であった。こちらは小国トリステインと満身創痍のアルビオンの二国に対して、敵はハルケギニアの精神世界の支配者であるロマリアと大国ガリア。力関係の是非など考えるまでもなく頭が痛くなってくる。どう考えても真っ向から戦って勝てる相手ではない。
だが、どうにかしなくてはハルケギニアは滅びる。なにか、状況をひっくり返す妙案はないものかと考えても、アンリエッタにも、アニエスやもちろんギーシュたちにもなにも浮かびはしなかった。
ところがそのときである。謁見の間の硬く閉ざされた扉が激しく外から叩かれ、女王陛下に緊急の知らせがと兵士が伝えてきた。
「何事ですか、わたくしは今些少の用に関わっている暇はないのです」
「お、恐れながら女王陛下に申し上げます。たった今、アルビオンから緊急の竜騎士が参りました。ウェールズ国王陛下より、アンリエッタ女王陛下へと緊急の書状を持参したのことです」
「ウェールズ様から! わ、わかりました。すぐに通しなさい」
アンリエッタはウェールズから緊急の知らせと聞いて動揺したが、ウェールズから自分へということであれば少なくともウェールズの身になにかが起きたわけではないと気を落ち着かせた。
厳重な身体検査を受けた使者が謁見の間に通され、使者の手から書状がまずはカリーヌに手渡された。もしも怪しげなところがあれば即座に仕掛けごと撃滅するためだ。
「問題はありません。確かにアルビオン王家からのものです、魔法の封印は解除しました。どうぞ」
「ありがとうございます。皆さん、お話の途中ですが、しばし失礼いたします」
玉座に座ったまま、アンリエッタはウェールズからの書状に目を通し始めた。
澄んだ瞳が広げられた書状の上をすべる。その様子を、アニエスやミシェル、ギーシュたちはじっと控えたまま見守り続けた。
しかし、書状を読み進めるアンリエッタの表情がしだいに険しくなり、冷や汗さえ浮かび始めたではないか。
「こ、これは……なんということでしょう」
「じ、女王陛下、ウェールズ国王陛下はいったいなんと言ってきたのですか?」
アンリエッタのただならぬ様子にアニエスが質問した。むろん、ほかの皆の視線もアンリエッタに注がれる。だが、アンリエッタは彼らの疑問に答えることなく怒鳴るように命じた。
「アニエス、すぐに竜籠の準備を! グリフォンでもマンティコアでもかまいません。アルビオンに使者を送る、最短の方法を用意しなさい。それからカリンさま、大至急ここにミス・エレオノールを呼んでくださいませ!」
「ひ、姫様? いったいどうしたと」
「事は一刻を争います。とにかく先に手配をしてください。それにミシェル、疲れているところをすみませんが、あなたにもアルビオンに飛んでもらいます」
有無を言わせないアンリエッタの剣幕に、カリーヌを除く全員が圧倒されていた。
しかし、アンリエッタをここまで慌てさせ、かつミシェルを必要とする事態とはいったいなんなのであろうか? アンリエッタはアニエスが手配のために出て行き、カリーヌが召還文を託した使い魔を飛ばすと、呼吸を落ち着かせて話し始めた。
「皆さんにもこれからお話しします。ですがどうやら、事態は我々が考えているほど単純ではないようです」
緊張したアンリエッタの口から、ウェールズが伝えてきたアルビオンで発生した”ある問題”と、それに関する相談が語られた。
カリーヌを除く全員の顔が驚きを隠せずに歪む。いったいアルビオンでなにが起きたというのであろうか? そして、それがトリステインにどう関係してくるというのであろうか?
