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#navi(SERVANT'S CREED 0 ―Lost sequence―) &setpagename(memory-09 「黒衣の主は」) 翌朝……。 トリステイン魔法学院では、昨夜からの蜂の巣をつついた騒ぎが続いていた。 何せ、秘宝である『真理の書』が盗まれたのである。 それも、巨大なゴーレムが壁を破壊するといった大胆な方法で。 宝物庫には、学院中の教師が集まり、壁にあいた大きな穴を見て、呆然と口をあけていた。 壁には『真理の書、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』と大きく犯行声明が刻まれている。 それを見た教師たちは口々に好き勝手なことを喚き始めた。 「土くれのフーケ! 貴族たちの財宝を荒らしまわっているという盗賊か! 魔法学院にまで手を出しおって! 随分とナメられたもんじゃないか!」 「衛兵はいったい何をしていたんだね?」 「衛兵などあてにならん! 所詮は平民ではないか! それより当直の貴族は誰だったんだね!」 ミセス・シュヴルーズは震えあがった。昨晩の当直は、自分である。 まさか魔法学院を襲う盗賊がいるなどとは夢にも思わずに、当直をサボり、自室で眠ってしまっていたのだ。 本来ならば、夜通し門の詰め所に待機するのが決まりであった。 「ミセス・シュヴルーズ! 当直はあなたではありませんか!」 一人の教師が早速ミセス・シュヴルーズを追及し始めた。 オスマン氏が来る前に責任の所在を明らかにしておこうと言う魂胆であろう。 シュヴルーズはボロボロと泣き出してしまった。 「も、申し訳ありません……」 「泣いてもお宝は戻ってこないのですぞ! それともあなた、『真理の書』を弁償できるのですかな!」 「わたくし、家を建てたばかりで……」 シュヴルーズはよよよ、と床に崩れ落ちた。そこに、オスマンが現れた。 「これこれ、女性を苛めるものではない。……遅れて済まんな諸君、少し拾いものをしておっての」 「しかしですな! オールド・オスマン! ミセス・シュヴルーズは当直にも関わらず、呑気に自室で寝ていたのですぞ! 責任は彼女にあります!」 オスマン氏は長い口ひげをこすりながら、口からつばを飛ばして興奮するその教師を見つめた。 「ミスタ……、なんだっけ?」 「ギトーです! お忘れですか!」 「そうそう、ギトー君。君は怒りっぽくていかん。さて、この中でまともに当直をしたことのある教師は何人おられるのかな?」 オスマン氏が辺りを見回すと、教師たちはお互い、顔を見合わせると恥ずかしそうに顔を伏せた。名乗り出るものはいなかった。 「ま、これが現実じゃ。責任があるとすれば、我々全員じゃ。この中の誰もが……無論私も含めてじゃが、 まさかこの魔法学院が賊に襲われるなど、今までなかったし、夢にも思っていなかった。なにせ、ここにいるのは、ほとんどが名のあるメイジじゃからな。 誰が好き好んで、虎穴に入るかっちゅう話じゃ。……しかし、それが間違いじゃった」 オスマン氏は、壁にぽっかりあいた穴を見つめた。 「さて、このとおり、賊は大胆にも忍び込み、『真理の書』を奪おうとしてきおった。 つまり、我々は油断していたのじゃ。責任があるとすれば、我ら全員にあるといわねばなるまい」 シュヴルーズは感激してオスマンに抱きついた。 「おお、オールド・オスマン、あなたの慈悲のお心に感謝いたします。わたくしはこれからあなたを父と呼ぶことにいたします!」 オスマン氏はそんなシュヴルーズのお尻を撫でながら言った。 「ええのじゃ。ええのよ。