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 #navi(ゼロな提督)
 &setpagename(ゼロな提督 第8話  名も無き墓)
 
  トリステイン魔法学院は、だだっ広い草原の中にある。 
  その学院から少し離れた所には小さな村があり、村人は慎ましい生活をしている。 
  真昼の太陽が照らす中、一人の男が馬に乗り、村のはずれへと向かっていた。 
 
  白い幅広の墓石が並ぶ共同墓地の一角に、一輪の花を持つヤンの姿があった。 
 
  素っ気ない、墓碑銘もない幅広の墓石の前に立ち、しばしの瞑想をする。 
  そして、手に持つ花を手向けた。 
 
 「必ずって約束は出来ないけど、もし元の世界に戻れたら、あなたの家族にもあなたの事は伝えるよ」 
 
  ヤンは馬に乗り、学院へと戻っていった。 
 
 
 
        第八話   名も無き墓 
 
 
 
  昼食も終わり授業が始まる頃、ヤンは学院長室を訪れた。オスマンのデスクの上には古ぼけた手帳、ボロボロの身分証明書、その他鏡だのクシだのといった小さな日用品が並んでいる。
  そしてそれら全てには、銀河帝国の公用語が書かれていた。 
  ロングビルも興味深げに覗き込んでいた。 
 
 「30年前の物じゃからな、見つけるのに苦労したわい」 
 「わざわざすいません。それで、墓に入れなかった遺品はこれで全部ですか?」 
 「うむ。そっちは墓前には行ってきたかね?」 
 「ええ。それでは遺品を拝見させてもらいます」 
 「ああ、よいぞ。まず彼の名は?墓碑銘を刻みたいのだが」 
 「はい、えっと…」  
 
  ヤンは身分証明書を手に取った。血と泥に黒く汚れ、ささくれ、ひび割れた表面から僅かに覗く文字を読み取っていく。 
 「…ヨハネス・シュトラウス。帝国暦43…えと、436年かな?12月1日生まれ…帝国軍准尉、グレ…うーん、削れて上手く読めないけど、グレゴール艦隊第12工兵隊所属…かなぁ」 
 
  それはヤンの記憶に無い帝国軍艦隊名だ。だが、ハルケギニアとヤンの世界に時間的ズレ無く往来が可能と仮定するなら今より30年程前の宇宙暦770年、帝国暦460年頃に存在した艦隊だ。
  30年前の艦隊で、同盟との交戦もなく吸収合併したり名称が変わったなら、ヤンが知らないのも道理だ。 
  ロングビルはヨハネス・シュトラウスの帝国語でのスペルと生年月日をメモする。 
 「後ほど墓碑に刻むよう依頼しておきますわ」 
  オスマンは小さく頷いた。 
 
  ヤンは他の遺品を一通り見渡してみる。 
  クシ、鏡といった日用品は、材質こそハルケギニアの物とは違うが、これといってヤンの役に立つ物ではなさそうだ。 
 「やっぱり、これだな…」 
  ヤンは手帳を手に取り、中を開いてみた。やはり身分証明書と同じく所々が読めないものの、帝国公用語の文章が書き連ねてあった。 
 
  手帳を開いてすぐに、ヤンは一心不乱に中を読み始めた。一言も発さず、瞬きすらしない。
  その姿を見つめるオスマンとロングビルも、ヤンの姿にただならぬ物を感じて声をかけようとはしない。 
  さほど大きくもなくページも少ない手帳ゆえ、ほどなくしてヤンは読み終えて手帳を閉じた。だがそれでも彼は何も口にしようとはしない。
  ただ眼を閉じ、天を仰いでいる。 
 
 
  オスマンとロングビルは困惑の視線を向け合う。意を決し口を開いたのは秘書の方だった。 
 「ヤン…どうだったの?」 
  問われたヤンはゆっくりと眼を開き、俯いて、手に持つ古ぼけた手帳を見つめた。 
  そして、ゆっくりと語り出す。 
 
 「彼は…ヨハネス・シュトラウスは、この手帳にハルケギニアに来てからの事を書き連ねていました。日記とかをつける習慣は無かったようで、時々大まかにあった事を記しているだけですが」 
  そしてヤンは語りはじめた。30年前にオスマンを救って帰らぬ人となった、名も無き帝国軍兵士の事を。
  ハルケギニアの人々には通じない言葉が混じっている事も忘れ、彼の孤独と哀しみをそのままに。 
 