ミシェル以下銃士隊、ギーシュ以下の水精霊騎士隊の誰もが薄汚れた姿とボロボロの身なりのままで、一目見ただけでアンリエッタにも彼女たちの苦労が忍ばれた。
隣に控えているアニエスも感無量といった様子で、表情こそ抑えているものの、後ろに回した手がわずかに震えている。反対側に控えたカリーヌは感情が見えないが、帰ってきた彼女たちを見る目は穏やかだ。
ミシェル、ギーシュらはアンリエッタにロマリアであったことの詳細をすべて報告した。ロマリアがもはや闇の勢力の手の中にあること、そして消息不明となった才人とルイズのことを。
「申し訳ありません姫様。わたくしたちの力が足りないばかりに、姫様の大切なご親友までも」
「いいえ、あなたたちの責任ではありません。ロマリアからの通達があったときに、わたしも覚悟を決めていました。ルイズとサイトさんの身になにかあったことは間違いないのですね。なに、ルイズのことです、きっとどんな困難も乗り越えて帰ってきてくれるでしょう。それよりもミシェル、あなたこそサイトさんを失ってよく戻ってきてくれました」
「わたしも姫様がミス・ヴァリエールを信じていると同じようにサイトを信じています。きっとあいつは帰ってきます。帰ってこないなら、こっちから探しに行きます。そのためにも、わたしが先に折れちゃだめなんです」
強い意志を秘めたミシェルの眼に、アンリエッタやアニエスは、以前のミシェルとは大きく違ったなにかを感じた。
一方で、ルイズの母であるカリーヌの表情はやはり読めない。娘への信頼感か、可愛い子には旅をさせろと思っているのか、それとも若かりしころにくぐってきた冒険の数々を思い出しているのだろうか。ティファニアはそんなカリーヌの姿に、遠い思い出のかなたの母を思い起こしていた。
失ったものは大きい、だが同時に得たものも大きかった。なにより、アンリエッタは欲していた情報を手にすることができたのだ。
「ロマリアが、教皇陛下がそんなことになっていようとは、世の中の人は想像だにしないでしょうね。ですがこれで、聖戦に対するわたしの姿勢は決まりました。なんとしてでもロマリアを止めなくては、ハルケギニアは人間とエルフの共倒れになってしまうでしょう」
「女王陛下、我ら水精霊騎士隊は全力で陛下をおささえします。聖戦に迷っている貴族の中で、我らの家族親類の説得はお任せください」
「ありがとう、ミスタ・グラモン。あなたのお父様が聖戦反対に回ってくださればとても心強いですわ。ですが、トリステイン一国が聖戦反対にまわったところでたかが知れているでしょう。アルビオンのウェールズ様にはわたしからお話しするとして、ゲルマニアかガリアのどちらかでも聖戦反対に回らせることができれば」
トリステインは小国で発言力は弱い。アルビオンも復興中で、トリステインと今では国力に大差はない。大国であるガリアとゲルマニアの両国の発言力は強いけれど、ロマリアはジョゼフを虚無の担い手である英雄王として大々的に宣伝している。ジョゼフがロマリアと手を組んでしまった以上、ガリアの立場を動かすには王座交代でもしないことには不可能だろう。もう一方のゲルマニアは、アルブレヒト三世が俗物なために強いほうにつくだろう。正義感を持たずに勝ち馬に乗ろうとするだけのあの男を説得するのはかなり困難だ。
このままでは、最悪ハルケギニアは聖戦賛成派と反対派の国で戦争になる。いや、教皇にとってみればそれも望むところなのだろう。
アンリエッタはつくづくトリステインの力のなさにむなしさを覚えた。女王などともてはやされたところで、自分の意思の届くところなどはハルケギニアから見たら猫の額のような範囲にすぎない。
「アルビオンはヤプールの策謀で大きな傷を負って、やっと立ち直りかけているところです。あまり無理を言うことはできません。それにしても、次はロマリアのヴィットーリオ聖下が下僕にされるとは、ヤプールの陰謀の根はどこまで深いというのでしょうか」
ヤプールはこれまで、数々の常識を超えた作戦でハルケギニアを狙ってきた。残念ながらこちらはその度に後手後手に回るしかなく、歯がゆい思いをし続けてきた。
しかも、今度はアルビオンと違ってトリステインの力が及ばないロマリアの、教皇が敵である。よく考えたものだ、このままではハルケギニアは自滅の道を一直線となる。
奴は以前、サハラでの戦いで戦力の大半を失ってしばらくおとなしくしていたが、裏では陰謀の根を張り巡らせていたということか。それが、ファーティマが襲われたことからも考えて、ついに表立って動き始めたということなのか。
宇宙は広く、アンリエッタたちがロマリアの異変もヤプールの仕業だと勘違いしてしまったのも仕方がない。だが、真実がどうだとしても問題の深さが緩和されるわけではなかった。
アンリエッタの憂鬱は、そのままここにいる全員の憂鬱であった。こちらは小国トリステインと満身創痍のアルビオンの二国に対して、敵はハルケギニアの精神世界の支配者であるロマリアと大国ガリア。力関係の是非など考えるまでもなく頭が痛くなってくる。どう考えても真っ向から戦って勝てる相手ではない。