ミセス……」 「わたくしのお尻でよかったら! そりゃもう! いくらでも! はい!」 オスマン氏はこほん、と咳をした。場を和ませるつもりで尻を撫でたのだが、誰も突っ込もうとしない。皆一様に真剣な目でオスマン氏の言葉を待っていた。 「で、犯行の現場を見ていたのは誰だね?」 気を取り直したオスマン氏が尋ねた。 「この三人です」 コルベールがさっと進み出て、自分の後ろに控える三人を指さした。 ルイズにキュルケにタバサの三人である、もちろんエツィオも傍にいたが、使い魔なので数には入っていないようだった。 「ほう……君か」 オスマン氏は、どこか感慨深げにエツィオを見つめた。 エツィオはなぜそのような視線を向けられるのか、疑問に感じつつも、すぐに腰を折り一礼した。 「初めてお目にかかります、オスマン殿……失礼ですが、私がなにか?」 「エツィオ! あんたは下がってなさい!」 ルイズはそんなエツィオを叱りつけ下がらせようとした、しかしオスマン氏はそれを手で制し、柔和な笑みを浮かべると彼に話しかけた。 「おぉこれはすまんの、ミス・ヴァリエール。彼が友人に似ていたのでな。君、名は何と?」 「エツィオ・アウディトーレ、以後お見知りおきを」 「なに、そんなにかしこまらなくてもよいぞ、若き大鷲よ。 君とはいずれ話をしてみたいと思っていた所でな、……しかし今はそのような場合ではないのが残念じゃ」 「はあ……」 「では、説明を願えるかの」 オスマン氏が説明を求めると、ルイズが進み出て見たままを述べた。 「あの、大きなゴーレムが現れて、ここの壁を壊したんです、肩に乗ってた黒いメイジがこの宝物庫に入って行って。 それを見たわたしの使い魔がゴーレムの上に飛び移って、宝物庫から出てきたフーケを止めようとして……」 「力及ばず、あと一歩のところで取り逃がしてしまいました」 後を引き継ぐようにエツィオが口を開く。 「……それで、その後はどうしたのかね?」 「その後、ゴーレムが動き出して、城壁を越えて歩き出して……最後には崩れて土になっちゃって……。 後には土しか残っていませんでした。肩に乗っていた黒いローブを着たメイジは、影も形もありませんでした」 「ふむ……」 オスマン氏は髭を撫でた。 「後を追おうにも、手掛かりは無しというわけか……」 「面目ない……」 申し訳なさそうにエツィオが呟く。 「いや、よい、メイジではない身でありながら、よくぞフーケを止めようとしてくれた。そのおかげでな」 オスマン氏は、そう言うと、懐から羊皮紙の束を取り出した。 一同の視線がその束に集まった。 「オールド・オスマン、それは?」 「ほっほ、『真理の書』の中身じゃよ、ここに来る途中、中庭に散らばっていたのを回収したものじゃ。全部拾うには少々骨が折れたがの」 それを見たエツィオが小さく「あっ……」と呟く。 そう言えば投げたナイフが賊の持っていた何かに当たり、そこからばらばらと紙片らしきものがこぼれおちていた。 と言うことは、意図的ではないにしろ、秘宝である『真理の書』を破壊してしまったということになる。 「も、申し訳ない! 私の不手際で!」 「よいよい! 見ての通り中身は無事じゃ。むしろフーケの鼻を折ってやったと考えるべきじゃて。 とは言え、残りの断片は、未だ奴の手の中にある。なんとしても取り返したいものじゃな……」 それからオスマン氏は気付いたかのようにコルベールに尋ねた。 「ときに、ミス・ロングビルはどうしたね?」 「それがその……、朝から姿が見えませんで」 「この非常時に、どこに行ったのじゃ」 「どこなんでしょう?」 そんな風に噂をしていると、ミス・ロングビルが現れた。 その姿を見たエツィオは少し驚いた様子で彼女を見つめていたが、ややあって口元に笑みを浮かべた。 