 
 
 
  ヨハネス・シュトラウスは、帝国首都オーディンの演習場にて軍事演習中だった。 
- 彼の所属する工兵隊は装甲輸送車で走行中だった。突然正面に現れた鏡の様なものが現れ、操縦者していた彼は回避しようとしたが間に合わず、そのまま鏡の中に突っ込んでしまった。 
+ 彼の所属する工兵隊は装甲輸送車で走行中だった。突然正面に鏡の様なものが現れ、操縦者していた彼は回避しようとしたが間に合わず、そのまま鏡の中に突っ込んでしまった。 
  突っ込んだ次の瞬間、いきなり周囲の土地が盛り上がり、車輌真下の地面は陥没し始めた。
  咄嗟にアクセルを踏み、ハンドルを切ってこれを回避したが、大地自身が敵意を持って襲いかかってくるかのような状況は止まらなかった。 
  急加速して逃走を続けるが、周囲の状況を見てパニックに陥る車輌内の隊員達。なぜか彼等はオーディンの演習場ではなく、半径10kmはある巨大なクレーターの真ん中を走っていたからだ。
  しかもクレーターの地面そのものが波打ち、車輌へ襲いかかり、地の底へ飲み込もうとしている。 
  状況も現在地も分からぬまま、とにかく必死で大地からの逃亡というあり得ない行動をとり続けていた所、街らしきものを見つけた。
  彼等は希望の灯を見つけたと歓喜し、そこへ全速力を維持して進路を向けた。 
  確かにそこは街、というか集落だった。ただし、そこに希望はなかった。
  街の人々が逃げて来る車輌を見つけるや、とたんに車輌の進路が湧き出した岩に塞がれ、信じがたい程の突然の突風が吹き荒れるなど、彼等への攻撃が激しくなったからだ。 
 
  彼等は混乱の中、この異常な状況が目前の人々による敵対的行為だと判断した。 
 
  工兵隊員達は車輌に備え付けの砲、輸送中だった重火器や弾薬やゼッフル粒子、携帯していたビーム銃を使い、あるいは装甲車輌で街の粗末な建造物をなぎ倒し、明らかに害意を向けてくる街の人々との戦闘に入った。 
  激しい戦闘の末、車輌は大破。隊員達は彼を残して全滅した。彼も車輌を大破された時の衝撃で気絶した。 
  意識を取り戻した時、丁度、車輌の中に攻撃を加えてきた人々が入り込んで来ていた。 
 咄嗟にビーム銃で侵入してきた者達を殺し、車輌を再び動かそうと再起動させる。運良く車輌は咆哮を上げ、命からがら街から逃走した。 
 
  街から逃走し、大地や大気からの攻撃も無くなったものの、大破した車輌は砂漠の中で動かなくなってしまった。 
  砂に沈み行く車輌の中から、搭載していた一人乗りの小型ヴィークルに使えそうな武器弾薬・携帯食料・ゼッフル粒子発生装置・燃料などを載せれるだけ載せて、仲間と敵の死体を車輌の中に残して西に向かう事にした。
  別に西に何かあるとは思っていなかった。
  だが、東には彼等を襲った正体不明の連中がいる。なので、とりあえず西に向かった。 
  ほどなくして小高い丘の上に無人の城を見つけた。そして麓のオアシスを中心とした小さな交易地も。
  だが、発見されれば再び謎の攻撃を受けるかと思うと、とても近寄る気にはなれなかった。 
 
  彼は、あてもなくハルケギニアを彷徨った。 
 
 
  最初、必死で人目から逃げ回った。 
  たまに民家に侵入して食料や衣服を盗み、山谷の中で野宿を続けた。 
  しばらくして、最初に襲ってきた耳の長い人々とハルケギニアの人々が違う事・マントを着た人々が魔法を使う事を知った。
  同時にここが帝国とは全く異なる世界という事を思い知らされた。 
  たまに野盗となって商隊を襲い、時には助けてくれた村人のために山賊を倒し、その日その日を生き続けてた。
  それでも帰る方法が無いかと必死に探し続けた。
  星空の向こうから銀河帝国の艦艇が救助に来る夢を何度も見て、幾度と無く涙と共に目を覚ました。 
 