だが、どうにかしなくてはハルケギニアは滅びる。なにか、状況をひっくり返す妙案はないものかと考えても、アンリエッタにも、アニエスやもちろんギーシュたちにもなにも浮かびはしなかった。
ところがそのときである。謁見の間の硬く閉ざされた扉が激しく外から叩かれ、女王陛下に緊急の知らせがと兵士が伝えてきた。
「何事ですか、わたくしは今些少の用に関わっている暇はないのです」
「お、恐れながら女王陛下に申し上げます。たった今、アルビオンから緊急の竜騎士が参りました。ウェールズ国王陛下より、アンリエッタ女王陛下へと緊急の書状を持参したのことです」
「ウェールズ様から! わ、わかりました。すぐに通しなさい」
アンリエッタはウェールズから緊急の知らせと聞いて動揺したが、ウェールズから自分へということであれば少なくともウェールズの身になにかが起きたわけではないと気を落ち着かせた。
厳重な身体検査を受けた使者が謁見の間に通され、使者の手から書状がまずはカリーヌに手渡された。もしも怪しげなところがあれば即座に仕掛けごと撃滅するためだ。
「問題はありません。確かにアルビオン王家からのものです、魔法の封印は解除しました。どうぞ」
「ありがとうございます。皆さん、お話の途中ですが、しばし失礼いたします」
玉座に座ったまま、アンリエッタはウェールズからの書状に目を通し始めた。
澄んだ瞳が広げられた書状の上をすべる。その様子を、アニエスやミシェル、ギーシュたちはじっと控えたまま見守り続けた。
しかし、書状を読み進めるアンリエッタの表情がしだいに険しくなり、冷や汗さえ浮かび始めたではないか。
「こ、これは……なんということでしょう」
「じ、女王陛下、ウェールズ国王陛下はいったいなんと言ってきたのですか?」
アンリエッタのただならぬ様子にアニエスが質問した。むろん、ほかの皆の視線もアンリエッタに注がれる。だが、アンリエッタは彼らの疑問に答えることなく怒鳴るように命じた。
「アニエス、すぐに竜籠の準備を! グリフォンでもマンティコアでもかまいません。アルビオンに使者を送る、最短の方法を用意しなさい。それからカリンさま、大至急ここにミス・エレオノールを呼んでくださいませ!」
「ひ、姫様? いったいどうしたと」
「事は一刻を争います。とにかく先に手配をしてください。それにミシェル、疲れているところをすみませんが、あなたにもアルビオンに飛んでもらいます」
有無を言わせないアンリエッタの剣幕に、カリーヌを除く全員が圧倒されていた。
しかし、アンリエッタをここまで慌てさせ、かつミシェルを必要とする事態とはいったいなんなのであろうか? アンリエッタはアニエスが手配のために出て行き、カリーヌが召還文を託した使い魔を飛ばすと、呼吸を落ち着かせて話し始めた。
「皆さんにもこれからお話しします。ですがどうやら、事態は我々が考えているほど単純ではないようです」
緊張したアンリエッタの口から、ウェールズが伝えてきたアルビオンで発生した”ある問題”と、それに関する相談が語られた。
カリーヌを除く全員の顔が驚きを隠せずに歪む。いったいアルビオンでなにが起きたというのであろうか? そして、それがトリステインにどう関係してくるというのであろうか?
それはこの前日、東方号がキングザウルス三世に襲われている頃にアルビオンで起きていた。
内乱から立ち直り、復興を進めているアルビオン王国。その首都ロンディニウムのハヴィランド宮殿で、ひとつの異変がウェールズ新国王のもとに持ち込まれていた。
「陛下、陛下! 大変、大変ですぞ!」
「どうした大臣? そんな慌てふためくと、せっかく平和が来てほっとしている民が不安がるぞ、落ち着いて報告したまえ」
「申し訳ありません。ですが陛下、信じられないことです。宝物庫においでください。我が王国の秘宝が、あの宝箱が動き出したのです」
「な、なんだって!」
仰天したウェールズは、休憩時間の紅茶も放り出して駆け出した。
ハヴィランド宮殿の宝物庫、そこには王国が伝統とともに受け継いできた数々の宝が仕舞われていたが、そこの奥深くに収められた一抱えほどもある金属の箱が鈍い光を放っていた。
「こ、これは……確かに動いている。伝説では、この数千年間、なにをしても開く気配すらなかったというのに」
ウェールズの目の前で不思議な光を放つ銀色の箱、それはアルビオン王国に、一説では始祖の時代から伝わっているとされ、守り通すように伝えられている家宝であった。見た目は銀色の金属の箱だが、実際になにでできていて何が入っているのかは誰も知らない。開けようとしても、どんな力も魔法も通じなかった。ウェールズ自身も、子供の頃は遊び道具にしているうちにむきになって開けようといろいろ試みたものの、結局傷ひとつつけることはできなかったのだ。
それが、今このときに開こうとしている。いったい何故? しかし、その疑問に答えが出る前に、箱は静かに開き、その中のものをウェールズの前に現した。
「こ、これは……岩、か?」
箱の中に入っていたのは、一抱えほどの黒々とした岩であった。
唖然とするウェールズ。なんということだ、我が王国が代々守ってきた秘宝の中身がただの岩? これだけもったいつけて開いた宝箱の中身がただの岩だというのか?