「(いっ!!!)」 ……そんな彼の様子を見ていたのか、ルイズは踵で思いっきりエツィオの足を踏みつけた。 「ミス・ロングビル! どこに行ってたのですか! 大変ですぞ! 事件ですぞ!」 激痛に足を押え蹲るエツィオをよそに、興奮した調子で、コルベールが捲し立てる、しかし、ミス・ロングビルは落ち着きを払った態度で、オスマン氏に告げた。 「申し訳ありません。朝から、急いで調査をしておりましたの」 「調査?」 「そうですわ、今朝がた、起きたらこの大騒ぎではないですか、そして宝物庫はこの通り。すぐに壁のフーケのサインを見つけたので。 これが国中の貴族を震え上がらせる大怪盗の仕業と知り、すぐに調査に取り掛かりましたの」 「流石じゃミス・ロングビル、仕事が早いの」 コルベールが慌てた調子で促した。 「で、結果はどうなのですか?」 「はい。フーケの居所がわかりました」 「な、なんですと!」 コルベールが素っ頓狂な声を上げているのを無視して、オスマン氏が尋ねた。 「誰に聞いたんじゃね?ミス・ロングビル」 「はい。近在の農民に聞き込んだところ、近くの森の廃屋に入っていった黒ずくめのローブの男を見たそうです。 おそらく、彼はフーケで、廃屋はフーケの隠れ家ではないかと……」 ルイズは叫んだ。 「黒ずくめのローブ? それはフーケです! 間違いありません!」 オスマン氏は、目を鋭くして、ミス・ロングビルに尋ねた。 「そこは、ここから近いのかね?」 「はい。徒歩で半日。馬で四時間といったところでしょうか」 「すぐに王室に報告しましょう!王室衛士隊に頼んで、兵隊を差し向けてもらわなくては!」 コルベールが叫んだ。 オスマン氏はその提案に首を振ると、目を見開き怒鳴った、年寄りとは思えぬ迫力であった。 「ばかもの! 王室なんぞに知らせている間にフーケは逃げてしまうわ! その上、身にかかる火の粉を己で払えぬようで、何が貴族じゃ! 魔法学院の宝が盗まれた! これは我らの責任じゃ! 当然我らで解決する!」 ロングビルはその言葉に微笑んだ。まるで、その答えを待っていたかのようである。 その時、不意にエツィオが口を開いた。 「ちょっとまってくれ、男……? 失礼ですがミス。フーケは男なのですか?」 「ええ、間違いありませんわ」 エツィオの問いにミス・ロングビルは優雅に頷いた。 その報告を聞き、エツィオは口の端を上げて笑った。 「なるほど……オスマン殿、彼女は随分と優秀な秘書官の様だ……それに美しい」 「ほほっ、そうじゃろう、私の自慢の秘書じゃ、とくにそのお尻のさわり心地は最高……」 オスマン氏はそこまで言うと小さく咳払いをする。 「と、兎も角じゃ、これより捜索隊を編成する! 我と思う者は、杖を掲げよ!」 しかし、誰も杖を掲げようとしない。各々が、困ったように顔を見合すばかりであった。 「おらんのか? おや? どうした! フーケを捕まえて、名を上げようと思う貴族はおらんのか!」 その言葉の後も、沈黙は続く。その時であった。 「では、私が行きましょう」 一人の人間が手を上げ、すっと前に進み出た。 その人物を見て、宝物庫の中は一時騒然とした。 「エツィオ……! あんた何を……!」 当然の様に名乗りを上げた使い魔を見て、ルイズが驚いたような声を上げた。 エツィオは、まっすぐにオスマン氏を見つめ、口を開いた。 「取り逃がしたのは私の失態、あの時取り押さえていれば、被害は未然に防げた筈です」 ミセス・シュヴルーズが、驚いた声をあげた。 「しかし! 貴方はミス・ヴァリエールの使い魔、それもただの平民ではないですか! ここはメイジである教師達に任せて……」 「何より、私は敵を"見て"います、万一その黒ローブの男がフーケでなかった場合、一目でわかりますので」 そんな彼女を無視し、エツィオは言葉を続ける。 