  そして持ち出した装備も弾薬も底を突き、ヴィークルも燃料切れで動かなくなった。 
 
 
 
 
 「・・・記述は、ここまでです。あとは、オールド・オスマンの語ったとおりでしょう」 
  ヤンの語った物語に、オスマンは目を閉じたまま頷いた。 
  驚いたように眼を見開いたままだったロングビルが、恐る恐るという感じで口を開く。 
 「その…知らない言葉や分からない状況が多くて、完全には分からなかったのですけど…その人は、聖地から来たのですわね。
 しかも、僅か10人かそこらの小隊で、エルフの大集団と互角以上の戦闘をした、と」 
  オスマンは小さく頷いた。 
 「わしにも信じがたいが…しかし30年前に見た『破壊の壷』、ぜっふるりゅうしはっせいそうちとやらの威力。そしてダイヤの斧。納得するしかあるまい。 
  だが、まさか聖地が何もない、盆地のような荒野の有様とは…一体、どういう事じゃ」 
 
  ロングビルはヤンを、俯くヤンの顔ではなくジャンパーの胸ポケットを見た。 
  その不自然なふくらみの下にあるヤンの国の銃は、あの恐るべきエルフ達を軽々と殺せるということだ。 
  そんな銃が、もし自分に向けられたら…。 
  ロングビルは『破壊の壷』事件の時、ヤンに攻撃をしていたらどうなっていたかと、今さらに血の気が引いてしまう。 
 
 「鍵は聖地…エルフ、か」 
  ヤンの小さな独り言は、二人には聞こえなかった。 
 
 
 
 
  その日の放課後、学院長室にキザッたらしい少年が呼び出された。彼には『聖地』『エルフ』等の手帳に関する情報を除いた、オスマンの恩人についての説明がされた。 
 「つまり、オールド・オスマンの恩人の遺品が『破壊の壷』以外に残っていないか、この僕に調べてきて欲しい。そう言うわけですね?」 
 「うむ。お主の使い魔であるジャイアントモールは地中を馬並みの速さで掘り進み、様々な鉱物を見つけてくる事ができるはずじゃ。その力をもって、探して欲しい」 
  派手な服装をした少年は大仰に礼をした。 
 「学院長御自らの依頼とあれば、断る事など出来ません。このギーシュ・ド・グラモン、必ずやご期待に答えて見せましょう!」 
 
 
 
 
  というわけで次の虚無の曜日の朝。学院前にはルイズ・ヤン・オスマン・ギーシュがそれぞれ馬を連れていた。 
  もちろんロングビルも同行を申し出た。が、さすがに学院長の秘書まで同時に学院を離れると、王宮から急の使者が来た時など困るので、学院に残る事になった。なので彼女は門へ見送りに来ている。 
 
 「僕は剣は使えないって言ってるのに…」 
  と、ぼやくヤンをルイズが睨み付ける。 
 「何言ってるのよ!せっかく買ったんじゃないの。ワイバーンがうろつくような危険な場所なんだから、ちゃんと持っておきなさい。良い機会だから剣にも慣れておきなさいよ」 
 「そーだそーだ!俺を部屋にほっとくと、寂しくて泣いちまうぞ!剣としての待遇を要求するー!」 
  というわけで、ヤンはデルフリンガーを背負っている。ヤンが、だって重いし…とぼやいた所で、ルイズに蹴りを入れられた。 
 
  そんな彼等の足下の地面がポコッと盛り上がり、巨大なモグラが顔をのぞかせた。 
 「やぁ!僕のヴェルダンデ。どばどばミミズは沢山食べてきたかい?今日は君の力を存分に振るう機会だからね」 
  ギーシュはすさっと膝をつくと、巨大モグラの頭を抱きしめる。モグラも嬉しげに鼻をヒクヒクさせている。 
  ヤンが興味津々でモグラに近寄った。 
 「うわぁ~、大きなモグラだねぇ。それに目が大きくて愛嬌があるなぁ。これがジャイアントモールかい?」 
  その言葉を聞くや、ギーシュは待ってましたとばかりに立ち上がり、自分の使い魔を紹介しはじめた。 
 「その通り!これが僕の可愛い使い魔、ジャイアントモールのヴェルダンデだよ。ヴェルダンデは貴重な鉱石や宝石を僕のために見つけてきてくれるんだ。『土』系統のメイジの僕にとって、、この上もない、素敵な協力者さ」 
  オスマンもモグラのつぶらな瞳を覗き込んだ。 
 「うむ、それじゃよろしく頼むぞ。鉱石とは違うが、かなり珍しい臭いのはずじゃ。きっと見つける事が出来るじゃろう」 
  そう言ってオスマンはヤンに視線を向ける。ヤンは頷いてジャンパーから銃を取り出してモグラの鼻に近づけた。 
  ヒクヒクとよく動く鼻がビーム銃の臭いを嗅ぎ取っている。そして大きく頷いて再び地面の下に潜っていった。 
   