落胆の暗さでウェールズの目の前がくらくらと歪む。しかし、落胆するのはまだ早かった。
「へ、陛下、岩が、岩が光り始めました!」
「なに? な、なんと!」
岩が突然まばゆく輝き始めた。
これはいったい? やはり、王国の秘宝はただの岩ではなかったというのか!
光は岩を包んで膨れ上がり、やがて子供ほどのサイズになると唐突に消えた。そして、そこに残っていたのは。
「きゅう~?」
あっけにとられるウェールズたち。なんと彼らの目の前には、赤い体をした見たこともない生き物が、眠たげな顔をしてちょこんと立っていたのだ。
「こ、これは……これが、我が王国の秘宝の正体……?」
見るからに弱そうなとぼけた姿。これが、数千年来守ってきた秘宝? このちっぽけで奇妙な動物に、なんの意味があるというんだ?
混乱するウェールズたちの前で、不思議な生き物は子供のように無邪気にぴょんぴょん飛び跳ねて周りを見渡していた。その様子に、敵意などは感じられない。
というよりも、むしろ愛くるしささえ感じさせる容姿に、その場に立ち会っていた女性兵士のひとりはうっとりと顔を緩めていた。
だが、ウェールズはふと、その生き物が首からひも付きの小箱を提げているのに気づいた。
内乱から立ち直り、復興を進めているアルビオン王国。その首都ロンディニウムのハヴィランド宮殿で、ひとつの異変がウェールズ新国王のもとに持ち込まれていた。
「陛下、陛下! 大変、大変ですぞ!」
「どうした大臣? そんな慌てふためくと、せっかく平和が来てほっとしている民が不安がるぞ、落ち着いて報告したまえ」
「申し訳ありません。ですが陛下、信じられないことです。宝物庫においでください。我が王国の秘宝が、あの宝箱が動き出したのです」
「な、なんだって!」
仰天したウェールズは、休憩時間の紅茶も放り出して駆け出した。
ハヴィランド宮殿の宝物庫、そこには王国が伝統とともに受け継いできた数々の宝が仕舞われていたが、そこの奥深くに収められた一抱えほどもある金属の箱が鈍い光を放っていた。
「こ、これは……確かに動いている。伝説では、この数千年間、なにをしても開く気配すらなかったというのに」
ウェールズの目の前で不思議な光を放つ銀色の箱、それはアルビオン王国に、一説では始祖の時代から伝わっているとされ、守り通すように伝えられている家宝であった。見た目は銀色の金属の箱だが、実際になにでできていて何が入っているのかは誰も知らない。開けようとしても、どんな力も魔法も通じなかった。ウェールズ自身も、子供の頃は遊び道具にしているうちにむきになって開けようといろいろ試みたものの、結局傷ひとつつけることはできなかったのだ。
それが、今このときに開こうとしている。いったい何故? しかし、その疑問に答えが出る前に、箱は静かに開き、その中のものをウェールズの前に現した。
「こ、これは……岩、か?」
箱の中に入っていたのは、一抱えほどの黒々とした岩であった。
唖然とするウェールズ。なんということだ、我が王国が代々守ってきた秘宝の中身がただの岩? これだけもったいつけて開いた宝箱の中身がただの岩だというのか?
落胆の暗さでウェールズの目の前がくらくらと歪む。しかし、落胆するのはまだ早かった。
「へ、陛下、岩が、岩が光り始めました!」
「なに? な、なんと!」
岩が突然まばゆく輝き始めた。
これはいったい? やはり、王国の秘宝はただの岩ではなかったというのか!
光は岩を包んで膨れ上がり、やがて子供ほどのサイズになると唐突に消えた。そして、そこに残っていたのは。
「きゅう~?」
あっけにとられるウェールズたち。なんと彼らの目の前には、赤い体をした見たこともない生き物が、眠たげな顔をしてちょこんと立っていたのだ。
「こ、これは……これが、我が王国の秘宝の正体……?」
見るからに弱そうなとぼけた姿。これが、数千年来守ってきた秘宝? このちっぽけで奇妙な動物に、なんの意味があるというんだ?
混乱するウェールズたちの前で、不思議な生き物は子供のように無邪気にぴょんぴょん飛び跳ねて周りを見渡していた。その様子に、敵意などは感じられない。
というよりも、むしろ愛くるしささえ感じさせる容姿に、その場に立ち会っていた女性兵士のひとりはうっとりと顔を緩めていた。
だが、ウェールズはふと、その生き物が首からひも付きの小箱を提げているのに気づいた。
小箱の中身は、手紙と、ある”贈り物”。差出人の名は、平賀才人。
そして、この手紙と贈り物が、ハルケギニアの運命を劇的に動かすスイッチになることを、まだ誰も知らない。
そして、この手紙と贈り物が、ハルケギニアの運命を劇的に動かすスイッチになることを、まだ誰も知らない。
続く