その自信あふれる振る舞いに、ミセス・シュヴルーズは思わず口を噤んでしまう。 オスマン氏は、どこか嬉しそうな笑みを浮かべ、エツィオを見つめた。 「そうか、ならば若き大鷲よ、奪還の任、君に託すとしよう」 「ありがとうございます、オスマン殿。必ずや汚名をそそいで見せましょう」 エツィオが深々と頭を下げた、その時だった。 今まで俯いていたルイズが、すっと杖を顔の前に掲げた。 それを見たエツィオが驚いて顔をあげる。 「ルイズ?」 「わたしも行きます! 使い魔だけを行かせるだなんてできません!」 ルイズはきっと唇を強く結んで言い放った。 エツィオは困ったような表情を浮かべると、諭すように話しかけた。 「なぁ、ルイズ、何も君が行くことはない。ここは俺に任せて……」 「ダメよ! 使い魔であるあんたが行くのに、主人のわたしが学院で待ってるだなんて事できないわ!」 「……危険だ、遊びに行くんじゃないんだぞ。君も見ただろう、あのゴーレムを!」 エツィオがルイズを説得しているのを見て、しぶしぶキュルケも杖を掲げた。 コルベールが驚いた声をあげた。 「ツェルプストー! 君も行くと言うのか!」 キュルケはつまらなそうに言った。 「ふん。ヴァリエールには負けられませんわ」 キュルケが杖を掲げるのを見て、タバサも掲げた。 「タバサ。あんたはいいのよ。関係ないんだから」 キュルケがそう言ったら、タバサは短く答えた。 「心配」 キュルケは感動した面持ちで、タバサを見つめた。 ルイズも唇を噛み締めて、お礼を言った。 「ありがとう……タバサ……」 「参ったな……」 そんな三人の様子を見つめながら、エツィオは心底困ったように呟いた。 こうなってしまっては、彼女らを止めることはできないだろう、無論、オスマン氏が許可しなければ始まらないのだが……。 そう思い、エツィオは望みを託すようにオスマン氏を見やる。 すると、オスマン氏はエツィオの心境を知ってか知らずか、大きく頷いた。 「そうか、では彼女らにも頼むとしよう」 その言葉を聞いて、エツィオはがっくりと肩を落とす。 計画の練り直しだ、エツィオは腕を組むと何やら深く考え込み始めた。 「オールド・オスマン! わたしは反対です! 生徒たちをそんな危険にさらすわけには!」 「では、君が行くかね? ミセス・シュヴルーズ」 「い、いえ……、わたしは体調が優れませんので……」 「彼女たちは敵を見ている、その上、ミス・タバサは若くしてシュヴァリエの称号を持つ騎士だと聞いているが?」 タバサは返事もせずに、ぼけっと突っ立っている。教師たちは驚いたようにタバサを見つめた。 「本当なの?タバサ」 キュルケも驚いている。王室から与えられる爵位としては、最下級の『シュヴァリエ』の称号であるが、 タバサの年齢でそれを与えられるのが驚きである。 男爵や子爵の爵位なら、領地を買うことで手に入れることも可能ではあるが、シュヴァリエだけは違う。 純粋に業績に対して与えられる爵位……、実力の称号なのだ。 宝物庫の中がざわめいた。 オスマン氏は、それからキュルケを見つめた。 「ミス・ツェルプストーは、ゲルマニアの優秀な軍人を数多く輩出した家系の出で、彼女自身の炎の魔法も、かなり強力と聞いているが?」 その言葉に、キュルケは得意げに赤い髪をかきあげた。 それからルイズが自分の番だとばかりに可愛らしく胸を張った。 オスマン氏は困ってしまった。褒めるところがなかなか見つからなかった。 こほん、と咳をすると、オスマン氏は目をそらした。 