 「それじゃ皆の衆、出発じゃ!」 
  オスマンの言葉に、皆馬に乗る。 
  ロングビルが騎乗したヤンに駆け寄った。 
 「無茶しちゃダメよ。ちゃんと無事に帰ってきなさいね」 
 「大丈夫だよ。それじゃ行ってくる」 
  そんな二人の姿を羨ましそうに見つめるオスマン。 
 「あ、あの、ミス・ロングビル…ワシは?」 
 「あー学院長も怪我しちゃダメですよーえーホントー仕事溜まってるんですからねー。最悪、右手と杖だけ無事だったらいいですよー」 
  振り返りもせず棒読みゼリフを投げつけられ、老人はガックリ肩を落とした。 
 
  馬に乗って去っていく一行をロングビルが手を振り見送った。 
 
 
 
 
  太陽が彼等の真上に来た頃、一行は森の奥にいた。 
  全員馬を降り、周囲を見渡している。幸いワイバーンなど危険な巨大生物の姿は見えない。 
 「さて、この辺じゃ。ギーシュ君、頼むぞ」 
 「承知しました」 
  ギーシュが地面を叩くと、すぐにヴェルダンデが顔をのぞかせ、森の奥をジッと見つめる。 
 「さすが僕のヴェルダンデ!もう見つけたのかい?」 
 「あっけないわねえ」 
  ギーシュを先頭に、拍子抜けしたルイズはじめ、皆森の奥へと進む。 
  茨をかき分け、倒木を乗り越え、獣道を進んでいく。 
 
  だが、再びヴェルダンデがギーシュの前に顔を出した。同時に膝をついたギーシュの顔がこわばる。 
 「どうしたんじゃ?」 
  尋ねるオスマンにギーシュは緊張した声で答えた。 
 「目的の物の近くに、人です。数は5人」 
 
  彼等は顔を見合わせた。 
  こんな森の奥に人が来る。しかも自分たちの目的地近くに。何者かは分からないが、それは自分たちと同じ目的で来たと見るべきだろう。 
  ヤンがベレー帽を被り直しながらオスマンに尋ねる。 
 「学院長、この場所の事を過去に誰かに話した事は?」 
 「いや、無い。『破壊の壷』の一件はあったが、なぜに30年経った今になって、我々以外に彼を調べる者がいるんじゃ?」 
  ヤンの背中の長剣が鞘からヒョコッと飛び出す。 
 「敵か味方かしらねーけど、油断は禁物ってこったな」 
 「そのようね…慎重に進みましょう」 
  ルイズの言葉に全員が頷き、メイジ達3人は杖を抜く。ヤンもジャンパーの胸元を開いて銃を抜けるようする。 
  そして鬱蒼と茂る木々の枝葉を突き抜けていくと、林の向こう30メイル程先にそれが見えた。 
 
  確かにヴィークルはあった。 
  ボロボロに朽ち、ツタが絡み、サビが浮いた機械の塊が地面にうち捨てられていた。 
  ただし予想通り、見つけたのはヴィークルだけではなかった。 
 
  そのヴィークルの周りには、数人の人間がいた。黒マントを着用し杖を構える男と、薄茶色のローブをまとい羽付の帽子を被った長身の男。そして付近で暮らしている村人とおぼしき初老の男。
  彼等は茂みの中から現れた一行を向いていた。明らかに彼等もオスマン達が来るのを予期している。 
 