「その……ミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール家の息女で、その、うむ、なんだ……、 将来有望なメイジと聞いているが? しかもその使い魔は!」 それからエツィオを熱っぽい目で見つめた。 「平民ながら、あのグラモン元帥の息子である、ギーシュ・ド・グラモンと決闘して勝ったという噂だが……。 見よ、この男を、平民の身でありながら、この場にいる誰よりも貴族らしいと思わんかね?」 - オスマン氏は思った、彼が、本当に『ガンダールヴ』であり……、 -そして何より『伝説のアサシン』の再来であるならば……。土くれのフーケに、遅れを取ることはあるまい。 + オスマン氏は思った、彼が、本当に『ガンダールヴ』であり……、 +そして何より『アサシン』であるならば……。土くれのフーケに、遅れを取ることはあるまい。 コルベールが興奮した調子で、後を引き取った。 - + 「そうですぞ! なにせ、彼はガンダー……」 オスマン氏は慌ててコルベールの口を押さえた。 「むぐ! はぁ、いえ、なんでもありません! はい!」 教師たちはすっかり黙ってしまった。オスマン氏は、威厳のある声で言った。 「この三人に勝てると思う者がいるのなら、前に一歩出たまえ」 誰もいなかった。オスマン氏は、エツィオを含む四人に向き合った。 「魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する。……君達に安全と平和があらんことを」 ルイズとキュルケとタバサは、真顔になって直立すると「杖にかけて!」と同時に唱和した。 それからスカートの裾をつまみ、恭しく礼をする。それに合わせ、エツィオも優雅に一礼した。 そして、顔をあげたエツィオは一歩前に進み出て、まるで周囲に聞かせるように口をひらいた。 「オスマン殿、その『真理の書』ですが、念のため全ての断片を持って行くことを提案します」 「ほう、何故かね?」 「フーケをおびき出すエサになるかもしれません、ご安心を、私が責任を持ってお預かりします」 「ふむ……そうじゃな、では君に預けよう」 「感謝いたします……それと、もう一つ」 『真理の書』の断片を受け取ったエツィオは、オスマン氏の耳元でなにやら小声で囁く。 オスマン氏は少々首を傾げはしたものの、ややあって頷いた。 「ふむ、よかろう、では馬車を用意する。それで向かうのじゃ。魔法は目的地に着くまで温存したまえ。ミス・ロングビル!」 「はい。オールド・オスマン」 「彼女たちを手伝ってやってくれ」 ミス・ロングビルは頭を下げた。 「もとよりそのつもりですわ」 四人はミス・ロングビルを案内役に早速出発した。 馬車といっても、屋根ナシの荷車のような馬車であった。 襲われたときに、すぐに外に飛び出せるほうが良いということで、このような馬車にしたのである。 最初、エツィオが御者を買って出たが、万一の時に対処できるようにと、ロングビルが御者をすることになった。 キュルケが黙々と手綱を握るロングビルに話しかけた。 「ミス・ロングビル……手綱引きなんて、付き人にやらせればいいじゃないですか」 ミス・ロングビルは、にっこりと笑った。 「いいのです。わたくしは、貴族の名をなくした者ですから」 キュルケはきょとんとした。 「だって、貴女はオールド・オスマンの秘書なのでしょ?」 「ええ、でも、オスマン氏は貴族や平民だということに、あまり拘らないお方です」 「差し支えなかったら、事情をお聞かせ願いたいわ」 ロングビルは優しい微笑みを浮かべた。それは言いたくないのだろう。 「いいじゃないの。教えてくださいな」 キュルケは興味津々といった顔で、御者台に座ったロングビルににじり寄る。 ルイズがキュルケの肩を掴んだ。