  オスマンは一行の先頭に進み出て、大きな声で名乗った。 
 「怪しい者ではない!こちらはトリステイン魔法学院学院長、オールド・オスマンと生徒達じゃ!敵でないなら名乗られよ!」 
  オスマンの声に長身の男が答えた。 
 「私の名はビダーシャル。出逢いに感謝を」 
  高く澄んだ声でそう言うと、長身の男は連れているメイジに合図し、杖を納めさせた。 
 それを見てヤンがオスマンの横に進み出る。 
 「こちらは争う意思はありません!隠れている人も出てきて頂いて結構です!」 
  そう叫ぶと、ヤンは他の者に杖を納めるよう促す。 
  オスマンと、渋々ルイズもギーシュも杖を納めるのを確認し、ビダーシャルは手を挙げる。
  同時にヤン達の左右の茂みからメイジの男が一人ずつ、杖を納めながら出てきた。 
 
  オスマン達一行は安堵し、それでも正体不明の探索者達を慎重に観察しながらヴィークルへ近付く。同じくビダーシャルも彼等に歩み寄ってきた。 
 「すまない。こちらも争う意思は無い。だが、なにぶん不案内な場所ゆえ、必要以上に警戒せざるを得なかった」 
  つばの広い羽付の、異国の帽子を被った男が長い金髪を揺らす。 
 
 
  前に進み出たオスマンが怪訝な顔をして、長身の男の青い瞳を覗き込む。そして、一筋の汗を流した。 
 「お主…もしや、エルフか?」 
 「そうだ」 
 「ひぃっ!」 
  長身の男は当然のように答えたが、生徒二人には当然ではなかった。小さく悲鳴を上げてしまい、慌てて杖を抜こうとする。
  ほぼ同時にエルフに付き添うメイジ達も杖を抜き放ち、高速でルーンを唱える。 
 「よすんじゃ!」「撃つなっ!」 
  慌ててオスマンとヤンがギーシュとルイズの杖を押さえる。同じくビダーシャルもメイジ達を手で制しようとする。 
  だが、一瞬遅かった。黒ローブのメイジがルーンを完成させていた。 
 「『エア・ハンマー』!」 
  杖から凝縮された空気の塊が放たれ、オスマン達へ襲いかかる。 
   ドゥンッ! 
  だが、オスマン達には当たらなかった。彼等の手前で空気の塊が破裂し、周囲に突風が吹き荒れる。 
 
  オスマン達の前には不自然に伸びてきた枝葉が壁となっていた。樹木が自ら『エア・ハンマー』から彼等を守ったのだ。 
 
  学院長はじめ、その場の全員が目前の光景に目を見張る。誰からとも無く畏怖を込めたつぶやきが漏れる。 
 「エルフの先住魔法…」 
 「うむ。予め精霊にお前達も守ってくれるよう頼んでおいてよかった」 
  ビダーシャルとオスマンが改めてメイジ達に杖を納めるよう命じる。しばしのにらみ合いの後、ようやく全員が杖を納めた。 
  ヤンの背でデルフリンガーが安心した声を出す。 
 「いや~、やばかったなぁ。エルフとやり合おうなんて自殺行為だぜ」 
  オスマン達の心情を代表する言葉だった。 
 
 
  二つのパーティは朽ち果てたヴィークルを挟み、相対して立っている。ヴィークル横にヤンとオスマンとビダーシャル、他の者は少し離れて彼等の様子をうかがっていた。 
  ヤンはヴィークルを調べ、その状態や遺留品を確認する。ヴェルダンデもヴィークルの付近を調べまわり、同じく朽ち果てた帝国のビーム銃を発見して来た。
  それは一目見て使い物にならないのが分かる有様だ。ヤンの背中のデルフリンガーも「ダメだな、こりゃ」と呟いた。 
 
  ビダーシャルは帽子を取り、長い耳を露わにしている。オスマンは彼に、ギーシュに話した範囲の事を語った。 
 「・・・と言うわけじゃ。30年も前の事ではあるが、良い機会なので彼がどこから来たのか、他に残した品がないか調べに来たのじゃよ」 
  聞いたエルフは満足げに頷いた。 
 「そうか。『大いなる意思』に導かれたこの出逢いに感謝する。私もお前達が探しに来た人物を追ってきたのだ。だが事情があるので、詳しくは言えない。 
  後ろの者達のように、お前達蛮人の協力を得て彼の者の足跡を追ってきた」 
  そう言って背後に待機するメイジ達と初老の村人を指し示す。メイジ達は軽く会釈し、村人もペコリと頭を下げた。 
 
 「そこの老人は例の男に出会った事があるらしい。この土地にも詳しいというので、案内を頼んだのだ」 
  紹介された村人は、おずおずと口を開いた。 
 「へぇ…そうです。昔、あのお方はわし等の村にフラリと現れたんで。食べ物を分けてあげたら、そらぁもう喜んで。お礼にと、近くに住み着いていて村を襲っていた山賊共を倒してくれたんですだ。 
  だども、貴族の方々がその噂を聞きつけてやって来ると、すぐにこの森の中へ逃げてしまわれたのです」 
 
 
  村人の話は手帳の手記と一致する。オスマンも、ヴィークルから顔を上げて話を聞いていたヤンも納得した。
  孤独な異境の地で絶望していた時、思いもかけず得られた親切。その嬉しさは今のヤンには痛いほどよく分かる。
  そしてメイジを恐れる気持ちも。 
 
  ビダーシャルはヤンが調べているヴィークルを珍しげに見つめた。 
 「それで、その不思議な物体なのだが…どうなのだ?それは一体何なのだ?」 
  聞かれたヤンは思案する。このエルフが今頃になって、何故ヨハネス・シュトラウスを追ってきたのか分からない。
  だが、同じ世界から来たと分かれば、次はヤンに興味が移るだろう。 
  彼は、この世界に来てから上手になってきた演技力で、とぼけることにした。 
 「うーん、さっぱり分かりません。どうやら学院に持ち帰って調べるしかないようです」 
  その言葉を聞いてヴィダーシャルは少し困った顔をした。 
 「ふむ、それはこちらも持ち帰りたいのだ。悪いが渡してはもらえないか?」 
  今度はオスマンが困った顔をする。 
 「いや、彼の墓はこちらで作ったしのぉ。恩人の遺品でもあるし、こちらで管理しておきたいのじゃ」 
  そう言ってオスマンはヤンの顔を見る。 
  ヤンは少し頭を捻り、それでは…と提案した。 
 「では、これでどうでしょう。ビダーシャルさんは、我々に話せる範囲での情報を提供する。代わりに我々はこれを諦める」 
  その提案にオスマンも、そしてビダーシャルも頷いた。 
 「よかろう。では、何が聞きたい?」 
 
  オスマンは「聖地がどうなっているのか」、ヤンは「彼がどこからどうやってトリステインまで来たのか」と尋ねた。
  これにビダーシャルは、先日ガリア王の前で語った事実を答えた。 
 
 「・・・以上だ。 
  これらは別に秘密ではないから、話す事に問題はない。いや、むしろお前達にも知っておいて欲しいくらいだ。お前達が光と崇める存在の真実と、その存在が残した物が、いかに危険かについて、な」 
 
  エルフの口から語られた聖地の惨状。 
  聖地が吐き出し続ける未曾有の災厄から世界を守るエルフと精霊。 
 
  それらを聞かされたギーシュとルイズは、見るからに信じられない様子で顔をしかめている。
  いや、それはビダーシャルの同行者達も同じだった。『六千年に渡り敵対するエルフが、自分たちの神たる存在を、大災厄の源として愚弄している』と言う所だろう。 
  だがヨハネス・シュトラウスの手記を知っているオスマンの反応は違う。オスマンは、それら全てが真実であると認めざるを得なかった。
  自分たちが信じてきた事実は、長い歴史の間で歪み、曲解され、美化してきた紛い物だと理解してしまった。
  そしてこれらを他言すれば、教会から異端審問にかけられ殺される事も。 
 
  オスマンの顔は引きつり、手は汗でじっとりと濡れる。だがそれ以上にヤンの顔は蒼白だった。
  彼の胸中は明らかに絶望で埋め尽くされていた。 
  そしてヤンの顔が色を失っている事はビダーシャルも気付いていた。 
 
 「お前達が光と崇めていた物が、敵であるエルフに闇と断じられているのだ。受け入れ難くもあるだろう。信じろとは言わない。 
  だが私は私が答えるべき事を答えた。約束通り、この奇異なる物体は私が持ち帰るが、構わないか?」 
  ビダーシャルの言葉に、ヤンは小さく頷いた。そして、震える唇で彼に尋ねた。 
 「最後に一つだけ、教えて欲しい…」 
 「何だ?答えれる事なら答えよう」 
 「『悪魔』が生む嵐で大地に穴が開き始めたのは…いつからです?」 
  ふむ、と呟いてエルフは首を傾げた。 
 「正確な年は分からないが…恐らく、ここ千年の事だ」 
 