キュルケが振り返ると、ルイズを睨みつけた。 「なによ、ヴァリエール」 「よしなさいよ。昔のことを、根掘り葉掘り聞くなんて」 以前、エツィオにしてしまった事を思い出したのか、ルイズが険しい表情で言った。 キュルケはふんと呟いて、荷台の柵に寄りかかって頭の後ろで腕を組んだ。 「暇だからお喋りしようと思っただけじゃないの」 「あんたのお国じゃどうか知りませんけど、聞かれたくないことを、無理やり聞き出そうとするのはトリステインじゃ恥ずべきことなのよ」 二人は再び火花を散らし始めた。タバサは我関せずと、相変わらず読書にふけっている。 そんな中、荷台に座っていたエツィオは、ひらりと御者台に乗り移ると、ミス・ロングビルの隣に腰を下ろした。 「やぁ初めまして、ミス・ロングビル」 「え、えぇ、は、初めまして、ミスタ……」 「エツィオ、そうお呼びください、ミスタはいらない」 「は、はぁ」 突然隣に座り、語りかけてきたエツィオに面食らいながらもロングビルは答えた。 「ミス、失礼だが、少しよろしいかな?」 「な、なにかご用ですか……?」 エツィオは少しの間ロングビルを見つめていたが、ややあって彼女から視線を外すと悩ましげにため息をついた。 「あぁ……やはりダメだ……!」 「な、何がダメなのでしょう?」 「実は……宝物庫で、初めてお会いした時、貴方こそが世に名を響かせる大怪盗ではないかと疑ってしまいました、いや……今も疑っています」 エツィオのその言葉にミス・ロングビルがビクンッ! と反応し、驚いたようにエツィオを見つめた。 ロングビルはなぜか恐る恐ると言った様子でエツィオに尋ねた。 「なっ!? ななな、なんで……でしょうか……?」 「貴方を一目見たその瞬間、『土くれ』のフーケが財宝を盗み出すよりも鮮やかに、俺の心は貴方に盗まれていた。 どうすれば取り返せるのか? 今もその方法を考えているのですが……、どうしたものか、こうして貴方を前にすると、何も考えられなくな――ぐぇっ!?」 突然頭頂部に襲いかかった強烈な衝撃に、エツィオの口説き文句はそこで中断させられた。 何事かと頭を抱え、涙目になりながら後ろを振り向くと、デルフリンガーを持ったルイズとキュルケが鬼の形相で立っていた。 「「エツィオ!!」」 どうやらデルフリンガーで頭を殴られたらしい。 鞘に収まっていたため頭をカチ割られずに済んだようだ。 堪らずエツィオは抗議の声をあげた。 「いってぇ~っ……! おい! 何をする!」 「それはこっちのセリフよ! なにミス・ロングビルのこと口説いてんのよ!」 「なにって、ちょっとお話してただけじゃないか! ……ははぁ、さては嫉妬だな? やっと俺のことを男として見てくれるようになったのか」 「そ、そ、そ、そんなんじゃないわよこの馬鹿犬がぁ~~~!!!」 「わっ! お、おい! あぶないからやめろ! そんなところで振りまわすな!」 「そうよエツィオ! あたしがいるっていうのに! ひどすぎるわ!」 ルイズがデルフリンガーを振りまわし、キュルケまでエツィオに掴みかかる。 修羅場と化した荷台の上で、タバサは我関せずと一人本のページをめくっていた。 そうこうしているうちに、馬車は深い森へと入っていく。 鬱蒼とした森が恐怖を煽る。昼間だと言うのに薄暗く、気味が悪い。 「ここから先は、徒歩で行きましょう」 ミス・ロングビルがそう言って、全員が馬車から降りた。 森を通る道から、小道が続いている。 「なんか、暗くて怖いわ……、いやだ……」 キュルケがエツィオの腕に手を回してきた。 「大丈夫さ、俺が君達を守ってやる、そのために俺はいるんだからな」 「あんた、さっきの今なのに、よくそんな台詞が吐けるわね……」 しれっと言い放ったエツィオを見て、ルイズが呆れ切った表情で呟く。 