 
  千年という年数を聞いかされたヤンは、明らかに更なる衝撃に襲われていた。 
 
  そして肩を落とし、力なくもと来た道を戻り出す。ルイズなど他の者が、いくら声をかけても彼は何も答えない。
  皆、訳も分からずヤンの後を追って、朽ちたヴィークルを後にした。 
 
  結局ヤンは学院に戻るまで、いや、戻ってからも無言のままだった。 
 
 
 
 
  夜、ルイズの部屋では相変わらずヤンが押し黙ったまま床にあぐらをかいていた。
  壁に立てかけられたデルフリンガーも、ベッドの上のルイズも、あまりに重苦しい空気で押しつぶされそうだ。 
 
 「もうっ!いい加減にしなさいよ!あんなエルフの言う事なんて信じる必要ないじゃないの!」
 「そーだぜ、一体何でそんなに落ち込んでんだ?」 
  さすがに沈黙に耐えきれなくなったルイズとデルフリンガーが怒り出す。 
  俯いたまま口を閉ざしていたヤンは、ゆっくりと視線をベッド上のルイズへ向ける。 
  そして、けだるそうに口を開いた。 
 「…彼の言った事は、嘘じゃないよ。・・・そして、帰る方法が分かったんだ」   
 
 
  帰る方法が分かった 
 
 
  その言葉を聞いた瞬間、ルイズは全身の血の気が引いた。 
 「ま!待ちなさいよ!まさか、あんた、聖地に行こうって言うの!?」 
  だが、ヤンは力なく首を横に振る。 
  さすがにその様子にルイズもデルフリンガーも不信がつのる。帰る方法が分かったならもっと喜んでいいはずだ。 
 「よぉよぉヤンよ、んじゃ、いってーおめーは、何でそんなに落ち込んでるんだ?」 
 
  デルフリンガーの問に答えるヤンの姿は、まるで10歳は老け込んだように見えた。 
 
 「帰る方法は簡単さ…聖地の門に向けて、救難信号を発すれば良いんだ。そうすれば、門の向こう側にいる誰かが、僕の助けを求める声を受け取ってくれる。誰かが確実に、ね」 
  聞き慣れない言葉にルイズが首を捻った。 
 「きゅーなん…しんごう…って、何?」 
 「助けて下さいって声を遠くに届けるアイテムだよ。60年前にハルケギニアへ飛び去ったという飛行物体か、砂漠に沈んだ装甲車を見つけて、搭載している通信機を聖地に持って行けば良いんだ。 
  あとは門が開くのを聖地の畔で待っていればいい。最近活動が活発らしいから、時間はかからない。いつかは誰かが門の向こうから駆けつけてくれる」 
 
  聖地の畔で待っていればいい、と簡単に言うヤン。だが彼が纏う空気はあまりに重い。 
 「んじゃよー、ヤンよ。おめーが落ち込む理由はなんだってんだ?」 
 「もっと簡単な事だよ…助けに来てくれた人々は大方が、いや、確実に死んでしまうからだよ」 
  ルイズがビダーシャルの語った聖地の有様を思い出す。大地を抉るほどの嵐を生み、灰になって死んでしまうという『悪魔』達の事を。 
 「死んでしまうって、エルフが言ってた『悪魔』みたいに?」 
  ヤンは暗い瞳を虚空に向けたまま頷いた。 
 「そうさ…僕が助かるためには、助けに来てくれる多くの人を、犠牲にしなくてはいけないんだ」  
 
  ルイズは絶望を背負って床に座るヤンを見つめる。その姿は一切の嘘も誇張も含んでいるように見えない。 
  再び室内に重苦しい空気が漂う。 
 
  デルフリンガーが、控えめにツバを鳴らして声をかけた。 
 「でもよぉ…なんで、みんな死ンじまうんだ?それも大嵐を起こして」 
  尋ねられたヤンは、ゆっくりと立ち上がった。そしてトボトボと扉へ向かう。 
 