そしてエツィオの背中を見て、首を傾げる。 ……あれ? こいつ、剣を持ってない。 「エツィオ! あんたあのボロ剣どうしたの!」 「え? あっ! しまった! 馬車に忘れた!」 エツィオが思い出したかのように言うと頭を抱える。 するとキュルケがエツィオの腰に下がっている豪奢なレイピアを指さした。 「あら、エツィオ、あなた、腰にあたしの剣を差してくれてるじゃない、それを使いなさいな」 「だめよ! 決闘に勝ったのはわたしよ! エツィオ! すぐに取ってきなさい!」 「わかった、すぐに追いつくから、先に行っててくれ」 エツィオはそう言うと、不意に後ろを歩いていたタバサに話しかけた。 「タバサ、ちょっといいか? これを預かってくれないか」 エツィオは懐から、オスマン氏から預かった『真理の書』の断片を取り出すと、全てタバサに手渡した。 なぜ自分に手渡されるのかわかりかねているのか、タバサは首を傾げた。 「どうして?」 するとエツィオは誰にも聞こえないように何やらタバサに耳打ちをし始めた。 それを聞いたタバサは驚いたようにエツィオに聞き返した。 「成功する?」 「そのために君に頼むんだ」 タバサはしばらくエツィオをじっと見つめていたが、 いつにない真面目な表情の彼に、タバサは頷いた。 「頼んだぞ」 エツィオはそう言うと、タバサの肩を叩き、振りかえった。 「さて、それじゃあ大急ぎで取ってくるよ」 そう言い残すと、エツィオは踵を返し、来た道を大急ぎで走り去って行った。 「ったく! あの馬鹿使い魔! 傭兵のくせに剣を忘れるなんて何考えてんのよ!」 ルイズがブチブチと文句を言いながら地面を踏みつける。 するとロングビルが不意に口を開いた。 「あ、あの、彼はすぐに戻るとおっしゃっていたので、とりあえず先に進みませんか? 『真理の書』の断片もあることですし……」 特に反対する理由もない、ルイズ達は仕方ないとばかりに頷くと、森の奥へと歩を進めていった。 やがて、エツィオを除いた一行は、開けた場所に出た。森の中の空き地と言った風情である。およそ、魔法学院の中庭ぐらいの広さだ。 真ん中に、確かに廃屋があった。元は木こり小屋だったのだろうか。朽ち果てた炭焼き用らしき窯と、壁板が外れた物置が隣に並んでいる。 四人は小屋の中から見えないように、森の茂みに身を隠したまま廃屋を見つめた。 「わたくしの聞いた情報だと、あの中にいるという話です」 ロングビルが廃屋を指差して言った。人が住んでいる気配はまったくない。 果たしてフーケはあの中にいるのだろうか? ルイズたちは、相談を始めた。とにかく、あの中にいるのなら奇襲が一番である。寝ていてくれたらなおさらである。 タバサはちょこんと地面に正座すると、枝を使って地面に絵を描き、自分で考案した作戦を説明し始めた。 まず、偵察兼囮が小屋のそばに赴き、中の様子を確認する。 そして中にフーケがいれば、これを挑発し、外に出す。 小屋の中には、ゴーレムを作り出すほどの土はない。外に出ない限り、得意の土ゴーレムは使えないのであった。 そして、フーケが外に出たところを、魔法で一気に攻撃する。土ゴーレムを作り出す暇を与えずに、集中砲火でフーケを沈めるのだ。 「それで、偵察兼囮役は誰がやるの?」 ルイズが尋ねた、タバサは自分を指すと、すぐに立ち上がった。 杖を手に、物音を立てぬように素早く小屋の傍まで近づいた。 窓に近づき、慎重に中を覗きこむ。小屋の中は、一部屋しかないようだった。部屋の真ん中に埃の積もったテーブルと、転がった椅子が見えた。 崩れた暖炉も見える。テーブルの上には、酒瓶が転がっていた。 そして、部屋の隅には、薪が積み上げられている。