 「君たちには、絶対に理解出来ないよ…星の海で暮らすのが、どういう事か」 
 
  星の海、と言う言葉が理解出来ない少女と剣を残し、ヤンは部屋を出て行った。 
 
 
 
 
  深夜、赤と青の二つの月が質素な村を照らす。 
  白い幅広の墓石が並ぶ共同墓地の一角に、力なく立ちつくすヤンの姿があった。 
  素っ気ない、墓碑銘もない幅広の墓石を、ただ見下ろす。 
 
 「全く…始祖ブリミルって、本当にバカだったんだなぁ」 
 
  ヤンは墓に向けて話し始めた。無論、墓は何も答えない。それはただの独り言だ。 
 
 「まぁ、しょうがない事ではあったんだ。六千年前と言えば、人類がまだ四大文明を生み出した頃だったんだから。エジプトでピラミッドを造ってる人に、人類が六千年後には宇宙で生活しているなんて、想像出来るはずがない。 
  それでも、死後は召喚の門を閉じておくくらいの事はやっておいて欲しかったね」 
 
  ヤンは天を見上げる。満天の星空に双月がぽっかりと浮かんでいる。 
 
 「ヨハネス・シュトラウス…君は一体、運が良かったのか悪かったのかなぁ?たまたま地上で車に乗っている時に召喚されたから、無事に門を越える事が出来たんだ。でも代わりに、死より苦しい孤独と絶望を味わう事になってしまったけど」 
 
  ヤンの瞳は星空を横切る流れ星を見つけた。それは光の帯を残し、一瞬で消えた。 
  そして、胸の中に溜め込まれた憤怒と絶望を叩き付けるように虚空へ向けて叫んだ。 
 
 「まったく…なんてバカな事をしてくれたんだっ!! 
  私達はもう千年も前から、宇宙で暮らしているんだぞ! 
  核融合炉を搭載した船に乗り!真空の無重力空間を!地上で言うならマッハ100や200なんて楽に出せるんだ!!
  おまけに中性子弾頭や熱核兵器やゼッフル粒子を満載した機体だってあるんだ!! 
  そんなものが、そんなものを…いきなり地上に喚びだしたらどうなると思うんだ!?減速無しに大気圏突入させて地上に叩き付けたのと同じだっ!!半径10kmが吹き飛ぶ!? その程度で済んでいる事を幸運と思えっ!!」 
 
  叫びきったヤンは肩で息をする。 
  虚空に向けられた言葉は、答える者も無く虚しく空に消えていった。 
  後には、何事もなく静かな夜が戻ってくるだけだ。 
 
 「…もし、救難信号を聖地から送れば、確かに助けが来てくれるさ。ただし、無事に門を越えれるのは、ごく僅か。 
  聖地の大気に対する相対速度が極めて遅く、地上に着陸出来るか大気圏内飛行能力があり、放射性物質の拡散を防ごうとする精霊達の自動攻撃をかわす事が出来る者だけ。…ビダーシャルの言うとおり、30年に一度くらいは、そんなのも来てくれるさ。 
  この事実を通信機で伝えることが出来れば、強襲上陸艇なんかに乗って来てくれるかも知れない。
 けど、そんな事をノンビリ話している間に門が閉じる。閉じなくても、門から生じる爆風で自分が吹っ飛ぶ」 
 
  そしてヤンは、再び口を閉ざした。 
  ただ静かに白い墓を見つめる。 
  もちろんヨハネス・シュトラウスは何も答えてはくれなかった。 
 
 
 
  ヤンの背後で何かが風を切る音がした。 
 
  振り返ると、暗い空の中に翼を広げる竜のシルエットが見えた。 
  それはあっという間にヤンの頭上まで飛来してきた。タバサの風竜だ。その背には何人もの人影が見える。 
  彼等は墓地の外れに着地し、すぐにヤンの方へと駆け寄ってくる。 
 
  ヤンはヨハネス・シュトラウスの墓を振り返る。 
 「済まない。もしかしたら約束は守れないかもしれない。私は…君の隣に、自分の墓を作る事になるかも知れないんだ」 
 
  そして墓に背を向け、歩き出した。 
  駆け寄ってくる人々へ。デルフリンガーを抱えたルイズや、ロングビルや、キュルケ、タバサ、ギーシュの方へと。 
 
     第八話   名も無き墓   END 
 
 #navi(ゼロな提督)

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