やはり、炭焼き小屋だったらしい。 薪の隣にはチェストがあった。木でできた、大きい箱である。そこまで見て、中に人の気配はない。 箱も人が入るには小さすぎるし、隠れられるような場所も見えなかった。 念のため、小屋に向けて杖を振り、ワナがないか確認するも、特に異常は見られなかった。 タバサは頭の上で腕を交差させる。誰もいなかった時のサインである。 隠れていた全員が、恐る恐る近寄ってきた。 「誰もいない」 タバサはそれだけ言うと、ドアを開け、中に入っていく。 キュルケが後に続き、ルイズは見張りに立つために、小屋の外に残った。 ミス・ロングビルは辺りを偵察してきます、と言って森の中に消えた。 小屋に入ったタバサとキュルケは何か手掛かりがないかを調べ始めた。 そしてタバサがチェストの中から……。なんと『真理の書』の断片を見つけ出した。 「真理の書」 タバサはエツィオから受け取った真理の書の断片を取り出し、見比べる。 筆跡、書かれている文字、どれもが一致した。間違いない、フーケに奪われた断片であった。。 「あっけないわね!」 キュルケが叫んだ。 タバサは、窓を開け顔を出すと、空へ向け、ピィーっと口笛を吹いた。 その時、外で見張りをしていたルイズの悲鳴が聞こえた。 「きゃあああああああ!」 「ルイズ! どうしたの!」 一斉にドアを振り向いたとき……。 ばこぉーんと景気のいい音を立てて小屋の屋根が吹っ飛んだ。 屋根がなくなったおかげで、空がよく見える。 そして青空をバックに、巨大なフーケの土ゴーレムの姿があった。 「ゴーレム!」 「外へ」 キュルケが叫んだ。このことを予測していたのか、タバサが即座に指示をだし、二人はルイズのいる小屋の外へ飛び出した。 その瞬間、タバサのウィンドドラゴンが滑り込むように滑空してきた。 タバサとキュルケ、そしてルイズを両足でがっしりと掴むと、一気にゴーレムの攻撃が届かない上空へと飛びあがった。 「た、助かったわ、タバサ……」 キュルケが安堵したように呟いた。 タバサとキュルケは『フライ』を唱え、ドラゴンの背へ降り立ち、最後に『レビテーション』でルイズを移動させた。 下ではゴーレムが上空へと逃げたルイズ達をどうやって叩き落すべきか、まるで考え込むように首を傾げている。 「あ、ありがと……タバサ」 「ここまでは予定通り」 ルイズが礼を言うと、タバサが涼しい表情で呟いた。 「予定通り……て、どういうことなの?」 「ゴーレムが現れたら全員を上空へ避難させるように言われてる、ここなら攻撃は届かない」 「言われてる? 誰に?」 「あなたの使い魔に」 どういうことかわからない、と言った表情のルイズにタバサは淡々と答える。 その時、ルイズはエツィオと森の中で別れる際、エツィオがタバサに耳打ちしていたことを思い出した。 「そう言えば……、あの時、あいつはなんて言ってたの?」 「……そろそろ終わるはず」 タバサはルイズの質問に答えずに、下にいる巨大なゴーレムをじっと見つめる。 それにつられてルイズとキュルケがゴーレムを覗きこんだ、その時。 上空のドラゴンへ攻撃を加えるべく、腕を振りまわしていたゴーレムが、突然ぴたりと動かなくなった。 そして、どういうわけか滝の様に頭から崩れ落ち……。ただの土の塊へと還っていく。 この前と同じように後には土の小山が残された。 「終わったみたい」 唖然としてその様子を見つめていたルイズとキュルケをよそに、タバサはぽつりと呟くと、ドラゴンに地面に降りるよう指示を出した。 #navi(SERVANT'S CREED 0 ―Lost sequence―)
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